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閑話3 俺は美少年
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ユリスはとにかく美少年である。
「本当に可愛い。目に入れても痛くないってこういうことを言うのよ、きっと。ブルースじゃあこうはいかないわね」
さらっとブルース兄様に対する悪口を挟んで、今日も今日とてお母様は俺を褒め倒す。俺を称賛する合間になぜかブルース兄様に対する嫌味をこぼすところが非常に面白いんだよな、お母様って。
しかし言われている本人はたまったものではないらしい。
「母上。あまりユリスを甘やかさないでいただきたい。あと俺のことは放っておいてください」
拗ねたようにそっぽを向くブルース兄様がなんだか新鮮で思わず凝視してしまう。すると視線を感じ取った兄様はあからさまに顔を顰める。
「なんだ。言いたいことがあるならはっきり言え」
「いえなんでも」
ブルース兄様は気難しいからな。下手なことを言うと小言が返ってきそうで怖い。
いつも通り朝食後のダラダラ時間を満喫していた俺のもとに突然やって来たお母様は、思う存分好き勝手に俺を褒め倒す。そして間の悪いことにここを訪れたブルース兄様は引き返すタイミングを見失ってテーブルセットにひとり寂しく腰掛けているというわけだ。
鏡の前に俺を立たせてあれもいい、これもいいと着せ替え人形よろしく遊んでいるお母様はどうやら俺の新しい服を注文するつもりらしい。デザインの参考にするとか言って、どこから持って来たのかわからない大量の服を俺に押し当てて吟味している。突っ立っているだけとはいえ正直ちょっと疲れてきた。
「ブルース兄様はいいんですか。新しい服」
代わって欲しいという要望を叶えてもらおうと紅茶を嗜む兄様を振り返るが、それよりも早くお母様が否定する。
「ブルースは自分で用意するから大丈夫よ」
「……そうですか」
たしかに兄様は母親に服を選んでもらうような年齢ではないな。
流れよくお母様に服を手渡していくのはお母様お付きのメイドさんだ。無表情で淡々と仕事をこなしていく。そしていつの間にかそこにジャンも加わっている。おまえは俺を助けろよ。なに手伝ってるんだ。
ちなみにセドリックは普段通り壁際で静かに佇んでおり助け舟は期待できない。アロンもブルース兄様の後ろで微笑んでおり役に立ちそうにない。
「大公妃様。こちらの色味もユリス様にお似合いでは?」
「あら、アロン。あなたわかっているわね。ブルースとは大違い」
どうしよう。アロンまで参戦してしまった。状況は悪化する一方だ。そしていちいちブルース兄様を引き合いに出すお母様は何か兄様に恨みでもあるのだろうか。
結局俺は一時間程たっぷり付き合わされる羽目になってしまった。
「ユリスは可愛いから何を着ても似合うわね」
ひとしきり俺で遊んで満足したらしいお母様はそう言って楽しそうに去って行った。早速仕立て屋を呼ぶとか言っていたが、まさか一から作るつもりなのか。オーダーメイドってやつ? やることが金持ちじゃん。さすが貴族。
ぐったりして兄様の向かいに座り込んだ俺。すかさずジャンが温かい紅茶を差し出してくれる。
「兄様も新しい服を買ったらどうですか」
「俺はいい」
兄様はお洒落にあまり興味がないのだろうか。俺もあんまりないから人のこと言えないけど。しかしユリスは見目麗しい美少年なので何を着ても似合ってしまうから困りものだ。おかげでお母様のおもちゃにされている。
「嫌なら嫌と言っていいんだぞ。必要以上に母上に気を使う必要はない。おまえは昔から両親に対してだけは比較的従順だからな」
べつに嫌ではないんだよな。褒められて悪い気はしないし。てか正直お母様の気持ちが少しだけわかってしまう。だってこんな美少年が身近にいたら構いたくなるものだ。仕方がない。
そう伝えたところ、兄様は非常に不愉快な顔をしてみせた。
「おまえは自分のことをどう思っているんだ」
「類い稀なる美少年」
「母上の悪影響がこんなところで」
大袈裟に顔を覆う兄様の後ろで、アロンがなんだか小さく肩を揺らしていた。
「ブルース兄様は俺が美少年だとは思わない?」
「どういう質問なんだ。やめろ」
乱雑にティーカップを置いてブルース兄様はテーブルに伏せてしまう。
「なんでこんなナルシストに育ってしまったのか」
「ご両親の影響でしょうね。間違いなく」
なにやら兄様とアロンが小声で言いあっている。どうやら俺の自己評価の高さに物申したいらしい。
「とりあえずわかったから人前であまり自分のことを美少年だと言い張るな。いいな」
「事実なのに?」
「事実だとしてもだ。想像してみろ。例えばアロンが己のことをイケメンだと自称しまくっていたらどう思う」
「別にいいと思う」
「まったくよくない」
なんでだよ。アロンはイケメンの部類だろ。
「大丈夫。アロンはちゃんとイケメンだよ」
「ありがとうございます!」
アロンを見遣れば、ウインクが返ってきた。マジイケメンじゃん! カッコいい!
