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53 たまには役立つ
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「事務ってなにやるの」
騎士といえば剣を振ったり、馬に乗ったりという貧相なイメージしかない俺は、唐突に現れた事務職のお兄さんという未知の存在に興味を持った。
ぐいぐい近寄っていけば、ティアンが慌てて引き止める。
「だからやめなさいって。ミゲル殿が困っているじゃないですか」
「え? 困ってるの?」
「い、いえ。とんでもありませんっ」
背筋を伸ばして応答するミゲル。
「困ってないってよ」
「ユリス様を目の前にして困ってますなんて馬鹿正直に言えるわけないでしょ」
それもそうか。
ふむふむと納得していると、視線を彷徨わせながらミゲルがボソボソと口を開く。
「えっと、主に書類仕事です。あとは備品の管理とか、馬の管理もですね」
ミゲルが馬と口にした瞬間、ティアンがしまったという顔をした。そしてもちろん俺は盛大に食いついた。
「馬!」
びくりとミゲルが肩を揺らす。
「馬乗りたい! いい?」
「えっ」
馬の管理をしているのがミゲルならば、彼の許可を取れば馬に乗っても許されるのでは? そんな期待を込めて彼を見上げれば、眼鏡の奥の瞳が可哀想なくらいに揺れていた。
「え、えっとぉ。副団、じゃない。セドリックさん」
「ユリス様」
ミゲルの助けを求めるような視線を受けて、セドリックがすかさず膝を折る。
「本日はもう遅いです。ユリス様も長旅でお疲れでしょう。乗馬はまた後日といたしましょう」
「えー」
せっかく馬に乗れると思ったのに。馬車と馬じゃあ天と地ほどの差があるはずだ。たしかに王宮から馬車に乗って帰ってきたばかりだが、そんなに遠い距離ではなかったので俺は元気だ。なにより後半はアロンと一緒になって寝てたし。
しかしセドリックを怒らせても厄介だ。こいつは常に無表情なのでいつキレるかわかったものじゃない。そしていつもの会話の流れでいつの間にか説教が始まっていたりするから面倒この上ない。
それにクレイグ団長の許可を取らないと後々面倒ごとになりそうな気もする。ティアンも乗り気ではないし、この場に俺の味方はいなかった。
「わかった。今日は諦める」
「恐縮です」
渋々頷いておく。今日のところは勘弁してやろう。慇懃に頭を下げたセドリックに促されてミゲルがぺこぺこお辞儀しながら去っていく。
俺らも帰るかと玄関に向かっていたその時。前方からわかりやすく顔を顰めたブルース兄様が大股でズカズカ歩いてくるのを見つけて思わず回れ右をした俺は悪くないと思う。
※※※
「なにしてるんだ。騎士棟には近づくなと言っただろうが」
「言ったっけ、そんなこと」
逃げようとする俺の首根っこを容赦なく引っ掴んだ兄様は、後ろに控えるセドリックを睨みつけた。
「ちゃんと見ておけと言っただろ」
「申し訳ありません。クレイグ団長にご相談があるとのことでしたので」
「あ? クレイグに何の用だ」
ギロリと睨まれて首をすくめる。というかいい加減その手を放してもらえませんかね。地味に首が苦しいんだが。
バタバタと暴れてやればようやく兄様は手を放してくれた。
「馬に乗りたいから」
「はぁ?」
腕を組んだ兄様は忌々しく舌打ちをする。
「おまえ、前は乗りたくないって言ってなかったか」
「……気が変わった」
乗りたくないなんて言った覚えはないから、成り代わる前の本物ユリスの話だろう。でも俺は乗りたい。カッコよく乗り回してあわよくば女の子にモテたい。
「ダメなの?」
上目遣いで首を傾げれば、ブルース兄様が「どこで覚えたんだ」と苦々しい顔をする。狙ったわけではない。身長差があるからどうしても上目遣いになってしまうだけだ。しかしユリスは稀代の美少年なので破壊力は抜群だと思う。今後も積極的に活用していこう。
案の定、兄様は低く唸った後に仕方がないとため息をついた。
「今日は遅いからまた明日だ。クレイグには俺から話を通しておく」
