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64 なんたら家
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「フランシス様」
「なんだい、ベネット」
店を出た直後、人の多い通りに視線を奪われている俺の横で、なにやらふたりが話し込んでしまう。やがて「確かに」と手を叩いたフランシスが、しゃがみ込んで俺と目線を合わせた。
「ねえユリスくん。もしかして君の連れのアロンさんってミュンスト家のアロンさんかな?」
「みゅん?」
なんだって?
耳慣れない単語にフリーズしていると、フランシスが「いや、そうだね」と慌てたように手を振った。
「クズでクソ野郎のお兄さんっていう言葉から連想するのは失礼だと重々承知しているさ。ごめんね。でもそういうアロンさんっていえばミュンスト家の彼が思い浮かぶんだけど。違うかい?」
違うと思う。ミュンスト家とやらは初めて聞いた。アロンはヴィアン家の騎士だし、ミュンスト家とやらは無関係だと思う。
「違うかも」
否定すれば、フランシスが驚いたように目を見張る。
「あれ、違うの? そうだと思ったんだけどな」
ぶつぶつ呟く彼は「これでまったく手掛かりがなくなってしまったね」と肩をすくめる。
どうでもいいけどさ。この街ってクズでクソ野郎のアロンさんがもうひとりいるのか? とんでもねえな。
※※※
「フランシス。プレゼント探しはいいの?」
「いいよいいよ。迷子の保護の方が大事だからね」
「そうだね、早くアロンたちを探してあげないとね」
「うーん、迷子は君だと思うけどなぁ」
なにやら失礼なことを言ってのけたフランシスは、俺と手を繋いだままスタスタと歩いて行く。どうやらオーガス兄様は先程の広場に居るらしい。俺とは入れ違いだったようだ。ブルース兄様が騎士団の精鋭が出払っていると嘆いていたが、おそらくこれが原因だろう。
「街の視察ってなにするの」
「街の様子を観察して政治に活かすんだよ。民の声に耳を傾けるのは大事だからね。こうやって交流を行うことで信頼関係を築くんだ」
「へー」
難しい話はよくわからない。とりあえずオーガス兄様が仕事中ってことだけはわかった。常日頃から無駄に騎士団に混じって訓練と称して遊んでいるブルース兄様とはえらい違いだ。
「ベネットとはどういう関係?」
「うん? ベネットは僕の従者だよ」
「ジャンと一緒だ」
ふふっと笑ったフランシスは肩越しにベネットへ視線を投げた。
「随分懐かれたな」
「懐かれるようなことをした覚えはないのですが」
ベネットはジャンと違って対応が大人だ。ジャンはまだ若いしね。従者としても新人だとブルース兄様が言っていたから無理もないけど。
「ところで先程から気になっていたんだが、アロンさんたちって言ったよね。何人で来たんだい?」
「俺入れて四人」
「ユリスくんとアロンさんね。あとの二人は?」
「ティアンとセドリック。このふたりも迷子」
「ん?」
俺の答えに、フランシスが真顔になった。わかるよ。揃いも揃って迷子になるなんて信じられないと思っているのだろう。俺が一番信じられないもん。
だがフランシスは予想外のところに食いついた。
「ティアンって。なんだか聞き覚えがあるね。それにセドリックも」
「知ってるの?」
考え込むように顎をさすったフランシスは、ちらりとベネットをみる。どうやら困った時にはベネットに視線を向けるのが彼の癖らしい。ベネットは頼りになりそうだからな。長髪も素敵だし。思わず目を向けてしまう気持ちはよくわかる。
「ティアンってもしかしてジャネック家の息子くんかい?」
「じゃね?」
知らん、そんな家。
違うと否定すれば、今度はフランシスが「本当に?」と顔を近づけてくる。いや近いて。
「アロンさんといいティアンといい。聞き覚えのある名前ばかりだ。全部ここらの貴族のご令息だ。君にも従者がついているらしいじゃないか。やっぱりここらの貴族の家の子かな」
