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38 名前知らん
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「王太子殿下」
「なんだ」
「いつまでここに居るんですか」
はよ帰れという念を込めて目力を強めれば、名前も知らない従兄弟は面倒そうに髪をかき上げた。いちいち動作が絵になる男だな。腹立たしい。
俺としては知らん男と向き合っているこの状況から一刻も早く解放されたい。アロンもどこかへ連れて行かれてしまったし。それに背後で緊張あらわに佇んでいるロニーがそろそろ可哀想だ。
「オーガスが迎えにくるまで待て」
「いやそういう意味ではなくて」
もちろんこの王宮からもはよ帰りたいのだが。まずは従兄弟にご退出願いたい。
そんな俺の意図を察しつつも微妙にズレた返事をする従兄弟は性格が悪いと思う。ブルース兄様といいうちの家系は性格に難ありの奴しかいないのかよ。
「ところで殿下などと他人行儀な呼び方はやめろ」
「……王太子」
「違う」
「えっと、従兄弟?」
「おいこら」
ひぇ。
だって俺こいつの名前知らねえし。
なぜだか名前で呼べと躍起になる従兄弟に、俺は困って後ろのロニーを見上げた。
「この人のお名前なんだっけ?」
「聞こえているぞ、ユリス」
こっそりロニーに助けを求めたのに従兄弟が割り込んでくる。やれやれと肩をすくめる様は非常に偉そうだ。
ところで王太子殿下ってどういう立場なのだろうか。殿下ってたぶん偉い人だよな。王太子もなんか偉そう。王って付いているし。ここは王宮だからもしかしたら王様の親戚かもしれない。
ん、待てよ。そういや俺とこいつは従兄弟らしいな。王様の親戚っぽい奴と従兄弟って。え、ユリスってマジでどういう立場なわけ? なんか怖いんだけど。
ぐるぐる考え込んでいると、いつの間にか従兄弟が俺の隣に移動していた。大人三人はゆったり座れそうなソファーだ。狭くはないがわざわざ隣に来られるのはちょっとな。俺の横にどかりと腰を下ろして、にやりと笑わないで欲しい。
「どうした。まさか私の名前がわからないなんてつまらん冗談は言わないだろ」
「えっと」
どう足掻いても俺に名前を呼ばせたいらしい。絡み方がウザいな。扱いの面倒くささはブルース兄様といい勝負だ。しまいには馴れ馴れしく俺の肩に腕をまわす。ぐっと体重をかけられてちょっと苦しいのだが抜け出せそうにない。体格差を考慮しろ!
「助けてロニー」
弱々しく助けを求めれば、従兄弟が眉を寄せる。ちなみにロニーは王太子殿下なる人物相手には強く出られないらしく困り顔で佇んでいる。
「強情な奴だな。まさか本当に忘れたのか」
「ま、まぁ。久しぶりに会ったので」
「薄情者め」
短く言い捨てると、従兄弟は一旦俺の肩から手を離す。そうして次は両手で俺の頬を挟んで真正面から目を覗き込んでくる。こいつ人との距離感バグってるだろ。俺が十歳児だからか? 子供ってだけでこんな馴れ馴れしく扱われるものなのか。なんか嫌だ。
「いいか。私の名前はエリックだ。覚えておけよ」
「エリック」
「馴れ馴れしい奴だな。誰が礼儀を捨て去れと言った」
さっき他人行儀は嫌だと言ったのはあんただろ。なんで我儘な野郎だ。
「エリック殿下?」
「そんなに畏まるな」
匙加減難しすぎるだろ。なんて呼んでもケチをつけてきそうな勢いだ。やはり性格悪いな。もはや俺で遊びたいだけだと思う。
ジト目になる俺をよそに、従兄弟改めエリックは思い付いたと言わんばかりに口角を上げた。
「そうだな。エリック兄様と呼んでもいいぞ」
「うちにはもう兄がふたりいるので間に合ってます」
「可愛くない奴だな」
そう言ってほっぺたを摘んでくる。やめろバカ。俺はペットかなにかか。
どうにかエリックの腕を押し返して離れると、今度は大きな手が頭上に降りてくる。そのままわしゃわしゃと俺の髪を好き放題に撫で回す。
「やめろ!」
「ははっ、いいじゃないか」
よくねえよ。
髪ボサボサになるやんけ。ウザい! こいつのウザさは尋常ではないぞ! こんなんならブルース兄様の方が百倍マシだ。
なんとか抜け出そうと奮闘するが逆に抱きかかえるように腕をまわされて距離が縮まる。
「本当に随分と大人しくなったな」
感心したように呟きつつ、エリックが俺を離す気配はない。
「ウザいって!」
我慢ならずに声を上げる。もはや犬にでもなった気分だ。
「ほぉ? 私に対して随分な口の利き方だな?」
楽しそうに笑い声を上げたエリックは、ようやく俺を解放する。あっちこっち跳ねまくる髪を撫で付けてさっと距離をとる。
「ブルースでさえ私に対する礼儀は忘れんぞ」
知らねえよ。てか何気にブルース兄様のこと貶してるよな。可哀想なブルース兄様。勝手に哀れんでいる俺の横で、エリックはニヤケ顔を隠そうともしない。
「こっちの方が可愛げがあっていいじゃないか。少し前のおまえは揶揄いがいがなかったからな」
「勘弁してください」
「どういう意味だ」
だってこんな奴に気に入られるとか地獄だろう。俺のことをすっかりペット扱いだ。失礼が過ぎる。てかやっぱり俺で遊んでるよな。
「おまえさえ良ければ私の側室にしてやってもいいぞ」
「はぁ」
「なんだその気の抜けた返事は」
突然なにを言い出すのだ、こいつは。側室ってなんだよ。俺の知らない単語を出すんじゃありません! こっちは十歳児だぞ!
