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58 抱っこ
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街は遠かった。
いやたぶんそんなに遠くはないのだろう。だがそれは大人の足を基準にした場合だ。ユリスは十歳児である。めっちゃ遠い。
「……疲れた」
ヴィアン家から街までは一本道だ。どうやらヴィアンの屋敷は高台にあるらしい。アロンいわくずっと下っていくと街の入口に辿り着くらしい。道路は人の手が入ってはいるが、現代日本のようなきちっとした舗装はない。土を踏み固めたようなもので小さい凹凸がある。実に歩きにくい。
足が重くてついに立ち止まれば、先を行くアロンがあからさまに顔を顰めた。不穏な空気を察知したティアンが俺の手を取る。
「ユリス様、もうちょっとですよ! 頑張りましょう」
「無理。もう歩けない。疲れた」
ちょっと子供の体を舐めていた。このまま地面に座り込みたいくらいである。
「だから馬を使えばよかったんですよ。自分で歩けるって言いましたよね」
「やっぱり無理だった」
アロンがムスッと黙り込む。こいつ最近俺への接し方が雑になってきたよな。本性を現した結果だろう。
「アロン、抱っこ」
「嫌ですよ。副団長に頼めばいいじゃないですか」
あ、元副団長でしたね、と律儀にセドリックをいじったアロンは腕を組んだまま抱っこを拒否する。しかし俺は疲れ切っているのだ。諦めるわけにはいかない。両手を広げて抱っこをねだるが、アロンは動かない。強情な奴だ。
「セドリックに迷惑はかけられないし」
「俺にも迷惑かけちゃダメですよ」
もっともらしく説教じみたことを言うアロンは、「約束しましたよね」と取り付く島もない。
こうなったら仕方がない。奥の手だ。
「アロン」
「ダメです」
「俺この前見ちゃった」
「なにをですか?」
虚をつかれたアロンが、俺と目線を合わせようと腰を折る。
「ブルース兄様がいない時。アロンがメイドさんを口説いて兄様の部屋に連れ込ーー」
「抱っこくらいお安い御用ですよ! さあ行きましょう、ユリス様」
話を遮って、アロンが俺を抱き抱える。そのまま意気揚々と街へと向かう。アロンがクソ野郎でよかった。
「その人なんでクビにならないんですか?」
不愉快さを隠しもしないティアンがアロンを睨み上げる。まったく同感である。
※※※
「おぉ! なんと言うか、街だね!」
「街ですからね」
俺の貧弱な感想に冷たく返したティアンは、疲れたと言わんばかりにショルダーバッグを掛け直す。
アロンたちと同じく、今日の俺とティアンはラフな格好をしていた。なんでもここらの子供たちと似たような服らしい。庶民の格好ってやつだな。動きやすくて実にいいと思う。いつものいかにも高級そうな服はなんだか生地が厚くて息苦しいんだよな。
「どこに行きますか」
俺を抱え直して、アロンはきょろきょろと視線を彷徨わせる。それにつられて俺も首を動かすが、未知のものがたくさん目に飛び込んできてちょっと興奮状態だ。
人がたくさんいる。すげぇ。
商店街のようにずらりと店が並ぶ。人が多くて活気もある。今しがた通ってきた街の入口には馬を預ける場所もあった。駐車場みたいなもんかな。
「アロンがいつも行くとこがいい」
なにがなにやら。まったくわからないため無難な返答をしてみる。純粋にアロンの私生活にも興味があったし。しかし当のアロンはすっと真顔になった。いつも無駄にニコニコしているくせに珍しい。どうした?
「アロン? 聞いてる?」
俺を抱えたままフリーズしないで。絶対に落とすなよ。
「アロン? おーい」
……電池切れ? 俺を抱えていたから疲れたのか? 俺のせい?
