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44 お迎え
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翌朝。
昨夜の疲れが残るのか重い体をなんとか起こしていると見計らったかのようにロニーが姿をみせる。
「おはようございます、ユリス様。昨夜は大変失礼いたしました」
「いや大丈夫だよ」
今日もぴしっと身なりを整えたロニーは隙がない。ゆるく括った長髪を目で追っている間にすっかり着替えが用意されていた。
テーブルには朝食が運ばれてくるところ。何度も思うが非常に至れり尽くせりの誘拐である。
「ところでアロンは?」
「お気になさらず」
いや気になるよ。
しかしロニーはにこっと笑ってそれ以上説明する気はないようだった。初めこそジャンのように畏まっていた彼だが、最近ではこうして軽く流すことも増えてきた。俺としてはお近付きになれた気がして嬉しい限りである。
「本日お迎えが来るそうですよ」
「え! ほんと⁉︎」
「はい。これでようやく帰れますね」
心底よかったという顔をするロニーはやはり疲れているらしい。そりゃそうか。いきなり王宮に連れてこられてから彼は休みなく俺のために働いてくれている。おまけにアロンの面倒までみているので尚更だ。
「よかったぁ」
ほっと息をついて温かい紅茶を口にする。横に添えられていたミルクをどばどばいれたまろやかな紅茶が最近の俺のブームだ。なぜかジャンは紅茶にミルクを付けてくれないからな。
そんなことをのんびり考えていると前触れなくドアが開け放たれた。大きな音にびくりと体を揺らす。落としそうになったティーカップだが、咄嗟にロニーが左手を添えていてくれたおかげで無事である。
「来たぞ! ユリス!」
朝っぱらからありえない声量でズカズカ侵入してくるのはもちろんエリックだ。
今日も金髪がきらきらと輝いている。見た目だけは紛うことなき王子様だ。見た目だけは。
「おはよう、エリック」
「様をつけろ」
「エリック様」
「違う」
なにがだよ。
お望み通り様付けしてやっただろうが。
真向かいのソファーが空いているのにわざわざ俺の隣を陣取ったうるさい従兄弟は不機嫌そうに顔を顰める。
「エリック兄様と呼べ」
「絶対にいや」
大きな手が伸びてくる。身を屈めるが逃げられなかった。そのままわしゃわしゃと髪を乱暴に撫で回される。犬にでもなった気分だ。
「やめて」
無表情で呟くが、横暴従兄弟は気にしない。それどころかますます撫で回す。やめろって言ってるだろうが。
「で? あの話は考えてくれたか」
どの話だよ。
ぽかんと口を開けていると、たちまちエリックの機嫌が下降する。
「私の側室になるという話だ」
「あ、あぁ! その話」
やっべ。すっかり忘れてた。あんまり綺麗さっぱり忘却していたものだから結局側室の意味もわからないまま。
「どうなんだ」
「えっと」
ぐっと青い目に見つめられて言葉が詰まる。やべぇ、こういう時の誤魔化し方がわかんねえよ。しかしなにか返答しないとこの従兄弟は諦めそうにない。うんうん頭を捻った結果、俺は逃げることにした。
「……ブルース兄様にきいてみないとわかんない」
必殺・保護者にきかないとわかりませんを発動する。
ユリスが十歳児でよかった。大抵のことはこれでどうにかなる。子供の特権だ。
「そうか。それも面白そうだな」
「? そうだね」
なにが面白いのかはわからないがとりあえずピンチは脱出できた。
ひとり安堵の息を吐き出していると、エリックが俺の左手をとる。
「では一緒にブルースの許可を取ることにしよう」
「はぁ」
マジでよくわからんが、ブルース兄様に丸投げすれば大丈夫だろう。
その兄様は程なくしてやって来た。
応接室だというだだっ広い部屋に案内された俺は、エリックと手を繋いで兄様の到着を待っていた。あんまり子供扱いはしないで欲しいのだがエリックの馬鹿力に敵うわけもなくされるがままにしていた。背後には白騎士さん数人が控えており、端っこにひとりだけ黒い服を着たロニーが気まずそうに立っている。
「ブルース様がいらっしゃいました」
「通せ」
澄ました顔のサムに連れられて苦々しい顔をしたブルース兄様が部屋に入ってくる。数日ぶりにみる兄様は相変わらず眉間に皺が寄っている。
「ブルース兄様!」
空いている左手を掲げて手を振れば、兄様が俺たちを見てぎょっとした。どうした?
「あ! セドリック!」
なんと兄様の後ろにセドリックが居るではないか。ジャンの姿は見えないのが残念だ。まぁ、ジャンは騎士ではないからね。こういうところには連れてこれないのかもしれない。一応セドリックにも手を振れば軽く一礼が返ってくる。
なんだか物々しい雰囲気の中、兄様が一歩前に出た。
「お久しぶりです、エリック殿下。ご機嫌いかがと言いたいところですが、うちの弟を掻っ攫うくらいのお元気がおありのようでなによりです」
「いつみても無礼な奴だな」
「恐縮です」
面倒そうに頭を下げたブルース兄様は怒っていた。そりゃそうだ。いきなりこんなわけのわからんことに巻き込まれたのだから。でもそれは俺も同じなのでどうか俺を睨み付けるのはやめて欲しい。
「それで? こんな手の込んだ悪戯。どういうおつもりですか」
「なんだ。可愛い従兄弟の顔を見るくらい別にいいだろう」
「もっと穏便な方法でお願いします」
カツカツと歩み寄ってきた兄様に片手をあげて挨拶しておく。
「来るの遅かったね」
「一言目がそれか?」
他に何を言えと?
