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66 保護
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「ところでヴィアン家のご子息様を連れ回している今の状況ってヤバくないか。護衛もいないみたいだし。下手をすれば僕たち誘拐犯扱いだよ」
「そういえば俺この前誘拐されたよ」
「え」
ちょっとした世間話のつもりで話題を提供すれば、あからさまにフランシスが引いていた。
「誘拐って誰に? ヴィアン家相手にそんなことする奴いるんだ」
「エリック」
「それってもしかしてエリック王太子殿下かい? 君の身内じゃないか。そういうのは誘拐って言わないよ」
なんだと。あれは歴とした誘拐だった。夜中に馬車で連れ去られたんだぞ。俺がいかに大変な思いをしたか語って聞かせるが、フランシスは「はいはい」と聞き流してしまう。俺の扱い方が非常に雑だ。先程までの馬鹿丁寧な対応はどこ行った。
しかしフランシスとベネットが誘拐犯扱いされるのは困る。彼らは一応俺を助けてくれた恩人なのだ。
「その時は俺がちゃんと説明するから大丈夫だよ」
「安心できないなぁ」
ゆるく笑ったフランシスはどうにも俺をお子様扱いしているらしい。心配せずとも説明くらいはできる。
「もうちょっと信用して。俺ら同い年でしょ」
「全然違うよ。六つも違う」
結局人が多くてオーガス兄様は俺の呼びかけには気が付かなかったらしい。この雑踏の中では仕方のないことだ。俺と一緒にいることに不安を抱いたらしいフランシスは先程からずっとキョロキョロしている。
「フランシス様」
「なんだいベネット」
「ユリス様が大公子様ということであれば、迷子を保護したということでそのまま騎士団に任せれば全て丸く収まるかと」
「……そうだね」
なんせここら一帯を警備している騎士団はヴィアン家お抱えの騎士団である。思い切り身内だ。
善は急げ。どうやら誘拐犯と間違えられたくないらしいフランシスは、さっそく近くに居た騎士の元へと駆けていく。
「ちょっと! そこの騎士くん」
フランシスは大声と共に手を大きく振ってアピールする。ようやく気が付いたらしい騎士のひとりが、なにごとかと人混みをかき分けて近寄ってくる。
比較的人の少ない広場の入り口傍に移動すれば、寄ってきた騎士がフランシスをみて表情を引き締めた。おそらく格好からどこぞの貴族だと悟ったのだろう。
「ユリス様が迷子になられていたよ。目を離したらダメじゃないか。まったくしっかりして欲しいね」
「は? ユリス様、ですか?」
キョトンとした若い騎士は、話がみえないと首を捻る。
どうやらフランシスは俺をさっさと騎士団に引き渡したいらしい。下手に誘拐犯だと疑われては厄介だからね。それにしても随分と強気な態度だな。
「ほら」
フランシスは、くいっと顎でベネットを示す。いや、正確には彼の腕に収まっている俺。
見たことのない騎士だったが、ヴィアン家の騎士服を着ているから大丈夫だろう。ひらひらと手を振ってやれば、ようやく俺の存在を認識したらしい騎士が「うぇ!」と変な声を上げた。
「な、ななななぜユリス様がこちらに⁉︎」
落ち着けよ。取り乱し方がすごいぞ。
「いいかい、僕が保護していなかったら大変なことになっていたぞ。盛大に感謝したまえ」
偉そうなフランシスは、腕を組んで鼻を鳴らす。こっちはこっちでノリノリだ。嫌味な貴族役が様になっている。でも嫌味な役を演じる必要なんてあるか? もしかして普段からこんな感じなんか? え、これが素なの?
