52 / 586
49 ただいま
しおりを挟む
「ただいま!」
「お帰りなさいませ、ユリス様」
屋敷に到着すると同時に、ジャンが出迎えてくれる。相変わらず顔色の悪い彼は、俺をみるなり小さく息を吐き出した。
「ご無事でなによりです」
どうやらジャンにも随分と心配をかけてしまったらしい。元はといえば俺が夜中に部屋を逃げ出したことが始まりなので彼も責任を感じているのかもしれない。
ジャンの後ろにはクレイグ団長率いる数人の騎士がいた。
「帰ったぞ。まったく殿下の我儘にも困ったものだな」
手綱を騎士のひとりに渡しつつ、ブルース兄様が嫌味ったらしく吐き捨てる。
ちなみにアロンは到着寸前にぱちりと目を覚まして何事もなかったかのように澄ましていた。
「ユリス様。お疲れでしょう? 本日は部屋でゆっくりお休みください」
人当たりのいい笑顔で俺の背中を押すアロンは、視線だけをセドリックに向ける。
「あとは副団長に任せます。あ! 元副団長でしたね」
「やめなよ、アロン」
思えばアロンはセドリックとすれ違うたびに無邪気に毒を吐いている。なんて奴だ。
アロンの嫌味をガン無視したセドリックは、俺の前に片膝をつく。
「ユリス様」
「なに」
「この度は私どもの失態により大変なご迷惑をおかけいたしました」
「いや、そんなことは」
「しかしながら、なぜあの晩お部屋をお出になられたのか。お聞かせ願えますか」
おっと。
唐突に始まりそうな説教を回避するため俺は一歩後退る。セドリックはいつも馬鹿丁寧な態度を崩さない。今だって片膝をついて謝罪をした上で俺を最大限敬っている。しかし慇懃な態度を崩さないだけで、ダメなことはダメとはっきり切り捨てる。俺に圧されて眉を下げるジャンとはえらい違いだ。
ぴたりと口を噤む。すると音もなく立ち上がったセドリックが俺を部屋へと案内する。どうやらじっくり話をしようということらしい。これはまずい。
焦った俺は近くにあったアロンの騎士服の裾を掴んだ。帰る前にヴィアン家の黒い騎士服に着替えていた彼は、俺の心情を察したらしく身を屈めてくれる。しかしその口から出てきたのは期待外れの言葉だった。
「ユリス様。往生際が悪いですよ」
「裏切り者!」
「いやいや。もとより味方になった覚えはありませんが」
なんて奴だ。こうなったらとことんアロンを巻き込んでやる。離してなるものかと握る手に力を込めれば、アロンがやんわりと剥がしにかかる。
「というかユリス様のおかげで俺ここ二、三日まともに寝てないんですけど」
「ごめんなさい」
「素直でよろしい」
どこか楽しそうに笑うアロンに見送られて、俺は部屋に連行された。
※※※
「先程の続きをよろしいでしょうか」
「よろしくないです」
そっぽを向くが、それくらいで諦めてくれるほどセドリックは気弱ではない。
アロンは寝不足みたいなことを言っていたが、昨夜彼に叩き起こされた俺も寝不足である。欠伸を噛み殺しているとテーブルにそっとティーカップが置かれる。目を伏せたジャンが無言で後ろに下がっていく。
椅子にだらしなく体を沈める俺の前に、セドリックが生真面目な表情で立つ。
「あのような時間に外に出るなど。一体なにをなさるおつもりだったのですか」
「ちょっと、ひとりの時間が欲しくて?」
正直に答えるがセドリックは納得しない。
「おひとりの時間が必要ということであればお部屋を出る必要はないかと」
ですよね。
しかしぶっちゃけ意味なんてない。いつも誰かにピッタリ張り付かれている生活が息苦しくて自由時間が欲しかっただけ。目的地なんて特になかった。
「噴水で遊んでみたかった」
「噴水、ですか」
嘘ではない。現に噴水で遊んでいた途中でまんまと誘拐されたのだ。
「今の時期、水は冷たいですよ。遊ぶのには不向きかと」
「うん」
水冷たかったしな。そこはセドリックの言う通りだ。神妙な顔をしたセドリックは、「以後外出時には私かジャンにお申し付けください。夜中であろうと叩き起こしてもらって構いませんので」と頭を下げた。後ろでジャンもこくこくと頷いている。
でも俺ジャンとセドリックの部屋知らないんだよな。あと真夜中に叩き起こしに行くほど非常識ではない。
「セドリックの部屋どこ」
「ユリス様のお部屋の隣でございます」
「ジャンは」
「さらにその隣でございます」
お隣さんかよ。
ユリスの部屋は屋敷一階の突き当たりだ。部屋を出るとずらりと廊下にドアが並んでいたが一番近いドアがセドリック、その次がジャンの部屋ということか。
「今度遊びに行くね」
「お戯を」
俺の言葉を軽く流してセドリックは話を切り上げた。
「お帰りなさいませ、ユリス様」