手放しで褒めているとブルース兄様がわざとらしい咳払いをする。
「じゃあセドリックはどうだ。あいつが己はイケメンだと言いふらしていたらどう思う」
「いいと思う」
「だから、ほんと。真面目に話を聞け」
聞いてるだろ。これ以上ないくらい真面目に耳を傾けているのだが?
「だったら俺は? 俺が会う人会う人に俺はイケメンなのでと触れ回っていたらどう思う」
「ちょっとやめた方がいいと思います」
「おい! なぜアロンとセドリックはよくて俺はダメなんだ」
「それ言わないとダメ?」
「おまえが喧嘩を売っていることはよくわかった」
ひとりで青筋を浮かべるお兄様からさっと顔を逸らす。背後のアロンは堪えきれずに噴き出している。
だってブルース兄様はちょっと目が怖いからな。顔を見てまず思うことは目力つよ! だからな。
「自信があるのはいいことですよ」
軽い咳払いで取り繕ってから、アロンはそんなことを言う。さすがアロン、わかってる。
「だよね」
「はい。ユリス様がお美しいのは周知の事実なので」
「やめろアロン。いらんことを言うな」
苦虫を噛み潰したような顔でブルース兄様は天を仰ぐ。
「まあなんだ。とにかくそういう訳だから。わかったな?」
「はーい」
ほんとはよくわかってないけど返事だけはしておこう。てかブルース兄様も、もはやなんの話をしていたのか忘れてるだろ。
やれやれ。兄様の相手は大変だな。
「本当に可愛い。目に入れても痛くないってこういうことを言うのよ、きっと。ブルースじゃあこうはいかないわね」
さらっとブルース兄様に対する悪口を挟んで、今日も今日とてお母様は俺を褒め倒す。俺を称賛する合間になぜかブルース兄様に対する嫌味をこぼすところが非常に面白いんだよな、お母様って。
しかし言われている本人はたまったものではないらしい。
「母上。あまりユリスを甘やかさないでいただきたい。あと俺のことは放っておいてください」
拗ねたようにそっぽを向くブルース兄様がなんだか新鮮で思わず凝視してしまう。すると視線を感じ取った兄様はあからさまに顔を顰める。
「なんだ。言いたいことがあるならはっきり言え」
「いえなんでも」
ブルース兄様は気難しいからな。下手なことを言うと小言が返ってきそうで怖い。
いつも通り朝食後のダラダラ時間を満喫していた俺のもとに突然やって来たお母様は、思う存分好き勝手に俺を褒め倒す。そして間の悪いことにここを訪れたブルース兄様は引き返すタイミングを見失ってテーブルセットにひとり寂しく腰掛けているというわけだ。
鏡の前に俺を立たせてあれもいい、これもいいと着せ替え人形よろしく遊んでいるお母様はどうやら俺の新しい服を注文するつもりらしい。デザインの参考にするとか言って、どこから持って来たのかわからない大量の服を俺に押し当てて吟味している。突っ立っているだけとはいえ正直ちょっと疲れてきた。
「ブルース兄様はいいんですか。新しい服」
代わって欲しいという要望を叶えてもらおうと紅茶を嗜む兄様を振り返るが、それよりも早くお母様が否定する。
「ブルースは自分で用意するから大丈夫よ」
「……そうですか」
たしかに兄様は母親に服を選んでもらうような年齢ではないな。
流れよくお母様に服を手渡していくのはお母様お付きのメイドさんだ。無表情で淡々と仕事をこなしていく。そしていつの間にかそこにジャンも加わっている。おまえは俺を助けろよ。なに手伝ってるんだ。
ちなみにセドリックは普段通り壁際で静かに佇んでおり助け舟は期待できない。アロンもブルース兄様の後ろで微笑んでおり役に立ちそうにない。
「大公妃様。こちらの色味もユリス様にお似合いでは?」
「あら、アロン。あなたわかっているわね。ブルースとは大違い」
どうしよう。アロンまで参戦してしまった。状況は悪化する一方だ。そしていちいちブルース兄様を引き合いに出すお母様は何か兄様に恨みでもあるのだろうか。