「え、と、とりあえず! ニック殿を呼んでーー」
「それ以上騒げばおまえの首を刎ねるぞ」
わたわたする騎士の口が背後からすごい勢いで塞がれたと思ったら、ついで地を這うような声が聞こえた。
右手に握った抜き身の短刀が、そっと騎士の首に押し当てられている。人混みでそんな物騒な物を出すんじゃない。
「怖いよ、アロン」
率直な感想を述べれば、アロンがにこりと場違いな笑みを浮かべた。いつもの飄々とした笑みではなく、なんだかひんやりとした冷たい目だ。
「なに勝手に迷子になっているんですか、ユリス様」
こっわ。
物騒な雰囲気に耐えきれず、ベネットの胸に顔を埋める。すると背後から隠しもしない舌打ちが聞こえてきた。
「やっぱりミュンスト家のアロンさんじゃないか」
「あれ? フランシス殿。こんなところでなにを?」
短刀を懐にしまったアロンが、片眉を持ち上げる。そして騎士の胸ぐらを掴むと「いいか。ユリス様はお忍びで観光中だ。俺はその護衛。なにか問題でも?」と鋭い眼力で脅しにかかっている。可哀想だからやめてやれよ。
アロンの隠蔽現場を目撃したフランシスは、額に手をあてる。
「……迷子の保護をしていただけなんだけどな」
大袈裟に肩をすくめたフランシスは、ゆるく息を吐いた。その顔が「厄介ごとに巻き込まれた」と苦々しく歪められる。
なんだかわからんけど、どんまいフランシス。それとしつこいようだが俺は迷子ではない。
「そういえば俺この前誘拐されたよ」
「え」
ちょっとした世間話のつもりで話題を提供すれば、あからさまにフランシスが引いていた。
「誘拐って誰に? ヴィアン家相手にそんなことする奴いるんだ」
「エリック」
「それってもしかしてエリック王太子殿下かい? 君の身内じゃないか。そういうのは誘拐って言わないよ」
なんだと。あれは歴とした誘拐だった。夜中に馬車で連れ去られたんだぞ。俺がいかに大変な思いをしたか語って聞かせるが、フランシスは「はいはい」と聞き流してしまう。俺の扱い方が非常に雑だ。先程までの馬鹿丁寧な対応はどこ行った。
しかしフランシスとベネットが誘拐犯扱いされるのは困る。彼らは一応俺を助けてくれた恩人なのだ。
「その時は俺がちゃんと説明するから大丈夫だよ」
「安心できないなぁ」
ゆるく笑ったフランシスはどうにも俺をお子様扱いしているらしい。心配せずとも説明くらいはできる。
「もうちょっと信用して。俺ら同い年でしょ」
「全然違うよ。六つも違う」
結局人が多くてオーガス兄様は俺の呼びかけには気が付かなかったらしい。この雑踏の中では仕方のないことだ。俺と一緒にいることに不安を抱いたらしいフランシスは先程からずっとキョロキョロしている。
「フランシス様」
「なんだいベネット」
「ユリス様が大公子様ということであれば、迷子を保護したということでそのまま騎士団に任せれば全て丸く収まるかと」
「……そうだね」
なんせここら一帯を警備している騎士団はヴィアン家お抱えの騎士団である。思い切り身内だ。
善は急げ。どうやら誘拐犯と間違えられたくないらしいフランシスは、さっそく近くに居た騎士の元へと駆けていく。
「ちょっと! そこの騎士くん」
フランシスは大声と共に手を大きく振ってアピールする。ようやく気が付いたらしい騎士のひとりが、なにごとかと人混みをかき分けて近寄ってくる。
比較的人の少ない広場の入り口傍に移動すれば、寄ってきた騎士がフランシスをみて表情を引き締めた。おそらく格好からどこぞの貴族だと悟ったのだろう。
「ユリス様が迷子になられていたよ。目を離したらダメじゃないか。まったくしっかりして欲しいね」
「は? ユリス様、ですか?」
キョトンとした若い騎士は、話がみえないと首を捻る。
どうやらフランシスは俺をさっさと騎士団に引き渡したいらしい。下手に誘拐犯だと疑われては厄介だからね。それにしても随分と強気な態度だな。
「ほら」
フランシスは、くいっと顎でベネットを示す。いや、正確には彼の腕に収まっている俺。
見たことのない騎士だったが、ヴィアン家の騎士服を着ているから大丈夫だろう。ひらひらと手を振ってやれば、ようやく俺の存在を認識したらしい騎士が「うぇ!」と変な声を上げた。
「な、ななななぜユリス様がこちらに⁉︎」
落ち着けよ。取り乱し方がすごいぞ。
「いいかい、僕が保護していなかったら大変なことになっていたぞ。盛大に感謝したまえ」
偉そうなフランシスは、腕を組んで鼻を鳴らす。こっちはこっちでノリノリだ。嫌味な貴族役が様になっている。でも嫌味な役を演じる必要なんてあるか? もしかして普段からこんな感じなんか? え、これが素なの?
「え、と、とりあえず! ニック殿を呼んでーー」
「それ以上騒げばおまえの首を刎ねるぞ」
わたわたする騎士の口が背後からすごい勢いで塞がれたと思ったら、ついで地を這うような声が聞こえた。
右手に握った抜き身の短刀が、そっと騎士の首に押し当てられている。人混みでそんな物騒な物を出すんじゃない。
「怖いよ、アロン」
率直な感想を述べれば、アロンがにこりと場違いな笑みを浮かべた。いつもの飄々とした笑みではなく、なんだかひんやりとした冷たい目だ。
「なに勝手に迷子になっているんですか、ユリス様」
こっわ。
物騒な雰囲気に耐えきれず、ベネットの胸に顔を埋める。すると背後から隠しもしない舌打ちが聞こえてきた。
「やっぱりミュンスト家のアロンさんじゃないか」
「あれ? フランシス殿。こんなところでなにを?」
短刀を懐にしまったアロンが、片眉を持ち上げる。そして騎士の胸ぐらを掴むと「いいか。ユリス様はお忍びで観光中だ。俺はその護衛。なにか問題でも?」と鋭い眼力で脅しにかかっている。可哀想だからやめてやれよ。
アロンの隠蔽現場を目撃したフランシスは、額に手をあてる。
「……迷子の保護をしていただけなんだけどな」
大袈裟に肩をすくめたフランシスは、ゆるく息を吐いた。その顔が「厄介ごとに巻き込まれた」と苦々しく歪められる。
なんだかわからんけど、どんまいフランシス。それとしつこいようだが俺は迷子ではない。
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