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34 白騎士さん
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「え、なんでここにカル先生が?」
「こちらでも家庭教師の仕事をしております。ユリス様がご滞在だと伺いまして」
「伺ったって誰に?」
「ブルース様でございます」
え!
てことはブルース兄様は俺がここに居ると知っているのか!
途端に頬が緩んだ俺だが、兄様がすぐに助けに来てくれない事実に真顔となる。ひとりでコロコロと表情を変える俺を見て、カル先生は苦笑する。
「ブルース様にも並々ならぬご事情があるのでしょう」
どんな事情だ一体。
しかしここは王宮だという。いくら貴族のブルース兄様でも易々と中に入るのは無理だ。ここは気長に待つしかないのか?
「殿下の悪戯にも困ったものですね」
さらりと言ったカル先生は、脇に抱えていた厚みのある本をテーブルに置いた。どうみても読んで楽しい類のものではない。さっと視線を外して見なかったことにする。
「ユリス様も暇を持て余していらっしゃるだろうと思いまして」
「めちゃくちゃ忙しいのでお気遣いなく」
こんな時に勉強なんてできるか。いらん気遣いを発揮するな。
どうやらカル先生は俺に教科書を押し付けに来ただけらしい。「じゃあ私は忙しいのでこれで」とにこやかに言い捨てると止める間もなくさっさと部屋を出て行った。なんて冷たい人だ。しかしカル先生が普通に出入りしているところをみるとどうにも緩い誘拐だな。なんだか気が抜けてしまう。
呆然としていると、カル先生と入れ替わるように外に控えていた白騎士さんふたりが入室してくる。
しかし先に入室した眼鏡の白騎士さんが「ちょっと待った」ともう一方を押し留めている。なんだ?
異変に気がついたらしいロニーも怪訝な顔をしている。
「中にふたり居ても仕方がない。君は外の見張りを頼むよ」
「え、でもそんな指示は」
「いいや、副隊長の指示だ。とにかく君は外を頼む」
小声でそんなやり取りをしていた白騎士さんたちは、結局ひとりが室内、ひとりが外ということで落ち着いたらしい。言い争いならよそでやれよ。
部屋に入ってきた方の白騎士さんは、雑にドアを閉めるとこちらを振り返った。眼鏡をかけた優しそうな白騎士さんは、なんだか見覚えのある顔をしていた。短めの茶髪に人当たりのいい笑顔はもう間違いない。
「アーー」
「ユリス様、いけません」
アロンじゃん! と勢いよく叫ぼうとした俺の口を背後から慌ててロニーが塞ぐ。
ゆったりとした足取りで近寄ってきたアロンは、俺と目線を合わせると唇の前で人差し指を立てた。静かにしろということらしい。こくこく頷くと、ようやくロニーが手を外してくれる。
「なんでいるの! 転職したの?」
「なぜ真っ先に転職が浮かぶのですか? 私ってそんなに信用ありません?」
驚きのあまりあり得ない選択肢をぽろりと口にしただけなのにアロンはやけに突っかかってくる。たぶん彼にも色々とあったのだろう。いつものきれいな微笑みではなく呆れ混じりの苦い顔をしていた。
「助けに来たんですよ」
「潜入したってこと⁉︎ スパイみたい!」
「それって褒めてます? それともおまえは信用ならない奴だと貶してます?」
なんだろう。今日のアロンはちょっと面倒だな。どういうことだろうと真顔でロニーを振り返れば、彼は静かに首を横に振った。どうやら気にするなということらしい。
「助けにきてくれたんでしょ? ありがとう」
「……いえ、どういたしまして」
もごもごと口篭ったアロンは、なぜかため息をつくと歯切れ悪く頭を下げる。
「とはいえすぐに脱出するのは不可能です。じきに迎えが来るはずなので気長に待ちましょう」
「迎えって?」
「おそらくブルース様が」
なるほど。よくわからんがブルース兄様が迎えに来る準備をしているらしい。場所が場所だけにすぐには来られないということだろう。
「じゃあアロンは何しに来たの?」
「……助けにきたのですが?」
器用に片眉を持ち上げてみせたアロンは、さっと表情を曇らせる。
「申し訳ありません。私がきたところでなんの役にも立ちませんよね。どうせユリス様も私のこと嘘付きの裏切りクソ野郎だと思っているのでしょう」
「お、思ってないよ。そんなこと。いまのはそういう意味じゃなくて」
「いいんです。わかってますから」
「いやだから、本当に思ってないってば」
今日のアロンはマジでどうしたのだろうか。
爽やかお兄さんが卑屈お兄さんに成り代わってしまっている。
てか本当にアロンだよな?
