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60 告白

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 絶対に側室の話を受け入れてはならないとティアンはいつになく真剣な表情で力説する。どうやらこいつはエリックの冗談を真に受けているらしい。さすがお子様。ユーモアセンスが皆無だ。

「俺エリックの愛人とか嫌だから大丈夫だよ」
「ほんとですね⁉︎」
「ほんとほんと」

 てか俺は普通に女の子と結婚したいし。何が悲しくて歳のはなれた同性の従兄弟と結婚せねばならないのか。

「俺どっちかっていうと歳近いほうがいいし」

 ジェネレーションギャップとかめんどいし。歳の差が好みとかいうわけでもない。
 俺の言葉にティアンは「じゃあいいですけど」と顔を逸らしてしまう。いいですけどって何? よくよく考えれば俺の恋愛事情にこいつが首突っ込もうとしているのはおかしくない?

「なんか今の言葉傷付きますね」

 なんだか急にイライラが募る俺であったが、ティアンに噛みつく前に突然話に割り込んできたアロンに視線が移ってしまう。
 なに? どういうこと?

「まるで俺のことが眼中にないみたいな言い方しますね」

 にこっと笑うアロンは、珍しく拗ねたようにすぐに視線を逸らしてしまう。

 こいつは何を言っているんだ?

 今は俺の恋愛対象の話をしていたはずだ。なぜそこにアロンが悲しい顔で存在感を主張しだすのか。疲労のあまり頭がバグっているのかもしれない。
 そういえばアロンがいらん本性を露にしたのも俺の誘拐騒動で彼が疲れ切っている時だった。おそらくアロンは一定以上の疲労が溜まるとバグっておかしな言動をするに違いない。人間だもの。それくらいの欠点あってもおかしくはない。いや、アロンは欠点だらけだけど。だからこそ、それくらいの欠点いまさら驚いたりはしない。

「……どんまい」

 俺を抱っこして歩いてきたから。きっと疲れているのだ。労いのためにつま先立ちでアロンの背中を軽く叩けば、アロンがすごい顔をした。

「え、マジで脈なしですか?」
「脈? 脈ないの? 脈なかったら死んじゃう?」
「えぇ、死ぬかもしれません」
「え。アロン死ぬの?」

 マジで?
 そんな疲れてんのか、こいつ。だったら先程の俺のジュース強奪の件は許してやろう。大人で騎士だから俺ひとり抱っこするくらいなんともないと思っていたんだけどな。まぁ十歳児って割と重いよね、知らんけど。

 混乱する俺に、アロンはなおも言い募る。

「で? 結局脈アリって考えていいですか」

 俺に聞かないで。医者に聞けよ。
 なんで十歳児に脈の件を問い合わせるの、この人。もしかしてマジで頭働いてないの? 救急車呼んだほうがいいレベルですか?

「死んでないから、まだ大丈夫だと思うよ」

 よくわからんが脈って止まると死ぬよね?
 アロンはまだ立ってるし、ピンピンしてるし。たぶん脈はまだある。きっと。

「死んでなきゃ誰でもいいんですか? それとも死ぬまで諦めるなっていう激励ですか?」
「う、うーん?」

 どういうことだろうか。アロンの言っていることがイマイチ理解できない。
 必死になって頭を捻る俺の肩を、ティアンがそっと叩いた。

「あんまり口を挟みたくはないのですが、恐ろしいほどに会話が噛み合っていないと思いますよ」

 そうなの?


※※※


「いいですか。とんでもなくとっ散らかっているようなので一回整理しましょう」

 とっ散らかした本人であるアロンが、偉そうにしゃがみ込んで俺と目線を合わせた。

 さすがに人混みを避けて、俺たちは今開けた広場のような場所の一角にいた。なにやらアロンは俺に言いたいことがあるらしい。先程の脈云々と同様の話だろう。

 にこっと愛想よく笑ったアロンの後ろで、セドリックが怖い顔して腕を組んでいる。なんだこの状況。

「おい、アロン。それ以上はやめておけ」
「副団長には関係ないじゃないですか。あ、元でしたね。元」

 セドリックが喋っている。それもなんかぞんざいな態度だ。物珍しさから思わず視線が不機嫌そうなセドリックに向いてしまうが、それが気に食わないらしいアロンに頬を包まれて無理やり視線を戻される。

「ユリス様。空気読んでくださいね。今は俺を見るところですよ」

 ちなみにティアンは俺たちを心配そうに見守っている。

「ユリス様に遠回しな表現は伝わらないらしいのではっきり言いますね」
「馬鹿にするな。これでも空気は結構読めるし察しもいいぞ」
「いまそこ突っ込むところではないです」

 やっぱり空気読めてねぇと失礼な言葉を吐き捨てて、アロンはもう一度にこっと笑う。

「俺、ユリス様のこと好きですよ」
「俺も」
「え」

 目を丸くするアロンが、俺の肩をガシッと掴んでくる。遠くからティアンが「ちょっと展開早くないですか⁉︎」と騒ぐ声が聞こえてくる。セドリックに至っては口をあんぐり開けている。無表情な彼にしては珍しい。

「え、嘘でしょ。ユリス様。それって」
「うん。俺も俺のこと好き」
「……はぁ?」

 顔こわ。
 ぎゅっと俺の肩を掴むアロンの手に力が入る。いや痛いて。骨でも折るつもりかよ。この馬鹿力が。
 すっと無表情に戻ったセドリックは唐突に口元を押さえて静かに俯いてしまう。

「なに笑ってるんですかっ! セドリック殿!」

 あれ笑ってるのか。わかりにくいな。てかセドリックが笑うところとか貴重すぎる。
 少し離れたところではティアンが「ですよね。ユリス様はそういう人です」となにやらしたり顔で何度も頷いている。ただアロンひとりだけが納得いかないと騒ぎ立てる。

「そういうことじゃないです! いいですか。俺がユリス様のこと好きって話ですよ。もちろん愛しているって意味です」
「ありがと」
「ちゃんと理解してます?」

 理解してる。今度はちゃんと理解しているから俺を揺さぶるのはやめてほしい。ちょっと吐きそう。
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