結局俺は一時間程たっぷり付き合わされる羽目になってしまった。
「ユリスは可愛いから何を着ても似合うわね」
ひとしきり俺で遊んで満足したらしいお母様はそう言って楽しそうに去って行った。早速仕立て屋を呼ぶとか言っていたが、まさか一から作るつもりなのか。オーダーメイドってやつ? やることが金持ちじゃん。さすが貴族。
ぐったりして兄様の向かいに座り込んだ俺。すかさずジャンが温かい紅茶を差し出してくれる。
「兄様も新しい服を買ったらどうですか」
「俺はいい」
兄様はお洒落にあまり興味がないのだろうか。俺もあんまりないから人のこと言えないけど。しかしユリスは見目麗しい美少年なので何を着ても似合ってしまうから困りものだ。おかげでお母様のおもちゃにされている。
「嫌なら嫌と言っていいんだぞ。必要以上に母上に気を使う必要はない。おまえは昔から両親に対してだけは比較的従順だからな」
べつに嫌ではないんだよな。褒められて悪い気はしないし。てか正直お母様の気持ちが少しだけわかってしまう。だってこんな美少年が身近にいたら構いたくなるものだ。仕方がない。
そう伝えたところ、兄様は非常に不愉快な顔をしてみせた。
「おまえは自分のことをどう思っているんだ」
「類い稀なる美少年」
「母上の悪影響がこんなところで」
大袈裟に顔を覆う兄様の後ろで、アロンがなんだか小さく肩を揺らしていた。
「ブルース兄様は俺が美少年だとは思わない?」
「どういう質問なんだ。やめろ」
乱雑にティーカップを置いてブルース兄様はテーブルに伏せてしまう。
「なんでこんなナルシストに育ってしまったのか」
「ご両親の影響でしょうね。間違いなく」
なにやら兄様とアロンが小声で言いあっている。どうやら俺の自己評価の高さに物申したいらしい。
「とりあえずわかったから人前であまり自分のことを美少年だと言い張るな。いいな」
「事実なのに?」
「事実だとしてもだ。想像してみろ。例えばアロンが己のことをイケメンだと自称しまくっていたらどう思う」
「別にいいと思う」
「まったくよくない」
なんでだよ。アロンはイケメンの部類だろ。
「大丈夫。アロンはちゃんとイケメンだよ」
「ありがとうございます!」
アロンを見遣れば、ウインクが返ってきた。マジイケメンじゃん! カッコいい!
手放しで褒めているとブルース兄様がわざとらしい咳払いをする。
「じゃあセドリックはどうだ。あいつが己はイケメンだと言いふらしていたらどう思う」
「いいと思う」
「だから、ほんと。真面目に話を聞け」
聞いてるだろ。これ以上ないくらい真面目に耳を傾けているのだが?
「だったら俺は? 俺が会う人会う人に俺はイケメンなのでと触れ回っていたらどう思う」
「ちょっとやめた方がいいと思います」
「おい! なぜアロンとセドリックはよくて俺はダメなんだ」
「それ言わないとダメ?」
「おまえが喧嘩を売っていることはよくわかった」
ひとりで青筋を浮かべるお兄様からさっと顔を逸らす。背後のアロンは堪えきれずに噴き出している。
だってブルース兄様はちょっと目が怖いからな。顔を見てまず思うことは目力つよ! だからな。
「自信があるのはいいことですよ」
軽い咳払いで取り繕ってから、アロンはそんなことを言う。さすがアロン、わかってる。
「だよね」
「はい。ユリス様がお美しいのは周知の事実なので」
「やめろアロン。いらんことを言うな」
苦虫を噛み潰したような顔でブルース兄様は天を仰ぐ。
「まあなんだ。とにかくそういう訳だから。わかったな?」
「はーい」
ほんとはよくわかってないけど返事だけはしておこう。てかブルース兄様も、もはやなんの話をしていたのか忘れてるだろ。
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