屋敷に到着すると同時に、ジャンが出迎えてくれる。相変わらず顔色の悪い彼は、俺をみるなり小さく息を吐き出した。
「ご無事でなによりです」
どうやらジャンにも随分と心配をかけてしまったらしい。元はといえば俺が夜中に部屋を逃げ出したことが始まりなので彼も責任を感じているのかもしれない。
ジャンの後ろにはクレイグ団長率いる数人の騎士がいた。
「帰ったぞ。まったく殿下の我儘にも困ったものだな」
手綱を騎士のひとりに渡しつつ、ブルース兄様が嫌味ったらしく吐き捨てる。
ちなみにアロンは到着寸前にぱちりと目を覚まして何事もなかったかのように澄ましていた。
「ユリス様。お疲れでしょう? 本日は部屋でゆっくりお休みください」
人当たりのいい笑顔で俺の背中を押すアロンは、視線だけをセドリックに向ける。
「あとは副団長に任せます。あ! 元副団長でしたね」
「やめなよ、アロン」
思えばアロンはセドリックとすれ違うたびに無邪気に毒を吐いている。なんて奴だ。
アロンの嫌味をガン無視したセドリックは、俺の前に片膝をつく。
「ユリス様」
「なに」
「この度は私どもの失態により大変なご迷惑をおかけいたしました」
「いや、そんなことは」
「しかしながら、なぜあの晩お部屋をお出になられたのか。お聞かせ願えますか」
おっと。
唐突に始まりそうな説教を回避するため俺は一歩後退る。セドリックはいつも馬鹿丁寧な態度を崩さない。今だって片膝をついて謝罪をした上で俺を最大限敬っている。しかし慇懃な態度を崩さないだけで、ダメなことはダメとはっきり切り捨てる。俺に圧されて眉を下げるジャンとはえらい違いだ。
ぴたりと口を噤む。すると音もなく立ち上がったセドリックが俺を部屋へと案内する。どうやらじっくり話をしようということらしい。これはまずい。
焦った俺は近くにあったアロンの騎士服の裾を掴んだ。帰る前にヴィアン家の黒い騎士服に着替えていた彼は、俺の心情を察したらしく身を屈めてくれる。しかしその口から出てきたのは期待外れの言葉だった。
「ユリス様。往生際が悪いですよ」
「裏切り者!」
「いやいや。もとより味方になった覚えはありませんが」
なんて奴だ。こうなったらとことんアロンを巻き込んでやる。離してなるものかと握る手に力を込めれば、アロンがやんわりと剥がしにかかる。
「というかユリス様のおかげで俺ここ二、三日まともに寝てないんですけど」
「ごめんなさい」
「素直でよろしい」
どこか楽しそうに笑うアロンに見送られて、俺は部屋に連行された。
※※※
「先程の続きをよろしいでしょうか」
「よろしくないです」
そっぽを向くが、それくらいで諦めてくれるほどセドリックは気弱ではない。
アロンは寝不足みたいなことを言っていたが、昨夜彼に叩き起こされた俺も寝不足である。欠伸を噛み殺しているとテーブルにそっとティーカップが置かれる。目を伏せたジャンが無言で後ろに下がっていく。
椅子にだらしなく体を沈める俺の前に、セドリックが生真面目な表情で立つ。
「あのような時間に外に出るなど。一体なにをなさるおつもりだったのですか」
「ちょっと、ひとりの時間が欲しくて?」
正直に答えるがセドリックは納得しない。
「おひとりの時間が必要ということであればお部屋を出る必要はないかと」
ですよね。
しかしぶっちゃけ意味なんてない。いつも誰かにピッタリ張り付かれている生活が息苦しくて自由時間が欲しかっただけ。目的地なんて特になかった。
「噴水で遊んでみたかった」
「噴水、ですか」
嘘ではない。現に噴水で遊んでいた途中でまんまと誘拐されたのだ。
「今の時期、水は冷たいですよ。遊ぶのには不向きかと」
「うん」
水冷たかったしな。そこはセドリックの言う通りだ。神妙な顔をしたセドリックは、「以後外出時には私かジャンにお申し付けください。夜中であろうと叩き起こしてもらって構いませんので」と頭を下げた。後ろでジャンもこくこくと頷いている。
でも俺ジャンとセドリックの部屋知らないんだよな。あと真夜中に叩き起こしに行くほど非常識ではない。
「セドリックの部屋どこ」
「ユリス様のお部屋の隣でございます」
「ジャンは」
「さらにその隣でございます」
お隣さんかよ。
ユリスの部屋は屋敷一階の突き当たりだ。部屋を出るとずらりと廊下にドアが並んでいたが一番近いドアがセドリック、その次がジャンの部屋ということか。
「今度遊びに行くね」
「お戯を」
俺の言葉を軽く流してセドリックは話を切り上げた。
591
お気に入りに追加
3,020
あなたにおすすめの小説
彼の至宝
まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる