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42 脱出?
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「……様、……ス様」
「んあ?」
なんだか雑に体を揺すられて意識が浮上する。ぱちぱちと目を瞬くも、視界に映り込むのは暗い影。
なんだ?
眠い目を擦っているとこれまた雑に布団を剥ぎ取られる。ひんやりとした冷気に晒されて、反射的にベッドの上で体を丸める。
「さむい」
「ちょっと寝ないでください。起きて」
ゆさゆさと無遠慮に肩を揺らされて、振動に目を開く。部屋は暗く、まだ夜中であることが一目でわかる。まだ起きる時間ではない。むすっとしたのは一瞬で、先程から耳を掠める声の主に思い至るなり勢いよく体を起こした。
「アーー」
「しっ!」
アロンじゃん!
大声で叫ぼうとした口を大きな手で塞がれる。
暗がりで表情はみえないが、そこには確かにアロンがいた。
「静かにしてくださいね」
穏やかな声にこくこくと頷けば、ようやく手が離れる。ヴィアン家の黒い騎士服に身を包んだアロンが、ベッドの横に膝をついていた。
「なんでいるの? 捕まったんじゃなかったの」
「普通に逃げ出してきました」
普通に逃げ出すな。
なんでもないように爽やかに言ってのけているが、とんでもないことなのでは? だってここ王宮だぞ。王様がいるところだぞ。いくらなんでもそんなゆるゆる警備なわけがない。そんなところから簡単に逃げ出してくるんじゃない。こえーよ、アロン。
ひとり頬を引き攣らせていると、後ろからふわりと毛布をかけられる。びっくりして振り返ると、そこにはきちんと身なりを整えたロニーがいた。
「さすがに夜は冷えますね」
「ロニー、おはよう?」
おはようでいいのか、これ。
いま何時だよ。
状況が呑み込めずに忙しなく周囲を見回していると、アロンが音もなく立ち上がった。穏やかな声が俺の名前を呼ぶ。
「考えたんですけど、素直に捕まっておく必要ないですよね」
「え、うん?」
「というわけで帰りましょう。ユリス様」
「……今から?」
「はい。大丈夫です。この国は割と治安は良いです。馬もあります」
「え、でもまだ暗いし危なくない?」
「俺がいるので大丈夫ですよ」
「お、おう」
そんな自信満々に言い切られると面食らってしまう。てかアロンは結局、一人称は俺にしたのね。一度捨て去った猫を被り直す気はないようだ。
どうやら俺の早く帰りたいという願いは思いもよらぬ形で叶ってしまいそうだが本当に大丈夫なのだろうか。でもここに連れ去られてきたのも夜だったしな。なんとなく異世界の夜は物騒というイメージがあるが、この世界はアロンの言う通りそこまで危ないものではないのかもしれない。思えば騎士たちも生身だし。よくあるゴツい鎧みたいなものを身につけている人はあまり見ない。
「うーん。まぁアロンとロニーもいるし大丈夫かな」
てか大丈夫って言って。
そんなニュアンスでふたりを見比べれば、アロンが「あ」と小さく声を漏らした。
「そういやおまえもいたな」
「ずっといましたけど」
ピリッとふたりのあいだに亀裂が入る。なんだか不穏な空気になってきたぞ。空気の読める俺は毛布を頭にかぶる。言い争いに巻き込まれるのはごめんだ。
「馬が俺の分しかない。ユリス様は俺の馬に乗せるけどおまえはどうする?」
おいアロン。
計画ぐだぐだじゃないか。ロニーが嫌そうな顔をする。わかるよ、ロニー。アロンはちょっとロニーのことを蔑ろにし過ぎだと思う。この魅力的な長髪男子くんの存在を忘れるなんて俺には信じられないよ。
「では私は後から追いかけますので、ユリス様のことはアロン殿にお任せしまーー」
「待った!」
ロニーの言葉を待たずに、アロンが鋭く割り込んだ。声がでかいけど大丈夫か? そういえばドアの前に控えているはずの白騎士さんたちはどうしたのだろうか。今の大声絶対外に聞こえたよね?