ふいっと顔を背ければ、再びエリックの手が伸びてくる。逃げる間もなくあっさり顎を掴まれた俺は、無理矢理エリックと視線を交わす羽目になる。
「どうだ。返事はしばらく待ってやってもいいぞ」
なんて上から目線なんだ。反射的に殴りたくなるのを必死で堪えて、俺は視線だけをロニーに向ける。ちらりと見えた彼は真っ青な顔色をしていた。なんだか普段のジャンみたいだ。
「おいどこを見ている」
「ロニー」
「だから騎士なんて見るな。私を見ろ」
相変わらず自己主張が強いな。
よくわからんが返事は待ってくれるらしいのでそれに乗っかることにした。日本人お得意の曖昧さで乗り切ろう。てかまずは側室の意味を教えてくれよ、誰か。
ちょっと考えてみると告げた途端になんだか上機嫌になったエリックは満足そうに帰って行った。
あとに残されたロニーが青い顔で俺を凝視していたけどどうかしたのだろうか?
「なんだ」
「いつまでここに居るんですか」
はよ帰れという念を込めて目力を強めれば、名前も知らない従兄弟は面倒そうに髪をかき上げた。いちいち動作が絵になる男だな。腹立たしい。
俺としては知らん男と向き合っているこの状況から一刻も早く解放されたい。アロンもどこかへ連れて行かれてしまったし。それに背後で緊張あらわに佇んでいるロニーがそろそろ可哀想だ。
「オーガスが迎えにくるまで待て」
「いやそういう意味ではなくて」
もちろんこの王宮からもはよ帰りたいのだが。まずは従兄弟にご退出願いたい。
そんな俺の意図を察しつつも微妙にズレた返事をする従兄弟は性格が悪いと思う。ブルース兄様といいうちの家系は性格に難ありの奴しかいないのかよ。
「ところで殿下などと他人行儀な呼び方はやめろ」
「……王太子」
「違う」
「えっと、従兄弟?」
「おいこら」
ひぇ。
だって俺こいつの名前知らねえし。
なぜだか名前で呼べと躍起になる従兄弟に、俺は困って後ろのロニーを見上げた。
「この人のお名前なんだっけ?」
「聞こえているぞ、ユリス」
こっそりロニーに助けを求めたのに従兄弟が割り込んでくる。やれやれと肩をすくめる様は非常に偉そうだ。
ところで王太子殿下ってどういう立場なのだろうか。殿下ってたぶん偉い人だよな。王太子もなんか偉そう。王って付いているし。ここは王宮だからもしかしたら王様の親戚かもしれない。
ん、待てよ。そういや俺とこいつは従兄弟らしいな。王様の親戚っぽい奴と従兄弟って。え、ユリスってマジでどういう立場なわけ? なんか怖いんだけど。
ぐるぐる考え込んでいると、いつの間にか従兄弟が俺の隣に移動していた。大人三人はゆったり座れそうなソファーだ。狭くはないがわざわざ隣に来られるのはちょっとな。俺の横にどかりと腰を下ろして、にやりと笑わないで欲しい。
「どうした。まさか私の名前がわからないなんてつまらん冗談は言わないだろ」
「えっと」
どう足掻いても俺に名前を呼ばせたいらしい。絡み方がウザいな。扱いの面倒くささはブルース兄様といい勝負だ。しまいには馴れ馴れしく俺の肩に腕をまわす。ぐっと体重をかけられてちょっと苦しいのだが抜け出せそうにない。体格差を考慮しろ!
