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40 ヴィアン家にて(sideアロン)
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時は少し遡る。
「どうやらうちに間者が紛れ込んでいるらしいですね」
「どこからの情報だ」
「さあ? どこでしょうか」
いつも通りすっとぼけてやるとクレイグ団長はいまにも舌打ちしそうに顔を歪める。それをさくっと無視してソファーでふんぞり返るブルース様に目線を移す。
「ご存知でしたか、ブルース様」
「まぁな」
夕刻を迎えた騎士棟の団長執務室にて。
締め切った室内に、俺の声だけが響く。
「一体誰なんでしょうかね。ヴィアン家に潜入とはいい度胸していますね」
「先に質問してもいいか」
固い声を発する団長を、目線で促す。何やら言いにくそうに口篭った彼は、やがて決心したように俺の目を見据えた。
「まさかおまえじゃないよな」
「ほんと失礼な人ですね!」
「なんだ違うのか」
「ブルース様まで! 俺ってそんなに信用ないですか?」
食ってかかれば、ふたりは一瞬黙った後に「そうだな」とのたまう。せっかく耳より情報を持ってきたというのに。
「間者の正体に目星がついたのですが。どうやらおふたりは俺の情報を信用してくださらないようなので迂闊なことを口にするのは控えますね」
「待て待て。悪かったって」
慌てて立ち上がる団長に自然と口角が上がる。
「まぁいいでしょう。俺を副団長にしてくだされば多少のことには目を瞑りましょう」
「副団長の件は置いておいて。それで? 誰なんだ一体」
「副団長にしてくれるって約束でしたよね!」
「そんな約束覚えがない。いいから間者は誰なんだ」
詰め寄ってくる団長に、そろそろ引き際かと小さく舌打ちする。どさくさに紛れて言質を取ってしまおうと考えていたのだが上手くいかないものだな。
「……サムですよ。いやサムは偽名のようですが」
「それは確かか?」
後ろから飛んでくる鋭い声。どうやらブルース様も真面目に俺の話を聞いてくれる気になったらしい。
「確かな伝手からの情報です」
「おまえの伝手ってなんか怖いんだが」
ブルース様が失礼なのはいつものことだ。心配せずともそんなに怪しい伝手ではない。伯爵家の付き合いで手に入れた情報だ。実家が貴族で俺自身も爵位をいただいている。公的に身分が保証されているというのは実に動きやすい。
おまけに俺は奇行が目立つらしく周囲からは変な目で見られることが多い。そんなイメージが先行しているおかげで多少無茶をしても許されるというのは騎士としてはありがたい限りだ。
団長もブルース様もそれを承知で俺を野放しにしているのだからたちが悪い。
「サム。本名はサムソンですね。王立騎士団第二部隊の副隊長です」
「王立騎士団」
成果を報告すれば、室内に沈黙が落ちる。そりゃそうだろう。前々からヴィアン家の情報が外に漏れているらしき形跡があったのだ。どれもとるに足らない些細なものだが、情報漏洩自体は深刻である。
そこで出てきたのが間者疑惑である。
団長が苦慮しているらしいことを聞き齧った俺は早速捜査に乗り出した。それに気付いていながら止めなかった団長は、きっと俺の持ち帰る情報に賭けていたのだろう。それくらい間者探しは難航していた。それもそのはず。なんせ間者は王立騎士団の人間。しかも副隊長というなかなかの地位である。尻尾を出さなくて当然だ。
「サムは、入団して一年ちょっとか」
「この一年ちょっとの間、ずっとヴィアン家の情報が王立騎士団に筒抜けだったということですね」
丁寧に状況整理をしてみれば団長が目に見えて嫌悪感をあらわにする。
「しかしなぜ王宮が」
その疑問はもっともだ。
ヴィアン家は大公家。現在の国王陛下と大公様は血の繋がったご兄弟。つまり身内である。わざわざ間者を紛れ込ませる理由がない。
「どうやら黒幕は王太子殿下のようですね」
「エリック殿下が。ということは狙いはオーガス様か」
「そのようです」
王位継承順で一番上に位置するエリック殿下は、なぜだかうちのオーガス様とたいへん仲がよろしくない。
オーガス様ののんびりとした物腰柔らかな姿勢が気に入らないのだろう。あのふたりが仲良く雑談している様子はどうにも想像できない。
そういえばオーガス様は弟君であるユリス様ともあまり良好な仲とはいえない。こちらは理由がよくわからないが、おそらくユリス様の我儘に辟易としたオーガス様がそっと距離を置いたものと思われる。
ブルース様がユリス様に説教している姿はよくみるが、オーガス様がユリス様を叱りつける姿はみたことがない。というか想像できない。ユリス様の悪戯に困ったように眉尻を下げている姿であれば容易に想像できるというのに。
要するにオーガス様は少々気の弱いところがあるのだ。それがエリック殿下とのそりが合わない最大の原因だといえる。
「サムをしょっ引きますか?」
問いかければ、団長は眉間に皺を寄せた。サムの目的がわからない現段階では早急だと考えているに違いない。
