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36 何しにきたの

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「ところでなぜアロン子爵がここに? うちの騎士団に鞍替えでもしたのか」
「あ、あれはアロンじゃないです。ただのそっくりさん」
「んなわけあるか」

 壁際で控えるアロンを睨み付ける従兄弟。潜入がバレてはいけないというアロンの言葉を思い出して必死に庇うが上手くいかなかった。

 もはや隠し通せないと諦めたらしいアロンが肩をすくめる。

「よく分かりましたね。さすがは殿下」
「おまえたちは私をバカにしているのか? いくらなんでも眼鏡ひとつで誤魔化せるわけがないだろう」
「意外と鋭い観察眼をお持ちで」
「不敬罪でしょっぴくぞ」

 途端に不機嫌になった従兄弟は、「で? なにをしている。いつからうちに入団した」とアロンを問い詰める。それを聞いたアロンがピクリと眉を持ち上げた。

「私がこんなところに入団するわけないでしょう! 忍び込んだに決まっています!」
「急な自白」

 目を丸くしていると、アロンはますますヒートアップする。どうやらよほど鬱憤がたまっていたらしい。

「どいつもこいつも! 人のことなんだと思っているんですか!」
「アロン? ちょっと落ち着こうよ」

 いつもの優しいお兄さんの仮面がすっかり吹っ飛んだアロンに、俺はどうしていいかわからなくなる。オロオロしていると、呆れたと言わんばかりの従兄弟が外の白騎士さんを呼びつけた。

「侵入者だ。捕らえておけ」
「誰が侵入者ですか!」
「いま自分で忍び込んだと自白しただろうが」
「言葉の綾ですよ!」
「だからんなわけあるか」

 しっしと手を振る従兄弟。あんまりな扱いに、俺は咄嗟にアロンの白い制服の裾を掴んだ。

「なにをしているユリス」
「アロンはいい人なので。捕まえたらダメだと思います」
「そいつのどこがいい人なんだ。アロン子爵といえば思い浮かぶ奇行がいくつもあるぞ」

 奇行ってなんだよ。アロンはマジで過去になにをしでかしたんだよ。アロンを見上げると分かりやすく目を泳がせていた。なるほど、本人にも心当たりがあるらしい。

 考えた末に、俺は手を離した。

「ユリス様⁉︎」

 焦ったようなアロンの声が降ってくるがどうしようもない。

「ごめんねアロン。俺が力不足なばかりに」
「い、いえ。そんなことは。助けてくれようとするだけマシですよ。天使かよ」

 最後にボソリと付け足された一言に首を捻る。アロンってこんな性格だったっけ? いやそれよりも俺のこと天使って言ったか?

「まぁたしかに俺は天使みたいな可愛さだけど。天使ではない。人間です」
「自己評価どうなってんだよ。ヴィアン家はどういう教育してるんだ」

 従兄弟が何やら喚いているが気にしない。前世普通の男子高校生だった俺からすればユリスは紛うことなき美少年だ。異論は認めない。
 しかしいまはアロンだ。きっと仕事のストレスでいろいろ参っているのだろう。ここに潜入するのだって並々ならぬ苦労があったはずだ。そのせいでちょっとおかしなことになっているに違いない。はやくいつもの優しいお兄さんに戻ってくれと彼を元気付ける。

「必ず助けに行くから待ってて欲しい」
「ユ、ユリス様……! 俺一生あなたについていきます!」

 アロンの一人称って私じゃなかったっけ? まぁどうでもいいいか。

 俺の手を両手で包み込んで、アロンは感動したと言わんばかりに目を輝かせている。うんうん。よくわからんが丸く収まった。

 ひとり満足していると無言で俺らのやり取りを眺めていた従兄弟が怠そうに声を上げた。

「もう茶番は終わりでいいか? 私も忙しいんだ。おまえたちのお遊戯に付き合っている暇はないのだが」
「ユリス様。ご安心ください。すぐにブルース様が迎えに来ますから、一緒に帰りましょうね」
「聞けよ、こら」

 乱雑な動作で立ち上がった従兄弟は、「というか」と眉を寄せる。

「いまブルースが来ると言ったか? 私はオーガスを呼び出したと記憶しているのだがな」
「それにしてもユリス様ってお優しいですよね。氷の花と聞いた時には何事かと思っておりましたが」
「だから聞け。私の話を。王太子だぞ」

 ぶっちゃけ右から左から好き放題に話しかけられてもうパニックだ。とりあえずひとりずつ話してほしい。

 処理不能に陥って立ち尽くしていると、そっと肩に手を置かれた。

「ユリス様、放っておきましょう」
「ロニー」

 苦笑するロニーは、俺をやんわりと喧騒の中心から連れ出してくれた。マジ優しい!
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