後半は後ろのベネットに向けて問いかけたフランシスは、なぜだか俺に疑いの目を向けてくる。
「どこの子だろう」
「しかしフランシス様。ここらの貴族のご令息の可能性が高いのであれば尚更私営騎士団に任せておけば間違いないかと」
「まぁそうか。ここらの貴族に一番詳しいのは彼らだからね」
なにやら勝手に納得したらしいフランシスはそれきり口を閉ざしてしまう。
すっかり迷子認定されている俺は、残念なことにフランシスにばっちり手を握られており子供扱いだ。俺としてはフランシスよりベネットと仲良くなりたいのだが。
ちらちらとベネットの長髪に熱い視線を送っていると、「ほらあそこだよ」とやけに明るいフランシスの声が聞こえてくる。
いつの間にか広場に到着していたらしい。彼の示す先にきっとオーガス兄様が居るのだろうがいかんせん俺の身長ではまったく何も見えない。頑張って爪先立ちしてみるが結果は変わらず。見兼ねたフランシスがベネットを振り返った。
「抱えてあげなよ。見えないってさ」
ナイスだ、フランシス。
返事を待たずにベネットに向け両手を広げて抱っこしろアピールをすれば、彼はすぐに屈んで俺を抱き上げてくれた。
うおぉ。間近でみる黒髪長髪だ。
テンションあがって本能の赴くままに背中に垂れる黒髪へと手を伸ばす。そのまま括られた髪を握れば、ベネットが軽く咳払いをする。
「ユリスくん? オーガス様はあっちだよ」
見兼ねたフランシスが遠慮がちに声をかけてくるが、オーガス兄様ははっきり言ってどうでもいい。会ったことはないが同じ家に住んでいるし、そんなに物珍しいものでもない。それより今は長髪男子さんだ。うちの騎士団に所属するロニーと違い、ベネットはこれを逃すと気軽に会えない気がする。
それに広場周辺にはヴィアン家の黒い服に身を包んだ騎士たちが大勢いた。あの中の誰かに声をかければ俺は無事に帰れる。帰宅手段が確保できた今、そんなに焦ることはない。
「ダメだこりゃ。ほんと、随分と懐かれたね」
遠い目をするフランシスにはこの長髪男子さんの魅力が伝わらないらしい。こんな美丈夫を侍らせておいてその魅力がわからないとは。なんて奴だ。
「なんだい、ベネット」
店を出た直後、人の多い通りに視線を奪われている俺の横で、なにやらふたりが話し込んでしまう。やがて「確かに」と手を叩いたフランシスが、しゃがみ込んで俺と目線を合わせた。
「ねえユリスくん。もしかして君の連れのアロンさんってミュンスト家のアロンさんかな?」
「みゅん?」
なんだって?
耳慣れない単語にフリーズしていると、フランシスが「いや、そうだね」と慌てたように手を振った。
「クズでクソ野郎のお兄さんっていう言葉から連想するのは失礼だと重々承知しているさ。ごめんね。でもそういうアロンさんっていえばミュンスト家の彼が思い浮かぶんだけど。違うかい?」
違うと思う。ミュンスト家とやらは初めて聞いた。アロンはヴィアン家の騎士だし、ミュンスト家とやらは無関係だと思う。
「違うかも」
否定すれば、フランシスが驚いたように目を見張る。
「あれ、違うの? そうだと思ったんだけどな」
ぶつぶつ呟く彼は「これでまったく手掛かりがなくなってしまったね」と肩をすくめる。
どうでもいいけどさ。この街ってクズでクソ野郎のアロンさんがもうひとりいるのか? とんでもねえな。
※※※
「フランシス。プレゼント探しはいいの?」
「いいよいいよ。迷子の保護の方が大事だからね」
「そうだね、早くアロンたちを探してあげないとね」
「うーん、迷子は君だと思うけどなぁ」
なにやら失礼なことを言ってのけたフランシスは、俺と手を繋いだままスタスタと歩いて行く。どうやらオーガス兄様は先程の広場に居るらしい。俺とは入れ違いだったようだ。ブルース兄様が騎士団の精鋭が出払っていると嘆いていたが、おそらくこれが原因だろう。
「街の視察ってなにするの」
「街の様子を観察して政治に活かすんだよ。民の声に耳を傾けるのは大事だからね。こうやって交流を行うことで信頼関係を築くんだ」
「へー」