「なにか問題でも?」
怪訝な顔をするロニーは、咄嗟に俺を守るように寄り添ってくれる。ひぇ。言動がいちいちイケメン! やべぇ。好みの外見のイケメンに守られてどうしようもなくニヤける顔を隠そうと両手で覆う。しかしそうするとロニーのご尊顔が拝めないことに気がついてすぐにやめた。
しかしそんな雰囲気をぶち壊すのがアロンだ。彼はひどく真剣な表情でロニーを見据えるとなんだか予想外の言葉を紡ぎ出す。
「それはつまり俺ひとりでユリス様を連れて帰れということか?」
「ご自分でそうおっしゃいましたよね」
「それだとなにかあったときに全部俺の責任にならないか?」
「……は?」
ロニーのこんな低い声は初めて聞いた。
「えっと、おっしゃっていることの意味がわかりませんが」
「だから俺ひとりの時にユリス様に何かあれば俺の責任になる」
「それは私が一緒でも変わらないのでは?」
「バカを言え。おまえが一緒だったらおまえに責任を押し付けられるだろ」
空気が凍った。
え、えぇ?
アロンってこんな奴だったの? ティアンがアロンはクズ野郎だと散々喚き散らしていたがまさか事実だったとは。めちゃくちゃ酷い奴じゃないか、アロン。ポカンとする俺をよそにロニーがアロンと対峙する。
「そこは自分が命をかけてでもユリス様をお守りすると誓うところでは?」
「当然。だが万が一ということがある。そうなった時に俺は責任を負いたくはない」
「どうしようもない人ですね」
ロニーが呆れたと立ち尽くしている。お気の毒に。俺も開いた口がふさがりません。しかしなんとか場を収めねばという使命感から俺はたどたどしくアロンを見上げた。
「アロン。ロニーが可哀想だよ」
「ユリス様。ですが責任は人に、手柄は俺にが信条ですので」
んな信条捨てろ、今すぐに。
こいつ絶対に人の上に立ってはいけないタイプの人間じゃん。無言で俺とアロンを見守っていたロニーが、さっと前に出る。
「……あなたにユリス様をお任せしてはいけない気がします」
俺もそう思います。
「んあ?」
なんだか雑に体を揺すられて意識が浮上する。ぱちぱちと目を瞬くも、視界に映り込むのは暗い影。
なんだ?
眠い目を擦っているとこれまた雑に布団を剥ぎ取られる。ひんやりとした冷気に晒されて、反射的にベッドの上で体を丸める。
「さむい」
「ちょっと寝ないでください。起きて」
ゆさゆさと無遠慮に肩を揺らされて、振動に目を開く。部屋は暗く、まだ夜中であることが一目でわかる。まだ起きる時間ではない。むすっとしたのは一瞬で、先程から耳を掠める声の主に思い至るなり勢いよく体を起こした。
「アーー」
「しっ!」
アロンじゃん!
大声で叫ぼうとした口を大きな手で塞がれる。
暗がりで表情はみえないが、そこには確かにアロンがいた。
「静かにしてくださいね」
穏やかな声にこくこくと頷けば、ようやく手が離れる。ヴィアン家の黒い騎士服に身を包んだアロンが、ベッドの横に膝をついていた。
「なんでいるの? 捕まったんじゃなかったの」
「普通に逃げ出してきました」
普通に逃げ出すな。
なんでもないように爽やかに言ってのけているが、とんでもないことなのでは? だってここ王宮だぞ。王様がいるところだぞ。いくらなんでもそんなゆるゆる警備なわけがない。そんなところから簡単に逃げ出してくるんじゃない。こえーよ、アロン。
ひとり頬を引き攣らせていると、後ろからふわりと毛布をかけられる。びっくりして振り返ると、そこにはきちんと身なりを整えたロニーがいた。
「さすがに夜は冷えますね」
「ロニー、おはよう?」
おはようでいいのか、これ。
いま何時だよ。
状況が呑み込めずに忙しなく周囲を見回していると、アロンが音もなく立ち上がった。穏やかな声が俺の名前を呼ぶ。
「考えたんですけど、素直に捕まっておく必要ないですよね」
「え、うん?」
「というわけで帰りましょう。ユリス様」
「……今から?」