あまりの性格の激変に不信感が募る。そっとアロンの顔に手を伸ばして眼鏡を外してみた。もしかしたらよく似たそっくりさんかもしれない。眼鏡で誤魔化しているのかも。
「アロンだ」
「……アロンですよ」
急に眼鏡を奪った俺をどう思ったのか。アロンがわずかに動揺の色を見せた。俺の手から眼鏡を奪い去って慌ててかけ直す。すっと立ち上がったアロンは、いつもの柔和な笑みを浮かべていた。
「失礼致しました。潜入に少々手間取ってしまいましてね。大変お待たせしました」
「ううん、大丈夫」
「お怪我はありませんか、ユリス様」
「うん。ロニーも無事」
そこでアロンは初めてロニーを視界に入れた。
「あ、いたんだ」
「ずっと居ましたよ」
「そうか。なんだかよくわからんがよくやった」
「なんだかよくわからないのに褒めないでくださいよ」
へらへらと笑うアロンに、ロニーが生真面目に応答する。うーん。アロンのことはずっと真面目で優しいお兄さんだと思っていたが、ロニーと並ぶとそうでもないな。ロニーの方がしっかりしている気がする。
場違いに間の抜けた会話を繰り広げるふたりに、俺は肩をすくめた。
「こちらでも家庭教師の仕事をしております。ユリス様がご滞在だと伺いまして」
「伺ったって誰に?」
「ブルース様でございます」
え!
てことはブルース兄様は俺がここに居ると知っているのか!
途端に頬が緩んだ俺だが、兄様がすぐに助けに来てくれない事実に真顔となる。ひとりでコロコロと表情を変える俺を見て、カル先生は苦笑する。
「ブルース様にも並々ならぬご事情があるのでしょう」
どんな事情だ一体。
しかしここは王宮だという。いくら貴族のブルース兄様でも易々と中に入るのは無理だ。ここは気長に待つしかないのか?
「殿下の悪戯にも困ったものですね」
さらりと言ったカル先生は、脇に抱えていた厚みのある本をテーブルに置いた。どうみても読んで楽しい類のものではない。さっと視線を外して見なかったことにする。
「ユリス様も暇を持て余していらっしゃるだろうと思いまして」
「めちゃくちゃ忙しいのでお気遣いなく」
こんな時に勉強なんてできるか。いらん気遣いを発揮するな。
どうやらカル先生は俺に教科書を押し付けに来ただけらしい。「じゃあ私は忙しいのでこれで」とにこやかに言い捨てると止める間もなくさっさと部屋を出て行った。なんて冷たい人だ。しかしカル先生が普通に出入りしているところをみるとどうにも緩い誘拐だな。なんだか気が抜けてしまう。
呆然としていると、カル先生と入れ替わるように外に控えていた白騎士さんふたりが入室してくる。
しかし先に入室した眼鏡の白騎士さんが「ちょっと待った」ともう一方を押し留めている。なんだ?
