冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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55 乗馬

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「今日寒くない? もうちょっと暖かくなってからにしない?」
「何ヶ月先延ばしにするおつもりですか」

 朝食後のうだうだタイムを邪魔された俺は不機嫌だった。ジャンにジャケットを着せられ、ついでに手袋もはめられた。やる気なさすぎてされるがままである。

「ほら行きますよ。僕の父上も待ってます」
「あぁ、クレイグ団長ね」

 そういうことか。ティアンがやけに張り切っているのはクレイグ団長がいるからか。こいつファザコンだもんな。

「どこ行くの」
「だから騎士棟ですってば。小さい馬を用意したのでユリス様でも大丈夫ですよ」

 小さい馬って何? ポニー?

 足取り軽く先を急ぐティアン。その後ろを俺とジャンがゆったりついていく。どうやら馬は屋敷裏の騎士棟のさらに裏にいるらしい。少しだけ切り開かれた森を進むと厩舎がみえてくる。

「おはようございます、ユリス様」

 黒い騎士服に身を包んだクレイグ団長が出迎えてくれる。背後ではセドリックが手綱を握って小さめの馬を引き連れていた。

「馬!」

 艶々と輝く毛並みを視界に捉えた途端、俺のテンションが爆上がりする。ついさっきまで抱えていた面倒くさいという気持ちを吹っ飛ばして両手を上げて駆け寄ろうとするが、前にいたティアンに制止される。

「馬は繊細なんですから。突進していかないでください」
「俺の方が繊細」
「どういう張り合い方なんですか?」

 小さいと思っていたが、近寄ると案外デカい。ブルブルと首を振る動きに驚いて、俺はピタリと足を止めた。犬とか猫とかそんな感じの可愛さを想像していたのだが、なんか違う。可愛いっていうよりデカい。ゴツい。

「じゃあ早速乗ってみましょうか」

 クレイグ団長に手を引かれておそるおそる馬に触れてみるが、嫌がるように馬が体を揺らす。その急な動きにまたもやびっくりして後ろに下がる。あと乗り方がわからない。「ここに足をかけるんですよ」とティアンが口出ししてくるが乗れる気がしない。てか怖いんだけど。俺のテンションが再び降下する。

「……やっぱりいいや」
「ここまできてなに言ってるんですか」

 はよ乗れとティアンが背中を押してくる。それをかわしてじりじりと馬から距離を取るが、なぜかその分だけセドリックが手綱を引いて近寄って来る。やめろ、おまえは動くな。

 そんな無言の攻防を繰り広げていると、この結果を予想していたのか。クレイグ団長が大きな黒い馬を引き連れて来る。

「ユリス様。こちらに乗ってみますか」

 なんでだよ。小さい馬に怖くて乗れないって言ってるのになんでさらにデカい馬を差し出すんだ。嫌がらせかよ。

 しかしクレイグ団長はさっさと大きな馬に跨ってしまう。そして上から手を差し出してきた。どうやら二人乗りしようということらしい。なるほど、それなら大丈夫かもしれない? いや怖いけど、ひとりよりはマシ。
 こちらに向けられた大きな手を取ろうとして、はたとティアンに目を向ける。

「……乗ってもいい?」
「なんで僕に訊くんですか」

 だっておまえファザコンじゃん。クレイグ団長と同じ馬に乗って変な嫉妬したりしない? ティアンに恨まれるのは面倒そうだ。

「お父さんとられたとか言って泣かない?」
「泣きませんよ! 僕のことなんだと思ってるんですか!」
「だってお子様じゃん」
「違いますけど⁉︎」

 ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めるティアンは、やっぱりお子様だ。ここは大人の俺がしっかりせねば。

「大丈夫。誰もティアンのお父さんとったりしないから」
「そんな心配してませんが⁉︎」

 じゃあいいや。これで気兼ねなく乗馬できる。
 クレイグ団長の手を取れば、なんだか彼は変な顔をしていた。

「愚息が申し訳ありません」
「いえいえ。俺がちゃんと面倒みてるので心配しないで」
「僕がユリス様の面倒をみてるんですよ!」

 ティアンうるさいな。馬は繊細なんだから静かにしろよな、まったく。

 ひょいと腕を掴まれて引っ張り上げられる。クレイグ団長に後ろから抱きかかえられるようにして念願の乗馬を果たした俺は、ピシリと固まっていた。

「このままちょっと散歩してみますか」
「いい」
「え?」

 なんか目線が高い。それに不安定な乗り心地だしやっぱり怖い。なにより馬が動いているのがすごく恐怖だ。振り落とされたらどうする。
 今すぐ降ろせと主張するが、クレイグ団長は「そんなこと言わずに」と俺の腰をがっちり掴んだまま放してくれる気配がない。そのまま馬をゆっくりではあるが歩かせてしまう。

「いい。もう大丈夫。降りる」

 やめろって言ってるだろ! 人の話を聞け!
 強引な所がティアンそっくりである。さすが親子。余計なところが似ている。

「もういい。降ろせ」

 ガッチガチに硬直して早口で何度も懇願してようやく馬を停止させてもらえた。でも自分じゃ降りれない。わたわたしているとセドリックが抱えて降ろしてくれた。ナイス、セドリック。今日の俺のおやつをわけてあげてもいいくらいの働きだ。

「楽しくないですか?」

 ティアンが不思議そうな顔をしているが、まったくもって楽しくなかった。

「俺もう馬は一生乗らない」

 力を込めて宣言すれば、ティアンが「そんなわけにはいかないですよ」といらん現実を突きつけてきた。
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