「はい。大丈夫です。この国は割と治安は良いです。馬もあります」
「え、でもまだ暗いし危なくない?」
「俺がいるので大丈夫ですよ」
「お、おう」
そんな自信満々に言い切られると面食らってしまう。てかアロンは結局、一人称は俺にしたのね。一度捨て去った猫を被り直す気はないようだ。
どうやら俺の早く帰りたいという願いは思いもよらぬ形で叶ってしまいそうだが本当に大丈夫なのだろうか。でもここに連れ去られてきたのも夜だったしな。なんとなく異世界の夜は物騒というイメージがあるが、この世界はアロンの言う通りそこまで危ないものではないのかもしれない。思えば騎士たちも生身だし。よくあるゴツい鎧みたいなものを身につけている人はあまり見ない。
「うーん。まぁアロンとロニーもいるし大丈夫かな」
てか大丈夫って言って。
そんなニュアンスでふたりを見比べれば、アロンが「あ」と小さく声を漏らした。
「そういやおまえもいたな」
「ずっといましたけど」
ピリッとふたりのあいだに亀裂が入る。なんだか不穏な空気になってきたぞ。空気の読める俺は毛布を頭にかぶる。言い争いに巻き込まれるのはごめんだ。
「馬が俺の分しかない。ユリス様は俺の馬に乗せるけどおまえはどうする?」
おいアロン。
計画ぐだぐだじゃないか。ロニーが嫌そうな顔をする。わかるよ、ロニー。アロンはちょっとロニーのことを蔑ろにし過ぎだと思う。この魅力的な長髪男子くんの存在を忘れるなんて俺には信じられないよ。
「では私は後から追いかけますので、ユリス様のことはアロン殿にお任せしまーー」
「待った!」
ロニーの言葉を待たずに、アロンが鋭く割り込んだ。声がでかいけど大丈夫か? そういえばドアの前に控えているはずの白騎士さんたちはどうしたのだろうか。今の大声絶対外に聞こえたよね?
「なにか問題でも?」
怪訝な顔をするロニーは、咄嗟に俺を守るように寄り添ってくれる。ひぇ。言動がいちいちイケメン! やべぇ。好みの外見のイケメンに守られてどうしようもなくニヤける顔を隠そうと両手で覆う。しかしそうするとロニーのご尊顔が拝めないことに気がついてすぐにやめた。
しかしそんな雰囲気をぶち壊すのがアロンだ。彼はひどく真剣な表情でロニーを見据えるとなんだか予想外の言葉を紡ぎ出す。
「それはつまり俺ひとりでユリス様を連れて帰れということか?」
「ご自分でそうおっしゃいましたよね」
「それだとなにかあったときに全部俺の責任にならないか?」
「……は?」
ロニーのこんな低い声は初めて聞いた。
「えっと、おっしゃっていることの意味がわかりませんが」
「だから俺ひとりの時にユリス様に何かあれば俺の責任になる」
「それは私が一緒でも変わらないのでは?」
「バカを言え。おまえが一緒だったらおまえに責任を押し付けられるだろ」
空気が凍った。
え、えぇ?
アロンってこんな奴だったの? ティアンがアロンはクズ野郎だと散々喚き散らしていたがまさか事実だったとは。めちゃくちゃ酷い奴じゃないか、アロン。ポカンとする俺をよそにロニーがアロンと対峙する。
「そこは自分が命をかけてでもユリス様をお守りすると誓うところでは?」
「当然。だが万が一ということがある。そうなった時に俺は責任を負いたくはない」
「どうしようもない人ですね」
ロニーが呆れたと立ち尽くしている。お気の毒に。俺も開いた口がふさがりません。しかしなんとか場を収めねばという使命感から俺はたどたどしくアロンを見上げた。
「アロン。ロニーが可哀想だよ」
「ユリス様。ですが責任は人に、手柄は俺にが信条ですので」
んな信条捨てろ、今すぐに。
こいつ絶対に人の上に立ってはいけないタイプの人間じゃん。無言で俺とアロンを見守っていたロニーが、さっと前に出る。
「……あなたにユリス様をお任せしてはいけない気がします」
俺もそう思います。
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