異変に気がついたらしいロニーも怪訝な顔をしている。
「中にふたり居ても仕方がない。君は外の見張りを頼むよ」
「え、でもそんな指示は」
「いいや、副隊長の指示だ。とにかく君は外を頼む」
小声でそんなやり取りをしていた白騎士さんたちは、結局ひとりが室内、ひとりが外ということで落ち着いたらしい。言い争いならよそでやれよ。
部屋に入ってきた方の白騎士さんは、雑にドアを閉めるとこちらを振り返った。眼鏡をかけた優しそうな白騎士さんは、なんだか見覚えのある顔をしていた。短めの茶髪に人当たりのいい笑顔はもう間違いない。
「アーー」
「ユリス様、いけません」
アロンじゃん! と勢いよく叫ぼうとした俺の口を背後から慌ててロニーが塞ぐ。
ゆったりとした足取りで近寄ってきたアロンは、俺と目線を合わせると唇の前で人差し指を立てた。静かにしろということらしい。こくこく頷くと、ようやくロニーが手を外してくれる。
「なんでいるの! 転職したの?」
「なぜ真っ先に転職が浮かぶのですか? 私ってそんなに信用ありません?」
驚きのあまりあり得ない選択肢をぽろりと口にしただけなのにアロンはやけに突っかかってくる。たぶん彼にも色々とあったのだろう。いつものきれいな微笑みではなく呆れ混じりの苦い顔をしていた。
「助けに来たんですよ」
「潜入したってこと⁉︎ スパイみたい!」
「それって褒めてます? それともおまえは信用ならない奴だと貶してます?」
なんだろう。今日のアロンはちょっと面倒だな。どういうことだろうと真顔でロニーを振り返れば、彼は静かに首を横に振った。どうやら気にするなということらしい。
「助けにきてくれたんでしょ? ありがとう」
「……いえ、どういたしまして」
もごもごと口篭ったアロンは、なぜかため息をつくと歯切れ悪く頭を下げる。
「とはいえすぐに脱出するのは不可能です。じきに迎えが来るはずなので気長に待ちましょう」
「迎えって?」
「おそらくブルース様が」
なるほど。よくわからんがブルース兄様が迎えに来る準備をしているらしい。場所が場所だけにすぐには来られないということだろう。
「じゃあアロンは何しに来たの?」
「……助けにきたのですが?」
器用に片眉を持ち上げてみせたアロンは、さっと表情を曇らせる。
「申し訳ありません。私がきたところでなんの役にも立ちませんよね。どうせユリス様も私のこと嘘付きの裏切りクソ野郎だと思っているのでしょう」
「お、思ってないよ。そんなこと。いまのはそういう意味じゃなくて」
「いいんです。わかってますから」
「いやだから、本当に思ってないってば」
今日のアロンはマジでどうしたのだろうか。
爽やかお兄さんが卑屈お兄さんに成り代わってしまっている。
てか本当にアロンだよな?
あまりの性格の激変に不信感が募る。そっとアロンの顔に手を伸ばして眼鏡を外してみた。もしかしたらよく似たそっくりさんかもしれない。眼鏡で誤魔化しているのかも。
「アロンだ」
「……アロンですよ」
急に眼鏡を奪った俺をどう思ったのか。アロンがわずかに動揺の色を見せた。俺の手から眼鏡を奪い去って慌ててかけ直す。すっと立ち上がったアロンは、いつもの柔和な笑みを浮かべていた。
「失礼致しました。潜入に少々手間取ってしまいましてね。大変お待たせしました」
「ううん、大丈夫」
「お怪我はありませんか、ユリス様」
「うん。ロニーも無事」
そこでアロンは初めてロニーを視界に入れた。
「あ、いたんだ」
「ずっと居ましたよ」
「そうか。なんだかよくわからんがよくやった」
「なんだかよくわからないのに褒めないでくださいよ」
へらへらと笑うアロンに、ロニーが生真面目に応答する。うーん。アロンのことはずっと真面目で優しいお兄さんだと思っていたが、ロニーと並ぶとそうでもないな。ロニーの方がしっかりしている気がする。
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