昨夜の疲れが残るのか重い体をなんとか起こしていると見計らったかのようにロニーが姿をみせる。
「おはようございます、ユリス様。昨夜は大変失礼いたしました」
「いや大丈夫だよ」
今日もぴしっと身なりを整えたロニーは隙がない。ゆるく括った長髪を目で追っている間にすっかり着替えが用意されていた。
テーブルには朝食が運ばれてくるところ。何度も思うが非常に至れり尽くせりの誘拐である。
「ところでアロンは?」
「お気になさらず」
いや気になるよ。
しかしロニーはにこっと笑ってそれ以上説明する気はないようだった。初めこそジャンのように畏まっていた彼だが、最近ではこうして軽く流すことも増えてきた。俺としてはお近付きになれた気がして嬉しい限りである。
「本日お迎えが来るそうですよ」
「え! ほんと⁉︎」
「はい。これでようやく帰れますね」
心底よかったという顔をするロニーはやはり疲れているらしい。そりゃそうか。いきなり王宮に連れてこられてから彼は休みなく俺のために働いてくれている。おまけにアロンの面倒までみているので尚更だ。
「よかったぁ」
ほっと息をついて温かい紅茶を口にする。横に添えられていたミルクをどばどばいれたまろやかな紅茶が最近の俺のブームだ。なぜかジャンは紅茶にミルクを付けてくれないからな。
そんなことをのんびり考えていると前触れなくドアが開け放たれた。大きな音にびくりと体を揺らす。落としそうになったティーカップだが、咄嗟にロニーが左手を添えていてくれたおかげで無事である。
「来たぞ! ユリス!」
朝っぱらからありえない声量でズカズカ侵入してくるのはもちろんエリックだ。
今日も金髪がきらきらと輝いている。見た目だけは紛うことなき王子様だ。見た目だけは。
「おはよう、エリック」
「様をつけろ」
「エリック様」
「違う」
なにがだよ。
お望み通り様付けしてやっただろうが。
真向かいのソファーが空いているのにわざわざ俺の隣を陣取ったうるさい従兄弟は不機嫌そうに顔を顰める。
「エリック兄様と呼べ」
「絶対にいや」
大きな手が伸びてくる。身を屈めるが逃げられなかった。そのままわしゃわしゃと髪を乱暴に撫で回される。犬にでもなった気分だ。
「やめて」
無表情で呟くが、横暴従兄弟は気にしない。それどころかますます撫で回す。やめろって言ってるだろうが。
「で? あの話は考えてくれたか」
どの話だよ。
ぽかんと口を開けていると、たちまちエリックの機嫌が下降する。
「私の側室になるという話だ」
「あ、あぁ! その話」
やっべ。すっかり忘れてた。あんまり綺麗さっぱり忘却していたものだから結局側室の意味もわからないまま。
「どうなんだ」
「えっと」
ぐっと青い目に見つめられて言葉が詰まる。やべぇ、こういう時の誤魔化し方がわかんねえよ。しかしなにか返答しないとこの従兄弟は諦めそうにない。うんうん頭を捻った結果、俺は逃げることにした。
「……ブルース兄様にきいてみないとわかんない」
必殺・保護者にきかないとわかりませんを発動する。
ユリスが十歳児でよかった。大抵のことはこれでどうにかなる。子供の特権だ。
「そうか。それも面白そうだな」
「? そうだね」
なにが面白いのかはわからないがとりあえずピンチは脱出できた。
ひとり安堵の息を吐き出していると、エリックが俺の左手をとる。
「では一緒にブルースの許可を取ることにしよう」
「はぁ」
マジでよくわからんが、ブルース兄様に丸投げすれば大丈夫だろう。
その兄様は程なくしてやって来た。
応接室だというだだっ広い部屋に案内された俺は、エリックと手を繋いで兄様の到着を待っていた。あんまり子供扱いはしないで欲しいのだがエリックの馬鹿力に敵うわけもなくされるがままにしていた。背後には白騎士さん数人が控えており、端っこにひとりだけ黒い服を着たロニーが気まずそうに立っている。
「ブルース様がいらっしゃいました」
「通せ」
澄ました顔のサムに連れられて苦々しい顔をしたブルース兄様が部屋に入ってくる。数日ぶりにみる兄様は相変わらず眉間に皺が寄っている。
「ブルース兄様!」
空いている左手を掲げて手を振れば、兄様が俺たちを見てぎょっとした。どうした?
「あ! セドリック!」
なんと兄様の後ろにセドリックが居るではないか。ジャンの姿は見えないのが残念だ。まぁ、ジャンは騎士ではないからね。こういうところには連れてこれないのかもしれない。一応セドリックにも手を振れば軽く一礼が返ってくる。
なんだか物々しい雰囲気の中、兄様が一歩前に出た。
「お久しぶりです、エリック殿下。ご機嫌いかがと言いたいところですが、うちの弟を掻っ攫うくらいのお元気がおありのようでなによりです」
「いつみても無礼な奴だな」
「恐縮です」
面倒そうに頭を下げたブルース兄様は怒っていた。そりゃそうだ。いきなりこんなわけのわからんことに巻き込まれたのだから。でもそれは俺も同じなのでどうか俺を睨み付けるのはやめて欲しい。
「それで? こんな手の込んだ悪戯。どういうおつもりですか」
「なんだ。可愛い従兄弟の顔を見るくらい別にいいだろう」
「もっと穏便な方法でお願いします」
カツカツと歩み寄ってきた兄様に片手をあげて挨拶しておく。
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