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35 誘拐犯
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「とにかく私の潜入がバレるとマズいので、どうぞご内密に」
「わかった!」
元気に手をあげて返事をすると「よろしい」とアロンが明朗に声を上げた。どうやら普段の調子を取り戻したらしい。よかった、よかった。
「ところでその服どうしたの?」
「普通に盗みました」
普通に盗むなよ。
ジト目で見上げると「何か問題でも?」と悪びれない笑顔が返ってきた。マジですか、アロンさん。
「白も似合うね」
「お世辞ですか? 本心ですか?」
なんだこいつ。面倒くさいな。
どうやらアロンは俺の知らないところで何かあったらしい。ずるずると引きずっているのだろう。なにがあったんだよ。
アロンの問いかけを半笑いで流して、俺はカル先生が置いていった分厚い教科書を備え付けの棚の引き出しに押し込んだ。これを開く日は来ないだろう。ロニーが何か言いたげな顔をしているが構うものか。俺はとにかく勉強が嫌いなのだ。というか一応誘拐されている最中に勉強できるほどお気楽な性格ではない。
「……誰か来ましたね」
唐突にドアへ目を遣ったアロンが、騎士よろしく壁際に直立する。キリッと表情を引き締めて職務を全うするフリをする。切り替えが早い。
言葉通り、外から話し声が聞こえて来る。次の瞬間、予告もなしにドアが勢いよく開け放たれた。
「来たぞ! ユリス!」
びくっと肩を揺らす俺に構わず、大声を出した人物がずかずかと部屋に押し入る。そのまま無遠慮に向かいのソファーに腰掛けると、偉そうに長い足を組んだ。
「どうした。なんとか言ったらどうなんだ!」
いちいち声の大きい人だな。
年齢はブルース兄様と同じかちょっと上くらいだろう。きらきらとした金髪はゆるくウェーブがかかっており、くっきりとした目鼻立ち。青みのある瞳は力強く俺を見据えている。滲み出る変な迫力みたいなものがあり自信に満ちた顔つきだ。
「は、はじめまして?」
圧に押されて控えめに小首を傾げれば、眼前の男が「はぁ⁉︎」と腹から大声を出す。マジでいちいち声がでかい! びっくりするからやめろ!
「久しぶりに会う従兄弟に対して随分な言い草だな」
「いとこ」
い、従兄弟なのか、この人⁉︎
早く言えよ!
後ろに控えていたロニーを見ると、なぜだかひどく強張った顔で固まっていた。いまにも敬礼でもしそうな様子である。そんなに偉い人なのか?
「おい! どこを見ている」
「ロニーを見てる」
「騎士なんて見る必要はない。私を見ろ!」
自己主張強いな、この従兄弟。
仕方なく顔を戻せば、彼は満足そうににやりと笑う。顔だけみれば王子様みたいなのに声の大きさがちょっとな。乱暴な印象を受けてしまう。ちょっと怖い。
「調子はどうだ」
「まぁまぁ? 早く帰りたい」
「私もできれば早く突き返したいがな」
「じゃあ帰る」
「待て待て。今帰したらあいつへの嫌がらせにならないだろうが」
あいつ? 嫌がらせ?
不穏な単語にもしかしてと思い至る。この偉そうな態度。ロニーが口にしていた首謀者を思い出す。
「王太子殿下?」
「なんだ、畏まって」
おまえが首謀者かよ!
かっとなって勢い任せに立ち上がる。俺をこんな目にあわせた犯人相手にしおらしくする必要なんてない。
「家に帰る!」
「どうした急に。なにか不満でも?」
不満しかないわ、ボケ。
しかしこれで心配はいらないというロニーの言葉の意味がわかった。なるほど、誘拐犯は俺の従兄弟で面識があるということだ。
「なんでこんなことするんだ」
いくら従兄弟とはいえあの手口は穏やかではない。マジでこっちは死を覚悟したんだぞ、一瞬だけど。睨みつければ、悪びれもせずに鼻を鳴らす。
「そんなの、おまえの兄に対する嫌がらせに決まっているだろう」
ちくしょう! ブルース兄様め! 俺を巻き込みやがって!