「では泳がせますか?」
「そうしてくれ」
「承知いたしました」
隠密行動は得意だ。
「どうやらうちに間者が紛れ込んでいるらしいですね」
「どこからの情報だ」
「さあ? どこでしょうか」
いつも通りすっとぼけてやるとクレイグ団長はいまにも舌打ちしそうに顔を歪める。それをさくっと無視してソファーでふんぞり返るブルース様に目線を移す。
「ご存知でしたか、ブルース様」
「まぁな」
夕刻を迎えた騎士棟の団長執務室にて。
締め切った室内に、俺の声だけが響く。
「一体誰なんでしょうかね。ヴィアン家に潜入とはいい度胸していますね」
「先に質問してもいいか」
固い声を発する団長を、目線で促す。何やら言いにくそうに口篭った彼は、やがて決心したように俺の目を見据えた。
「まさかおまえじゃないよな」
「ほんと失礼な人ですね!」
「なんだ違うのか」
「ブルース様まで! 俺ってそんなに信用ないですか?」
食ってかかれば、ふたりは一瞬黙った後に「そうだな」とのたまう。せっかく耳より情報を持ってきたというのに。
「間者の正体に目星がついたのですが。どうやらおふたりは俺の情報を信用してくださらないようなので迂闊なことを口にするのは控えますね」
「待て待て。悪かったって」
慌てて立ち上がる団長に自然と口角が上がる。
「まぁいいでしょう。俺を副団長にしてくだされば多少のことには目を瞑りましょう」
「副団長の件は置いておいて。それで? 誰なんだ一体」
「副団長にしてくれるって約束でしたよね!」
「そんな約束覚えがない。いいから間者は誰なんだ」
詰め寄ってくる団長に、そろそろ引き際かと小さく舌打ちする。どさくさに紛れて言質を取ってしまおうと考えていたのだが上手くいかないものだな。
「……サムですよ。いやサムは偽名のようですが」
「それは確かか?」
後ろから飛んでくる鋭い声。どうやらブルース様も真面目に俺の話を聞いてくれる気になったらしい。
「確かな伝手からの情報です」
「おまえの伝手ってなんか怖いんだが」
ブルース様が失礼なのはいつものことだ。心配せずともそんなに怪しい伝手ではない。伯爵家の付き合いで手に入れた情報だ。実家が貴族で俺自身も爵位をいただいている。公的に身分が保証されているというのは実に動きやすい。
おまけに俺は奇行が目立つらしく周囲からは変な目で見られることが多い。そんなイメージが先行しているおかげで多少無茶をしても許されるというのは騎士としてはありがたい限りだ。
団長もブルース様もそれを承知で俺を野放しにしているのだからたちが悪い。
「サム。本名はサムソンですね。王立騎士団第二部隊の副隊長です」
「王立騎士団」
成果を報告すれば、室内に沈黙が落ちる。そりゃそうだろう。前々からヴィアン家の情報が外に漏れているらしき形跡があったのだ。どれもとるに足らない些細なものだが、情報漏洩自体は深刻である。
そこで出てきたのが間者疑惑である。
団長が苦慮しているらしいことを聞き齧った俺は早速捜査に乗り出した。それに気付いていながら止めなかった団長は、きっと俺の持ち帰る情報に賭けていたのだろう。それくらい間者探しは難航していた。それもそのはず。なんせ間者は王立騎士団の人間。しかも副隊長というなかなかの地位である。尻尾を出さなくて当然だ。
「サムは、入団して一年ちょっとか」
「この一年ちょっとの間、ずっとヴィアン家の情報が王立騎士団に筒抜けだったということですね」
丁寧に状況整理をしてみれば団長が目に見えて嫌悪感をあらわにする。
「しかしなぜ王宮が」
その疑問はもっともだ。
ヴィアン家は大公家。現在の国王陛下と大公様は血の繋がったご兄弟。つまり身内である。わざわざ間者を紛れ込ませる理由がない。
「どうやら黒幕は王太子殿下のようですね」
「エリック殿下が。ということは狙いはオーガス様か」
「そのようです」
王位継承順で一番上に位置するエリック殿下は、なぜだかうちのオーガス様とたいへん仲がよろしくない。
オーガス様ののんびりとした物腰柔らかな姿勢が気に入らないのだろう。あのふたりが仲良く雑談している様子はどうにも想像できない。
そういえばオーガス様は弟君であるユリス様ともあまり良好な仲とはいえない。こちらは理由がよくわからないが、おそらくユリス様の我儘に辟易としたオーガス様がそっと距離を置いたものと思われる。
ブルース様がユリス様に説教している姿はよくみるが、オーガス様がユリス様を叱りつける姿はみたことがない。というか想像できない。ユリス様の悪戯に困ったように眉尻を下げている姿であれば容易に想像できるというのに。
要するにオーガス様は少々気の弱いところがあるのだ。それがエリック殿下とのそりが合わない最大の原因だといえる。
「サムをしょっ引きますか?」
問いかければ、団長は眉間に皺を寄せた。サムの目的がわからない現段階では早急だと考えているに違いない。
「では泳がせますか?」
「そうしてくれ」
「承知いたしました」
隠密行動は得意だ。
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