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52 事務職

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「ユリス様⁉︎ 大変失礼いたしました」
「うむ、くるしゅうない」
「どこで覚えたんですか、そんな言葉」

 目に見えて狼狽する騎士に軽く片手をあげて応じれば、ティアンが半眼となる。俺の時代劇ばりの物言いが気に食わないらしい。なんでだよ、そういう雰囲気だっただろ。

 さっと道を開けた騎士たちは大袈裟に頭を下げ始める。まるでお殿様にでもなった気分だ。後ろをついてくるジャンはもはや吐きそうな顔色をしていた。毎度のことながら気弱だな。ティアンの図々しさを見習ってほしい。

 お手本のように直角お辞儀をしてみせる騎士たちに手を振ってその場を後にする。

 日も傾いてきて外は薄暗くなりつつあった。

「早く戻りましょう」

 背中をぐいぐい押してくるティアンは、キョロキョロと不自然に視線を彷徨わせている。どうやら父親であるクレイグ団長と鉢合わせるのが怖いらしい。騎士と顔を合わせてちょっとした騒ぎになったのを後悔しているようだった。

「クレイグ団長って怒ると怖い?」
「そりゃあもう」

 そうなのか。
 まあ騎士団の団長なんてやるくらいだしな。クレイグ団長もティアンも薄青い瞳に髪と見た目はそっくりなのだが、その体格は似ても似つかない。普段どんな会話をしているのか想像もできないな。

 そんな親子関係について思案していると、後ろからセドリックを呼ぶ声が上がった。

「副団長。いまちょっといいです、か?」

 語尾が不自然に途切れた。何事かと様子を伺えば、年若い騎士がセドリックから俺に視線を移して固まるところだった。

 薄く緑がかった髪を肩のあたりで適当に切り揃えて眼鏡をかけている。神経質そうな細身の男は、騎士服に身を包んでいるがあまり騎士っぽくない。なんかひょろい。

 書類を片手にカッチコチに固まった彼は、ダラダラと冷や汗を流している。どうも騎士の皆さんはユリスを見ると硬直する癖があるらしい。こんな子供相手にそんな緊張する必要ある? 筋骨隆々の騎士たちに囲まれたら十歳児の俺なんてあっという間にやられてしまう自信がある。まぁ目の前のお兄さんは筋肉なさそうだけど。それでも年齢からくる体格差は歴然。彼が俺相手にビビる意味がわからない。

「セドリックになにか用?」

 微動だにしない彼を気遣ってこちらから声をかけてやれば、逆に一歩後退ってしまった。なんでだよ。

「あの、お兄さん?」
「ひぃ」

 距離を詰めてやれば引き攣った悲鳴を上げられた。なんかショックだ。

「後にしてくれないか、ミゲル。あと私は副団長ではない」

 どうやら名前はミゲルというらしい。素っ気なく彼を追い払おうとするセドリックは、どうにかこの場を収めようとしているらしい。元副団長である旨を丁寧に説明しているが、なんだか居心地が悪いな。ユリスが副団長から解任したらしいしね。セドリック的には俺の前で副団長呼びされたくないのだろう。わかるよ、その気まずさ。なんだったら俺が一番気まずいもん。

「えっと、ミゲル?」
「は、はい!」

 セドリックの真似をして呼びかけてみれば、ミゲルがようやく返事をしてくれた。ティアンが「やめなさい」と俺の裾をぐいぐい引っ張ってくるが、なにをやめるというのか。よくわからないから放っておこう。

「セドリックに用事? 別にいいよ。俺のことはお気になさらず」
「も、申し訳ありません!」

 なんで謝られたんだろう。意味のわからないタイミングでの謝罪といい青い顔といいジャンにそっくりだ。ちなみにジャンは俺の後ろで必死に気配を消している。巻き込まれたくないオーラがすごい。

「ユリス様のお手間を取らせるわけにはまいりません。あとで私が時間を作りますのでどうぞお気になさらず」

 まともな会話が成り立たないミゲルに代わって、セドリックが一礼する。俺は本当にマジでなにも気にしないのだが、セドリック的には俺の足を止めるのはよろしくないことらしい。貴族って難しい。

 ここで俺が意地を張るのもおかしいので一旦引き下がることにする。けれども騎士にしては細いミゲルがどうにも気になって仕方がない。

「ミゲルって騎士なの?」

 興味のおもむくままに訊ねると、彼が固まった。

「自分は騎士団所属ですが、ただの事務方なので。すみません」
「事務」

 事務職あるんだ。なんかびっくり。思ったよりちゃんとした組織らしい。ということは体力に自信がなくとも騎士団所属にはなれるわけか。

「よかったなティアン。事務ならティアンでもいけるよ」
「どういう意味ですか⁉︎ 僕は騎士を目指してるって言ってるじゃないですか! ほんと失礼ですよね」

 なんだかティアンがキレてしまった。気難しい奴だな。
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