なかなか迎えに来ないブルース兄様への苛立ちがいよいよ爆発する。兄様のせいでこんなことになっているのに、なんて無責任なのだ。
「オーガスの奴、どうやらおまえを見捨てたようだがな。まったく迎えに来ない。どういうことだ」
「オーガス?」
聞き覚えのない名前に、思わず握っていた拳を緩める。
「おまえのとこの長男だろうが。なんだ。まだ喧嘩でもしているのか」
……ごめんなさいブルース兄様。
そういえばもうひとり兄がいたな。なるほど、うちの長男はオーガスという名前なのか。初めて知ったよ。
そしてどうやら俺は長男であるオーガス兄様とこの従兄弟との争いに巻き込まれたらしい。なんてこった。ブルース兄様無関係じゃん。
遠い目をする俺に、従兄弟だという男は「お気の毒にな」と哀れむような目を向ける。
勝手に人を攫っておいて、勝手に哀れむんじゃない。失礼な奴だな、まったく。
「わかった!」
元気に手をあげて返事をすると「よろしい」とアロンが明朗に声を上げた。どうやら普段の調子を取り戻したらしい。よかった、よかった。
「ところでその服どうしたの?」
「普通に盗みました」
普通に盗むなよ。
ジト目で見上げると「何か問題でも?」と悪びれない笑顔が返ってきた。マジですか、アロンさん。
「白も似合うね」
「お世辞ですか? 本心ですか?」
なんだこいつ。面倒くさいな。
どうやらアロンは俺の知らないところで何かあったらしい。ずるずると引きずっているのだろう。なにがあったんだよ。
アロンの問いかけを半笑いで流して、俺はカル先生が置いていった分厚い教科書を備え付けの棚の引き出しに押し込んだ。これを開く日は来ないだろう。ロニーが何か言いたげな顔をしているが構うものか。俺はとにかく勉強が嫌いなのだ。というか一応誘拐されている最中に勉強できるほどお気楽な性格ではない。
「……誰か来ましたね」
唐突にドアへ目を遣ったアロンが、騎士よろしく壁際に直立する。キリッと表情を引き締めて職務を全うするフリをする。切り替えが早い。
言葉通り、外から話し声が聞こえて来る。次の瞬間、予告もなしにドアが勢いよく開け放たれた。
「来たぞ! ユリス!」
びくっと肩を揺らす俺に構わず、大声を出した人物がずかずかと部屋に押し入る。そのまま無遠慮に向かいのソファーに腰掛けると、偉そうに長い足を組んだ。
「どうした。なんとか言ったらどうなんだ!」
いちいち声の大きい人だな。
年齢はブルース兄様と同じかちょっと上くらいだろう。きらきらとした金髪はゆるくウェーブがかかっており、くっきりとした目鼻立ち。青みのある瞳は力強く俺を見据えている。滲み出る変な迫力みたいなものがあり自信に満ちた顔つきだ。
「は、はじめまして?」
圧に押されて控えめに小首を傾げれば、眼前の男が「はぁ⁉︎」と腹から大声を出す。マジでいちいち声がでかい! びっくりするからやめろ!
「久しぶりに会う従兄弟に対して随分な言い草だな」
「いとこ」
い、従兄弟なのか、この人⁉︎
早く言えよ!
後ろに控えていたロニーを見ると、なぜだかひどく強張った顔で固まっていた。いまにも敬礼でもしそうな様子である。そんなに偉い人なのか?
「おい! どこを見ている」
「ロニーを見てる」
「騎士なんて見る必要はない。私を見ろ!」
自己主張強いな、この従兄弟。
仕方なく顔を戻せば、彼は満足そうににやりと笑う。顔だけみれば王子様みたいなのに声の大きさがちょっとな。乱暴な印象を受けてしまう。ちょっと怖い。
「調子はどうだ」
「まぁまぁ? 早く帰りたい」
「私もできれば早く突き返したいがな」
「じゃあ帰る」
「待て待て。今帰したらあいつへの嫌がらせにならないだろうが」
あいつ? 嫌がらせ?
不穏な単語にもしかしてと思い至る。この偉そうな態度。ロニーが口にしていた首謀者を思い出す。
「王太子殿下?」
「なんだ、畏まって」
おまえが首謀者かよ!
かっとなって勢い任せに立ち上がる。俺をこんな目にあわせた犯人相手にしおらしくする必要なんてない。
「家に帰る!」
「どうした急に。なにか不満でも?」
不満しかないわ、ボケ。
しかしこれで心配はいらないというロニーの言葉の意味がわかった。なるほど、誘拐犯は俺の従兄弟で面識があるということだ。
「なんでこんなことするんだ」
いくら従兄弟とはいえあの手口は穏やかではない。マジでこっちは死を覚悟したんだぞ、一瞬だけど。睨みつければ、悪びれもせずに鼻を鳴らす。
「そんなの、おまえの兄に対する嫌がらせに決まっているだろう」
ちくしょう! ブルース兄様め! 俺を巻き込みやがって!
なかなか迎えに来ないブルース兄様への苛立ちがいよいよ爆発する。兄様のせいでこんなことになっているのに、なんて無責任なのだ。
「オーガスの奴、どうやらおまえを見捨てたようだがな。まったく迎えに来ない。どういうことだ」
「オーガス?」
聞き覚えのない名前に、思わず握っていた拳を緩める。
「おまえのとこの長男だろうが。なんだ。まだ喧嘩でもしているのか」
……ごめんなさいブルース兄様。
そういえばもうひとり兄がいたな。なるほど、うちの長男はオーガスという名前なのか。初めて知ったよ。
そしてどうやら俺は長男であるオーガス兄様とこの従兄弟との争いに巻き込まれたらしい。なんてこった。ブルース兄様無関係じゃん。
遠い目をする俺に、従兄弟だという男は「お気の毒にな」と哀れむような目を向ける。
勝手に人を攫っておいて、勝手に哀れむんじゃない。失礼な奴だな、まったく。
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