バシバシとアロンの腕を叩いてみるが、反応がない。どうしようもなくなって遥か下にあるティアンの頭を見下ろすと、困ったような視線が返ってきた。
「アロン殿、こんなところで固まらないでください」
ティアンが容赦なくアロンの足を蹴り上げれば、ようやく「ちょっと待ってください」と苦々しい反応があった。
「今ちょっと。子供を連れて行ってもギリセーフな店を思い出しているところなので」
「なんでギリギリを攻めようとするんですか?」
ティアンの冷たい声が響いた。
まったくだ。普通に堂々と子供連れでいけるところにしてくれよ。
「なんでって。俺普段そういうところしか行かないので」
「クズ野郎が」
ティアンが舌打ちした。相変わらずアロンのことが大嫌いらしい。
しかしながら、アロンの言う「そういうところ」ってどういうところだろうか。もしかしてちょっとエッチなお店だろうか。だとしたら非常に興味がある。俺が最近顔を合わせた女の人といえばお母様や屋敷のメイドさんくらいだ。前世高校生の俺である。むしろ行きたい。
「わかった。じゃあそこ行こう」
「どこですか?」
「アロンの行きつけのアウトなお店」
「ダメに決まってるでしょ」
俺の主張をあっさり流して、ティアンは手短な店にあたりをつけ始める。
「ユリス様、あそこにしましょう」
彼が示した先は本屋だった。断固拒否。てか完全にティアンの趣味だろ。
静かに首を左右に振って拒絶すれば「もうちょっと楽しいところにしましょうよ」とアロンがナイスなことを言う。
「楽しいところって具体的にはどこですか」
「え? 具体的に。どこだろ。酒場?」
「ユリス様。アロン殿は置いて行きましょう」
「そうだね」
十歳児を酒場に連れて行くのはどうかと思うぞ。セドリックをみろ。露骨に嫌な顔してアロンを睨みつけている。
「ちょっと喉渇きません? 向こうのお店でジュースでも飲みますか」
「ティアンにしてはいいこと言うな」
「ユリス様はいつもひと言余計なんですよ」
アロンに降ろしてもらって久しぶりの地面を踏みしめる。さすが街中。道中までの土を踏み固めた道とは違って、石造りのタイルできちんと舗装がされている。転んだら痛そう。
「転んじゃダメだよ、ティアン」
「それはこちらのセリフです」
本気で俺が転ぶとでも思ったのか、ティアンが俺の右手を握ってくる。これだと万が一ティアンが転んだ時に俺が巻き添えになりそうだ。やめて欲しい。
いやたぶんそんなに遠くはないのだろう。だがそれは大人の足を基準にした場合だ。ユリスは十歳児である。めっちゃ遠い。
「……疲れた」
ヴィアン家から街までは一本道だ。どうやらヴィアンの屋敷は高台にあるらしい。アロンいわくずっと下っていくと街の入口に辿り着くらしい。道路は人の手が入ってはいるが、現代日本のようなきちっとした舗装はない。土を踏み固めたようなもので小さい凹凸がある。実に歩きにくい。
足が重くてついに立ち止まれば、先を行くアロンがあからさまに顔を顰めた。不穏な空気を察知したティアンが俺の手を取る。
「ユリス様、もうちょっとですよ! 頑張りましょう」
「無理。もう歩けない。疲れた」
ちょっと子供の体を舐めていた。このまま地面に座り込みたいくらいである。
「だから馬を使えばよかったんですよ。自分で歩けるって言いましたよね」
「やっぱり無理だった」
アロンがムスッと黙り込む。こいつ最近俺への接し方が雑になってきたよな。本性を現した結果だろう。
「アロン、抱っこ」
「嫌ですよ。副団長に頼めばいいじゃないですか」
あ、元副団長でしたね、と律儀にセドリックをいじったアロンは腕を組んだまま抱っこを拒否する。しかし俺は疲れ切っているのだ。諦めるわけにはいかない。両手を広げて抱っこをねだるが、アロンは動かない。強情な奴だ。
「セドリックに迷惑はかけられないし」
「俺にも迷惑かけちゃダメですよ」
もっともらしく説教じみたことを言うアロンは、「約束しましたよね」と取り付く島もない。
こうなったら仕方がない。奥の手だ。
「アロン」
「ダメです」
「俺この前見ちゃった」
「なにをですか?」
虚をつかれたアロンが、俺と目線を合わせようと腰を折る。
「ブルース兄様がいない時。アロンがメイドさんを口説いて兄様の部屋に連れ込ーー」