「やった! 兄様もたまには役に立つね」
「おい」
低く唸った兄様は、盛大に眉を顰めた。
騎士といえば剣を振ったり、馬に乗ったりという貧相なイメージしかない俺は、唐突に現れた事務職のお兄さんという未知の存在に興味を持った。
ぐいぐい近寄っていけば、ティアンが慌てて引き止める。
「だからやめなさいって。ミゲル殿が困っているじゃないですか」
「え? 困ってるの?」
「い、いえ。とんでもありませんっ」
背筋を伸ばして応答するミゲル。
「困ってないってよ」
「ユリス様を目の前にして困ってますなんて馬鹿正直に言えるわけないでしょ」
それもそうか。
ふむふむと納得していると、視線を彷徨わせながらミゲルがボソボソと口を開く。
「えっと、主に書類仕事です。あとは備品の管理とか、馬の管理もですね」
ミゲルが馬と口にした瞬間、ティアンがしまったという顔をした。そしてもちろん俺は盛大に食いついた。
「馬!」
びくりとミゲルが肩を揺らす。
「馬乗りたい! いい?」
「えっ」
馬の管理をしているのがミゲルならば、彼の許可を取れば馬に乗っても許されるのでは? そんな期待を込めて彼を見上げれば、眼鏡の奥の瞳が可哀想なくらいに揺れていた。
「え、えっとぉ。副団、じゃない。セドリックさん」
「ユリス様」
ミゲルの助けを求めるような視線を受けて、セドリックがすかさず膝を折る。
「本日はもう遅いです。ユリス様も長旅でお疲れでしょう。乗馬はまた後日といたしましょう」
「えー」
せっかく馬に乗れると思ったのに。馬車と馬じゃあ天と地ほどの差があるはずだ。たしかに王宮から馬車に乗って帰ってきたばかりだが、そんなに遠い距離ではなかったので俺は元気だ。なにより後半はアロンと一緒になって寝てたし。
しかしセドリックを怒らせても厄介だ。こいつは常に無表情なのでいつキレるかわかったものじゃない。そしていつもの会話の流れでいつの間にか説教が始まっていたりするから面倒この上ない。
それにクレイグ団長の許可を取らないと後々面倒ごとになりそうな気もする。ティアンも乗り気ではないし、この場に俺の味方はいなかった。
「わかった。今日は諦める」
「恐縮です」
渋々頷いておく。今日のところは勘弁してやろう。慇懃に頭を下げたセドリックに促されてミゲルがぺこぺこお辞儀しながら去っていく。
俺らも帰るかと玄関に向かっていたその時。前方からわかりやすく顔を顰めたブルース兄様が大股でズカズカ歩いてくるのを見つけて思わず回れ右をした俺は悪くないと思う。
※※※
「なにしてるんだ。騎士棟には近づくなと言っただろうが」
「言ったっけ、そんなこと」
逃げようとする俺の首根っこを容赦なく引っ掴んだ兄様は、後ろに控えるセドリックを睨みつけた。
「ちゃんと見ておけと言っただろ」
「申し訳ありません。クレイグ団長にご相談があるとのことでしたので」
「あ? クレイグに何の用だ」
ギロリと睨まれて首をすくめる。というかいい加減その手を放してもらえませんかね。地味に首が苦しいんだが。
バタバタと暴れてやればようやく兄様は手を放してくれた。
「馬に乗りたいから」
「はぁ?」
腕を組んだ兄様は忌々しく舌打ちをする。
「おまえ、前は乗りたくないって言ってなかったか」
「……気が変わった」
乗りたくないなんて言った覚えはないから、成り代わる前の本物ユリスの話だろう。でも俺は乗りたい。カッコよく乗り回してあわよくば女の子にモテたい。
「ダメなの?」
上目遣いで首を傾げれば、ブルース兄様が「どこで覚えたんだ」と苦々しい顔をする。狙ったわけではない。身長差があるからどうしても上目遣いになってしまうだけだ。しかしユリスは稀代の美少年なので破壊力は抜群だと思う。今後も積極的に活用していこう。
案の定、兄様は低く唸った後に仕方がないとため息をついた。
「今日は遅いからまた明日だ。クレイグには俺から話を通しておく」
「やった! 兄様もたまには役に立つね」
「おい」
低く唸った兄様は、盛大に眉を顰めた。
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