冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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39 はよ帰りたい

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「まさか今のお話、お受けになるおつもりですか」
「なんかまずい?」
「い、いえ。私が口を挟むことではありませんね」

 にこっと微笑んだロニーは、なんだか苦い顔をしていた。なんだっけ。側室? 側の部屋って意味か? 隣の部屋にしてやるよ的な意味かな。どういう意味だよ。まぁいいや。あとでブルース兄様にでも訊けばいいや。

 それにしても暇だ。
 エリックが居なくなると途端に静けさが戻る。見張りの白騎士さんもいるがあちらは仕事だ。俺に構ってくれるわけではない。

「暇だね、ロニー」
「庭の散歩でもできればいいのですが。難しそうですね」

 ちらりとドア前に直立する白騎士さんを見遣って、ロニーは苦笑する。なんでこんなことになったのか。どうやら長男であるオーガス兄様が原因らしい。ユリスはオーガス兄様と仲悪いらしいが、俺もほんとに嫌いになりそう。だって変なことに巻き込んでくれたわりには助けに来る気配ないし。

 てか結局サムは何者だったのか。白騎士さんと同じ制服を着ていたので王立騎士団の人間だということはわかる。しかしそれがなぜヴィアン家の私営騎士団に居たのか。

「サムって結局なんだったの?」
「彼はどうやら王立騎士団第二部隊の副隊長らしいですね」
「副隊長」

 なんかカッコいいな。
 第二部隊とかよくわからんけど。うちの騎士団にもあるのかな。訊ねるとロニーは「いいえ」と控えめに否定する。

「うちは私営騎士団なので比較的小規模なのですよ。もちろん必要に応じて部隊をつくることはありますが、王立騎士団のように常設の部隊はないですね」
「へー」

 ヴィアン家の騎士は屋敷の警備が主な仕事だもんな。対する王立騎士団は王国全土を駆け回るらしいからそりゃあ大規模だ。

「てことは第二部隊の副隊長って結構偉い感じ?」
「そうですね」

 ふーん。そんな人がなんでうちの騎士団に潜り込んでいたのだろうか。殿下の我儘がどうとか言っていたからエリックのせいなんだろうけど。

「アロンは助けに行かなくて大丈夫かな」
「アロン殿は大丈夫でしょう。あの方はご自分でどうにかするかと」

 アロンは優秀らしいしねと相槌を打てば、ロニーはなんとも言えない表情になる。

「ところでアロンの奇行って何? 何か知ってる?」
「いえ。私の口からはとても」

 さっと顔を俯けたロニーが小さく首を振ったのでそれ以上は追求できなかった。そんなにヤバいことやらかしているのか、アロンは。

「アロンってもっと普通の優しいお兄さんだと思ってた」
「取り繕うのがお上手なだけですよ。あの方は」

 なかなかの言いようである。
 ことあるごとにティアンがアロンを信用するなと口を酸っぱくしていたし、どうやらアロンの裏表ある性格は知れ渡っていたらしい。俺だけが騙されていたということか。

「オーガス兄様は迎えに来てくれると思う?」
「どうでしょうか。オーガス様はお忙しいようですし」

 そこはきっぱり絶望的だと言ってくれてもいいのに。ロニーは優しいな。やんわりと濁してみせた彼は、「ですがブルース様はお迎えに来てくださるかと」とフォローをいれる。

「ブルース兄様が来るかも怪しいと思う」
「そんなことは。きっと今頃こちらに向かわれていますよ。アロン殿を差し向けたのもブルース様ですし」

 そういえばアロンはブルース兄様のお付きの騎士だったな。兄様から離れて大丈夫なのか。いや、ロニーの言う通りだ。きっと俺を心配したブルース兄様が、自分より俺を優先してアロンを寄越してくれたのだろう。ユリスに対して文句をぶつけてばかりの割には、なんだかんだ優しいよな。

「早く来てくれないかな。もう飽きたんだけど、ここ」

 俺の呟きに、ロニーが「そうですね」と同調する。初対面の頃の緊張しきった面持ちからは想像できないほど穏やかな顔だ。ジャンも早くこのくらい俺に慣れて欲しいところである。
 長髪男子というだけでロニーに近づいたのだが、今ではすっかり彼の性格に絆されてしまっている。今の俺ならたとえロニーが短髪になっても引き続き仲良くしたい次第である。

「いややっぱり髪は切らないでね」
「はい?」
「なんでもないです」

 ゆるゆると首を振ってソファーにふんぞり返る。ロニーに座るよう勧めても彼はやんわり拒否するだけ。アロンあたりなら遠慮なく座りそうではある。

 早く帰りたい。ジャンとセドリック、それにティアンにも会いたいし。

 無意識に吐き出したため息が、静寂に包まれる室内にゆっくりと溶けていった。
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