「助けてロニー」
弱々しく助けを求めれば、従兄弟が眉を寄せる。ちなみにロニーは王太子殿下なる人物相手には強く出られないらしく困り顔で佇んでいる。
「強情な奴だな。まさか本当に忘れたのか」
「ま、まぁ。久しぶりに会ったので」
「薄情者め」
短く言い捨てると、従兄弟は一旦俺の肩から手を離す。そうして次は両手で俺の頬を挟んで真正面から目を覗き込んでくる。こいつ人との距離感バグってるだろ。俺が十歳児だからか? 子供ってだけでこんな馴れ馴れしく扱われるものなのか。なんか嫌だ。
「いいか。私の名前はエリックだ。覚えておけよ」
「エリック」
「馴れ馴れしい奴だな。誰が礼儀を捨て去れと言った」
さっき他人行儀は嫌だと言ったのはあんただろ。なんで我儘な野郎だ。
「エリック殿下?」
「そんなに畏まるな」
匙加減難しすぎるだろ。なんて呼んでもケチをつけてきそうな勢いだ。やはり性格悪いな。もはや俺で遊びたいだけだと思う。
ジト目になる俺をよそに、従兄弟改めエリックは思い付いたと言わんばかりに口角を上げた。
「そうだな。エリック兄様と呼んでもいいぞ」
「うちにはもう兄がふたりいるので間に合ってます」
「可愛くない奴だな」
そう言ってほっぺたを摘んでくる。やめろバカ。俺はペットかなにかか。
どうにかエリックの腕を押し返して離れると、今度は大きな手が頭上に降りてくる。そのままわしゃわしゃと俺の髪を好き放題に撫で回す。
「やめろ!」
「ははっ、いいじゃないか」
よくねえよ。
髪ボサボサになるやんけ。ウザい! こいつのウザさは尋常ではないぞ! こんなんならブルース兄様の方が百倍マシだ。
なんとか抜け出そうと奮闘するが逆に抱きかかえるように腕をまわされて距離が縮まる。
「本当に随分と大人しくなったな」
感心したように呟きつつ、エリックが俺を離す気配はない。
「ウザいって!」
我慢ならずに声を上げる。もはや犬にでもなった気分だ。
「ほぉ? 私に対して随分な口の利き方だな?」
楽しそうに笑い声を上げたエリックは、ようやく俺を解放する。あっちこっち跳ねまくる髪を撫で付けてさっと距離をとる。
「ブルースでさえ私に対する礼儀は忘れんぞ」
知らねえよ。てか何気にブルース兄様のこと貶してるよな。可哀想なブルース兄様。勝手に哀れんでいる俺の横で、エリックはニヤケ顔を隠そうともしない。
「こっちの方が可愛げがあっていいじゃないか。少し前のおまえは揶揄いがいがなかったからな」
「勘弁してください」
「どういう意味だ」
だってこんな奴に気に入られるとか地獄だろう。俺のことをすっかりペット扱いだ。失礼が過ぎる。てかやっぱり俺で遊んでるよな。
「おまえさえ良ければ私の側室にしてやってもいいぞ」
「はぁ」
「なんだその気の抜けた返事は」
突然なにを言い出すのだ、こいつは。側室ってなんだよ。俺の知らない単語を出すんじゃありません! こっちは十歳児だぞ!
ふいっと顔を背ければ、再びエリックの手が伸びてくる。逃げる間もなくあっさり顎を掴まれた俺は、無理矢理エリックと視線を交わす羽目になる。
「どうだ。返事はしばらく待ってやってもいいぞ」
なんて上から目線なんだ。反射的に殴りたくなるのを必死で堪えて、俺は視線だけをロニーに向ける。ちらりと見えた彼は真っ青な顔色をしていた。なんだか普段のジャンみたいだ。
「おいどこを見ている」
「ロニー」
「だから騎士なんて見るな。私を見ろ」
相変わらず自己主張が強いな。
よくわからんが返事は待ってくれるらしいのでそれに乗っかることにした。日本人お得意の曖昧さで乗り切ろう。てかまずは側室の意味を教えてくれよ、誰か。
ちょっと考えてみると告げた途端になんだか上機嫌になったエリックは満足そうに帰って行った。
あとに残されたロニーが青い顔で俺を凝視していたけどどうかしたのだろうか?
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