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48 馬車にて

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「教えない、ねぇ?」

 ニヤニヤと茶々を入れるエリック。
 教えないというより知らないが正しいのだが、そんなことは口が裂けてもいえない。俺がユリスに成り代わっていることは俺の人生最大の秘密なのだから。

「セドリックにきいて」

 セドリックならば知っていると思う。ここは申し訳ないが彼に丸投げさせてもらおう。

 俺の口からは絶対に言わないという意思表示のために両手で口を塞いでいると、ブルース兄様が諦めたように大きくため息をついた。

「また癇癪を起こされても困るからな」

 そんな言葉と共にやれやれと首を振っている。ユリスがどうだったかは知らんが、さすがに俺は泣き喚くほど子供ではない。ジト目で抗議をするが兄様には伝わらない。これだから脳筋は。

「とりあえず帰るぞ。母上が随分と心配されている」
「お母様が」

 たしかに。目に入れても痛くないとユリスを猫可愛がりしているお母様である。犯人が従兄弟とはいえ急に屋敷から誘拐されたとあってはものすごく心を痛めているのではなかろうか。

「お母様が心配なので帰ります」

 礼儀正しくエリックに一礼すれば、さすがの彼も眉を寄せて思案する。

「殿下、大公妃にこれ以上心労をかけるわけにはいかないでしょう」

 あくまで丁寧に説得にかかるブルース兄様におされて、エリックは苦々しく息を吐いた。

「それもそうだな」
「じゃあそういうことで! さよなら!」
「急に元気になるな」

 やった! 帰れる!
 陽気に片手を上げてお別れの挨拶をしてやったのに何が気に入らないのか。エリックは仏頂面で偉そうに腕を組む。

「まあいい。近いうちにまた遊びに来い」
「しばらくは大丈夫」
「口の減らない奴だな」

 思ったことを正直に伝えただけなのに。てか誰が誘拐犯の家に遊びに行きたいと思うかよ。

 バイバイとエリックに手を振る。ついでにサムにもお別れを言えば、彼は非常に苦い顔をしていた。これはあれだな。ロニーと離れるのが嫌なのだろう。気持ちはわかる。俺も長髪男子くんにしばらく会えないとか信じられないもん。

「頑張って」

 ちらちらとロニーを盗み見ながらサムを励ませば、彼はますます顔を顰めた。

「ですからユリス様。私とロニーは断じてそういう関係にはございませんので」
「大丈夫! 俺口堅いから!」
「話を聞いてください」

 最後にはがっくりと項垂れていた。そんなにロニーと離れ難いのか。可哀想に。

 帰りも馬だった。毛並みの美しい大きな馬をじろじろ観察していると、ブルース兄様が手綱を握っていた。

「ブルース兄様、馬に乗れるんだ」
「乗れるに決まっているだろう」

 騎士団に混じるほどだもんな。馬くらい乗れるのか。そういえば今日の兄様は騎士団の制服みたいなものを着ていた。ちょっと細部のデザインは違うけど遠目からみれば完全に騎士服だ。この人はいつから騎士になったのか。

「ユリス様は馬車にどうぞ」

 さっとアロンに手を引かれてあっという間に馬車に乗せられる。大人四人乗りらしいが、子供の俺には十分広い。木製の固い椅子に腰掛けて小窓の外を覗いていると、当然のようにアロンが向かいに座る。

「アロンは馬に乗らないの? あの馬アロンのでしょう?」
「あれはロニーに貸すので大丈夫ですよ」

 ふーん?
 なんだろう。前にセドリックやティアンが長々説明していた身分的な話だろうか。どうにも俺とロニーが仲良くするのを周囲はよく思っていないらしい。今回は緊急事態だったから見逃されていただけ? もしかして屋敷に戻ったらまた元通りロニーと話すなと言われたらどうしよう。

 ちらりと外のロニーを覗き見る。

 馬に跨った彼はどうやら後方からついてくるらしい。括った髪が動きに合わせて左右に揺れておりとてもかっこいい。

「アロン! おまえなにちゃっかり馬車に乗ってやがる」

 ブルース兄様の怒声が響く。「やべ」と小さく呟いたアロンは、小窓からひらひらと手を振ってみせる。

「だって馬がひとつ足りないんですよ」
「あの馬おまえのだろ」
「ロニーに貸しますよ。俺は心優しき先輩なので」

 へらりと笑った後、アロンは俺にだけ聞こえる声でこう言った。

「だって馬に乗るより馬車で休息してる方がよっぽど楽ですよ。俺眠いし」

 ただのクソ野郎じゃん。
 そして言葉通り、アロンは俺に構うことなく堂々と寝はじめた。こいつマジか。

 しかしアロンがろくに寝ないで働いてくれていたであろうことは想像できる。終始ふざけているようにも見えたが、俺のためにあっちこっち駆け回ってくれたのは紛れもない事実だ。

 座ったまま寝息を立てるアロンの首が振動に合わせてがくがく揺れる。なんか怖い。せめて壁に寄りかかればいいのに。そう思った俺は揺れる馬車をものともせずアロンの隣に移った。子供の身軽さは素晴らしい。
 そのままアロンを押して揺れる上半身を壁に押し付けようとした瞬間、ガッと腕を掴まれて心臓が止まるかと思った。

「起きたの?」
「起きました」

 涼やかな目元を鋭く細めていたアロンだが、俺の顔を見るなりへらりと笑った。

「すみません。寝首でも掻かれるのかと思って反射的に」
「そんなことしないよ」
「ですよね」

 掴んでいた腕を離して、ついでに乱れた袖口を整えてくれる。

「アロン」
「なんですか?」
「助けにきてくれてありがとね。あと俺も助けに行くって約束したけどアロン自分で出てきちゃったから。なんか助けに行けなくてごめんね」

 一旦離れたアロンの手が、俺の頬に添えられる。

「アロン?」

 ひどく真剣な顔に小首を傾げれば、それを追うように大きな手が俺の輪郭をなぞる。

「俺を助けるなんて言ってくれるのはユリス様だけですよ」

 最後にふっと微笑んで、アロンは再び寝入ってしまう。やはりがくがくと不安定に揺れる首を眺めながら、俺はぱちぱちと目を瞬いた。
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