難しい話はよくわからない。とりあえずオーガス兄様が仕事中ってことだけはわかった。常日頃から無駄に騎士団に混じって訓練と称して遊んでいるブルース兄様とはえらい違いだ。
「ベネットとはどういう関係?」
「うん? ベネットは僕の従者だよ」
「ジャンと一緒だ」
ふふっと笑ったフランシスは肩越しにベネットへ視線を投げた。
「随分懐かれたな」
「懐かれるようなことをした覚えはないのですが」
ベネットはジャンと違って対応が大人だ。ジャンはまだ若いしね。従者としても新人だとブルース兄様が言っていたから無理もないけど。
「ところで先程から気になっていたんだが、アロンさんたちって言ったよね。何人で来たんだい?」
「俺入れて四人」
「ユリスくんとアロンさんね。あとの二人は?」
「ティアンとセドリック。このふたりも迷子」
「ん?」
俺の答えに、フランシスが真顔になった。わかるよ。揃いも揃って迷子になるなんて信じられないと思っているのだろう。俺が一番信じられないもん。
だがフランシスは予想外のところに食いついた。
「ティアンって。なんだか聞き覚えがあるね。それにセドリックも」
「知ってるの?」
考え込むように顎をさすったフランシスは、ちらりとベネットをみる。どうやら困った時にはベネットに視線を向けるのが彼の癖らしい。ベネットは頼りになりそうだからな。長髪も素敵だし。思わず目を向けてしまう気持ちはよくわかる。
「ティアンってもしかしてジャネック家の息子くんかい?」
「じゃね?」
知らん、そんな家。
違うと否定すれば、今度はフランシスが「本当に?」と顔を近づけてくる。いや近いて。
「アロンさんといいティアンといい。聞き覚えのある名前ばかりだ。全部ここらの貴族のご令息だ。君にも従者がついているらしいじゃないか。やっぱりここらの貴族の家の子かな」
後半は後ろのベネットに向けて問いかけたフランシスは、なぜだか俺に疑いの目を向けてくる。
「どこの子だろう」
「しかしフランシス様。ここらの貴族のご令息の可能性が高いのであれば尚更私営騎士団に任せておけば間違いないかと」
「まぁそうか。ここらの貴族に一番詳しいのは彼らだからね」
なにやら勝手に納得したらしいフランシスはそれきり口を閉ざしてしまう。
すっかり迷子認定されている俺は、残念なことにフランシスにばっちり手を握られており子供扱いだ。俺としてはフランシスよりベネットと仲良くなりたいのだが。
ちらちらとベネットの長髪に熱い視線を送っていると、「ほらあそこだよ」とやけに明るいフランシスの声が聞こえてくる。
いつの間にか広場に到着していたらしい。彼の示す先にきっとオーガス兄様が居るのだろうがいかんせん俺の身長ではまったく何も見えない。頑張って爪先立ちしてみるが結果は変わらず。見兼ねたフランシスがベネットを振り返った。
「抱えてあげなよ。見えないってさ」
ナイスだ、フランシス。
返事を待たずにベネットに向け両手を広げて抱っこしろアピールをすれば、彼はすぐに屈んで俺を抱き上げてくれた。
うおぉ。間近でみる黒髪長髪だ。
テンションあがって本能の赴くままに背中に垂れる黒髪へと手を伸ばす。そのまま括られた髪を握れば、ベネットが軽く咳払いをする。
「ユリスくん? オーガス様はあっちだよ」
見兼ねたフランシスが遠慮がちに声をかけてくるが、オーガス兄様ははっきり言ってどうでもいい。会ったことはないが同じ家に住んでいるし、そんなに物珍しいものでもない。それより今は長髪男子さんだ。うちの騎士団に所属するロニーと違い、ベネットはこれを逃すと気軽に会えない気がする。
それに広場周辺にはヴィアン家の黒い服に身を包んだ騎士たちが大勢いた。あの中の誰かに声をかければ俺は無事に帰れる。帰宅手段が確保できた今、そんなに焦ることはない。
「ダメだこりゃ。ほんと、随分と懐かれたね」
遠い目をするフランシスにはこの長髪男子さんの魅力が伝わらないらしい。こんな美丈夫を侍らせておいてその魅力がわからないとは。なんて奴だ。
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