「抱っこくらいお安い御用ですよ! さあ行きましょう、ユリス様」
話を遮って、アロンが俺を抱き抱える。そのまま意気揚々と街へと向かう。アロンがクソ野郎でよかった。
「その人なんでクビにならないんですか?」
不愉快さを隠しもしないティアンがアロンを睨み上げる。まったく同感である。
※※※
「おぉ! なんと言うか、街だね!」
「街ですからね」
俺の貧弱な感想に冷たく返したティアンは、疲れたと言わんばかりにショルダーバッグを掛け直す。
アロンたちと同じく、今日の俺とティアンはラフな格好をしていた。なんでもここらの子供たちと似たような服らしい。庶民の格好ってやつだな。動きやすくて実にいいと思う。いつものいかにも高級そうな服はなんだか生地が厚くて息苦しいんだよな。
「どこに行きますか」
俺を抱え直して、アロンはきょろきょろと視線を彷徨わせる。それにつられて俺も首を動かすが、未知のものがたくさん目に飛び込んできてちょっと興奮状態だ。
人がたくさんいる。すげぇ。
商店街のようにずらりと店が並ぶ。人が多くて活気もある。今しがた通ってきた街の入口には馬を預ける場所もあった。駐車場みたいなもんかな。
「アロンがいつも行くとこがいい」
なにがなにやら。まったくわからないため無難な返答をしてみる。純粋にアロンの私生活にも興味があったし。しかし当のアロンはすっと真顔になった。いつも無駄にニコニコしているくせに珍しい。どうした?
「アロン? 聞いてる?」
俺を抱えたままフリーズしないで。絶対に落とすなよ。
「アロン? おーい」
……電池切れ? 俺を抱えていたから疲れたのか? 俺のせい?
バシバシとアロンの腕を叩いてみるが、反応がない。どうしようもなくなって遥か下にあるティアンの頭を見下ろすと、困ったような視線が返ってきた。
「アロン殿、こんなところで固まらないでください」
ティアンが容赦なくアロンの足を蹴り上げれば、ようやく「ちょっと待ってください」と苦々しい反応があった。
「今ちょっと。子供を連れて行ってもギリセーフな店を思い出しているところなので」
「なんでギリギリを攻めようとするんですか?」
ティアンの冷たい声が響いた。
まったくだ。普通に堂々と子供連れでいけるところにしてくれよ。
「なんでって。俺普段そういうところしか行かないので」
「クズ野郎が」
ティアンが舌打ちした。相変わらずアロンのことが大嫌いらしい。
しかしながら、アロンの言う「そういうところ」ってどういうところだろうか。もしかしてちょっとエッチなお店だろうか。だとしたら非常に興味がある。俺が最近顔を合わせた女の人といえばお母様や屋敷のメイドさんくらいだ。前世高校生の俺である。むしろ行きたい。
「わかった。じゃあそこ行こう」
「どこですか?」
「アロンの行きつけのアウトなお店」
「ダメに決まってるでしょ」
俺の主張をあっさり流して、ティアンは手短な店にあたりをつけ始める。
「ユリス様、あそこにしましょう」
彼が示した先は本屋だった。断固拒否。てか完全にティアンの趣味だろ。
静かに首を左右に振って拒絶すれば「もうちょっと楽しいところにしましょうよ」とアロンがナイスなことを言う。
「楽しいところって具体的にはどこですか」
「え? 具体的に。どこだろ。酒場?」
「ユリス様。アロン殿は置いて行きましょう」
「そうだね」
十歳児を酒場に連れて行くのはどうかと思うぞ。セドリックをみろ。露骨に嫌な顔してアロンを睨みつけている。
「ちょっと喉渇きません? 向こうのお店でジュースでも飲みますか」
「ティアンにしてはいいこと言うな」
「ユリス様はいつもひと言余計なんですよ」
アロンに降ろしてもらって久しぶりの地面を踏みしめる。さすが街中。道中までの土を踏み固めた道とは違って、石造りのタイルできちんと舗装がされている。転んだら痛そう。
「転んじゃダメだよ、ティアン」
「それはこちらのセリフです」
本気で俺が転ぶとでも思ったのか、ティアンが俺の右手を握ってくる。これだと万が一ティアンが転んだ時に俺が巻き添えになりそうだ。やめて欲しい。
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