冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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49 ただいま

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「ただいま!」
「お帰りなさいませ、ユリス様」

 屋敷に到着すると同時に、ジャンが出迎えてくれる。相変わらず顔色の悪い彼は、俺をみるなり小さく息を吐き出した。

「ご無事でなによりです」

 どうやらジャンにも随分と心配をかけてしまったらしい。元はといえば俺が夜中に部屋を逃げ出したことが始まりなので彼も責任を感じているのかもしれない。

 ジャンの後ろにはクレイグ団長率いる数人の騎士がいた。

「帰ったぞ。まったく殿下の我儘にも困ったものだな」

 手綱を騎士のひとりに渡しつつ、ブルース兄様が嫌味ったらしく吐き捨てる。

 ちなみにアロンは到着寸前にぱちりと目を覚まして何事もなかったかのように澄ましていた。

「ユリス様。お疲れでしょう? 本日は部屋でゆっくりお休みください」

 人当たりのいい笑顔で俺の背中を押すアロンは、視線だけをセドリックに向ける。

「あとは副団長に任せます。あ! 元副団長でしたね」
「やめなよ、アロン」

 思えばアロンはセドリックとすれ違うたびに無邪気に毒を吐いている。なんて奴だ。

 アロンの嫌味をガン無視したセドリックは、俺の前に片膝をつく。

「ユリス様」
「なに」
「この度は私どもの失態により大変なご迷惑をおかけいたしました」
「いや、そんなことは」
「しかしながら、なぜあの晩お部屋をお出になられたのか。お聞かせ願えますか」

 おっと。
 唐突に始まりそうな説教を回避するため俺は一歩後退る。セドリックはいつも馬鹿丁寧な態度を崩さない。今だって片膝をついて謝罪をした上で俺を最大限敬っている。しかし慇懃な態度を崩さないだけで、ダメなことはダメとはっきり切り捨てる。俺に圧されて眉を下げるジャンとはえらい違いだ。

 ぴたりと口を噤む。すると音もなく立ち上がったセドリックが俺を部屋へと案内する。どうやらじっくり話をしようということらしい。これはまずい。

 焦った俺は近くにあったアロンの騎士服の裾を掴んだ。帰る前にヴィアン家の黒い騎士服に着替えていた彼は、俺の心情を察したらしく身を屈めてくれる。しかしその口から出てきたのは期待外れの言葉だった。

「ユリス様。往生際が悪いですよ」
「裏切り者!」
「いやいや。もとより味方になった覚えはありませんが」

 なんて奴だ。こうなったらとことんアロンを巻き込んでやる。離してなるものかと握る手に力を込めれば、アロンがやんわりと剥がしにかかる。

「というかユリス様のおかげで俺ここ二、三日まともに寝てないんですけど」
「ごめんなさい」
「素直でよろしい」

 どこか楽しそうに笑うアロンに見送られて、俺は部屋に連行された。


※※※


「先程の続きをよろしいでしょうか」
「よろしくないです」

 そっぽを向くが、それくらいで諦めてくれるほどセドリックは気弱ではない。

 アロンは寝不足みたいなことを言っていたが、昨夜彼に叩き起こされた俺も寝不足である。欠伸を噛み殺しているとテーブルにそっとティーカップが置かれる。目を伏せたジャンが無言で後ろに下がっていく。

 椅子にだらしなく体を沈める俺の前に、セドリックが生真面目な表情で立つ。

「あのような時間に外に出るなど。一体なにをなさるおつもりだったのですか」
「ちょっと、ひとりの時間が欲しくて?」

 正直に答えるがセドリックは納得しない。

「おひとりの時間が必要ということであればお部屋を出る必要はないかと」

 ですよね。
 しかしぶっちゃけ意味なんてない。いつも誰かにピッタリ張り付かれている生活が息苦しくて自由時間が欲しかっただけ。目的地なんて特になかった。

「噴水で遊んでみたかった」
「噴水、ですか」

 嘘ではない。現に噴水で遊んでいた途中でまんまと誘拐されたのだ。

「今の時期、水は冷たいですよ。遊ぶのには不向きかと」
「うん」

 水冷たかったしな。そこはセドリックの言う通りだ。神妙な顔をしたセドリックは、「以後外出時には私かジャンにお申し付けください。夜中であろうと叩き起こしてもらって構いませんので」と頭を下げた。後ろでジャンもこくこくと頷いている。

 でも俺ジャンとセドリックの部屋知らないんだよな。あと真夜中に叩き起こしに行くほど非常識ではない。

「セドリックの部屋どこ」
「ユリス様のお部屋の隣でございます」
「ジャンは」
「さらにその隣でございます」

 お隣さんかよ。
 ユリスの部屋は屋敷一階の突き当たりだ。部屋を出るとずらりと廊下にドアが並んでいたが一番近いドアがセドリック、その次がジャンの部屋ということか。

「今度遊びに行くね」
「お戯を」

 俺の言葉を軽く流してセドリックは話を切り上げた。

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