冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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51 騎士棟探検

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 重厚なドアを押し開けるとなんだか冒険でもしているみたいな気分になる。外の騎士たちの視線を感じるが誰もなにも言ってこない。たぶんセドリックが居るからだろう。元とはいえ副団長だ。彼らの上司であることには違いない。

 前に一度来た時はブルース兄様の部屋に通された。しかし今日は兄様には用はない。嬉々として玄関に足を踏み入れた俺は、次の一歩を踏み出そうとして思いとどまる。

「団長の部屋ってどこ?」
「知りませんよ」
「息子なのに?」
「息子であってもほいほい父上の職場にお邪魔したりしません。まして団長室なんておいそれと立ち入る場所ではありません」
「使えないな」
「なんですって?」

 きっと眉を釣り上げるティアンから、俺はセドリックへと視線を移す。彼は元副団長だから当然団長室の場所を知っているはずだ。

「執務室であれば二階にございます」

 思った通り案内をかって出てくれる。中央に据えられた立派な階段をのぼってお目当ての場所はすぐにあった。迷わずドアノブを捻ろうとすればティアンから待ったがかかる。

「ノックくらいしてください。常識じゃないですか」
「はいはい」

 ぶっちゃけティアンの大声は室内まで聞こえていると思う。でも一応ノックしてみるが、反応がない。

「いないのかな?」

 出直しましょうと早々に諦めるティアンを無視して、俺はドアノブを捻った。

「あ! こら!」

 慌ててティアンが駆け寄ってくるが、悲しいことにドアは開かなかった。

「鍵かかってる」

 懲りずにノブをガチャガチャしているとティアンが怒りの形相で俺を引き剥がしにかかる。

「やめましょう。いくらなんでも非常識ですよ、まったく」

 勝手に人の部屋に入ってはいけません、とお兄さん面で俺を叱りつけるティアンは正直言って迫力に欠ける。はいはいと適当に聞き流して踵を返す。

 しかしこのまま帰るのももったいないので気の向くままに騎士棟内部を探検してみようと思う。屋敷と庭園の探検はけっこうやったが、ここはまだだ。俺の好奇心がむくむくと湧き上がってくる。

 そうしてあっちに行ったりこっちに行ったりしているうちにちょっとした広間のような場所を発見した。長机と椅子がずらりと並ぶ様は学食を思い出させる雰囲気だ。よく見ると奥に厨房もみえる。

「食堂ですね」

 横から顔を覗かせたティアンが興味なさそうに一瞥する。そそくさと出て行こうとする彼を引き止めて、中に踏み入った。がらんとした食堂は人気がなく静まり返っている。大人数で集まっても問題ない広さだ。

「なんで食堂があるの」
「なんでって。食事は大事じゃないですか。ここは独身寮もありますし」
「なるほど。なるほど」

 なんか学校みたいだな。
 物珍しさからうろうろしていると、廊下が騒がしくなってくる。
 どうやら訓練終わりの騎士たちが戻ってきたらしい。夕飯の準備でもするのだろうか。気にせず食堂を見回しているとティアンが慌てたように俺の袖を引っ張る。

「もう戻りましょう。騎士たちも帰ってきました」
「もうちょっと」
「ダメですよ!」

 動く気のない俺を見兼ねてか、今まで無言だったセドリックが素早く入口へと歩み寄っていく。そうして廊下に出ると、到着したらしい騎士たちとなにやら話し込み始めた。

「え、副団長⁉︎ お疲れ様です!」
「ここは今使えないから後にしてくれないか」
「はい? でも俺ら飯の準備が」
「いいから後にしろ。部屋に戻れ」

 半ば怒鳴りつけるように騎士たちを追い払おうとするセドリックに目を見張る。無表情で無感情だと思っていたがあんな声出せるんだ。ユリスがお坊ちゃんだから気を遣って丁寧に接しているのか?

 ぼんやりと様子を窺っていたが、ジャンが俺の前に膝をついたことで我に返る。

「ユリス様。騒ぎが大きくなる前に戻りましょう」
「そうですよ! 騎士たちに迷惑がかかります」

 ティアンも応戦して俺の説得にかかる。なんだか俺が悪者みたいだ。ただ探検していただけなのに。

「俺は騎士がいても別に気にしないからいつも通り普通にしてていいのに」
「いけません。ユリス様が気にせずとも騎士たちは気にします」

 それもそうか。
 よく考えたらお偉いさんが自分らのテリトリーに踏み込んでくるのは緊張するというか、あんまりいい気分にはならないかも。いつぞやのロニーの緊張しまくった面持ちが頭をよぎり、俺は折れることにした。彼らに迷惑をかけるのは本意ではない。

「わかった。帰る」

 途端にティアンとジャンが安堵の息を吐く。
 入り口付近でいまだ言い合っているセドリックの方へと足を向ける。

「セドリック。俺もう帰るから大丈夫だよ」

 さっとこちらを振り返った彼は、「左様で」と短く応じて道を開ける。そうしてようやく顔のみえた若い騎士たちが、俺に気が付いてぎょっとするのがわかった。
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