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32 知らない屋敷

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 華美な装飾が施された室内を呆然と眺める。

 サムによって連れ込まれたのは、豪華絢爛な建物の一室。広さ的にはユリスの部屋と同じくらいか。清掃が行き届いており、清潔なベッドも完備。どうやら備え付けの風呂とトイレもあるらしい。間違っても誘拐犯が子供を閉じ込めておく部屋ではないだろう。

「こちらの部屋はご自由にお使いください」

 ゆっくりと床に下ろされた俺は唖然とするしかない。変な扱いをされるよりはマシだが、こんなにも馬鹿丁寧に扱われるとなんだか怖い。なにが目的なんだ?

 少し遅れてロニーもやって来る。

「ここはーー」
「無用な詮索は不要です」

 ロニーの言葉をピシャリと遮って、サムは背後に佇む白い制服の騎士っぽい人たち(白騎士さんと呼ぼう)を見渡す。

「見張りは任せましたよ」
「はい、お任せください」

 そのままサムは一度も振り返ることなく部屋を出ていった。室内には白騎士さんふたりが残って入口の両脇に立っている。真正面から突破するのは難しそうだ。

 部屋の中央でぼけっとしていた俺は、ロニーが傍に膝を付いたことで我に帰った。

「ロニー」
「申し訳ございません、ユリス様。私がついていながら」
「あ、うん。お気になさらず」

 元を辿れば俺のいらん行動が原因なのでロニーを責める気はない。むしろここまで着いてきてくれてありがたい。けれどもロニーは己を責めているようだった。深刻な表情で唇を噛み締めている。

 それにしてもここはどこだ。キョロキョロしていると、ロニーが困ったようにそっと耳打ちしてくる。

「命の危険はないかと思います。迎えが来るまで気長に待ちましょう」
「迎え」

 思い浮かんだのはジャンとセドリック、それにアロン。ついでにブルース兄様も。

「とりあえず今日は休みましょう。ユリス様は何もご心配なく」

 ロニーに促されて就寝準備をする。夜もだいぶ更けている。そろそろ日付が変わった頃だろうか。窓の外は真っ暗だ。
 続きの小さめの部屋にはもうひとつベッドがあったので、多分そっちはロニーのための部屋だろう。

「大丈夫ですよ、私が側に控えておりますので。なにかありましたらお声がけ下さい」

 ロニーの優しい声にこくんと頷いておく。どうしようもなく不安で仕方がないが、俺にできることはない。だったらせめて体力を回復しておくべきだ。

 ロニーの言う通り、遅くとも朝にはジャンとセドリックが俺の不在に気がついて探してくれるだろう。ロニーの口ぶりからして、彼はここがどこだか心当たりがあるらしい。物々しい城のような巨大な屋敷だ。俺が知らないだけで結構有名な建物なのかもしれない。

 ロニーにおやすみと挨拶をしてベッドに潜り込む。高級そうな見た目に違わず肌触りが良くてふかふかだ。暖かな寝具に思わずあくびを噛み殺す。

 ゆるゆると眠気が襲ってくるが、心臓はばくばくと高鳴って興奮状態だ。眠いような、怖いような。ごっちゃになった頭の中は、しばらく落ち着きそうにない。

 室内で待機していた白騎士さんたちは、俺がベッドに潜り込むのを見計らって外に出て行ってくれた。でもドアの前で待機しているに違いない。ロニーは続きの部屋に引っ込んだので俺ひとりだ。

 俺は一体どういう状況に置かれているのだろうか。最悪の結果が思い浮かんでは消えていく。

「……ティアン」

 なんだか無性にあの口煩い偉そうな声を聞きたくなってきた。うざったいと邪険に扱っていたが、隣に居ないと落ち着かない。

 なんでこんな時にいないんだよ。今頃ティアンは呑気に寝ているのだろうか。間抜けな寝顔を想像して、なんだか今度は腹が立ってくる。こっちは死ぬほど怖い思いをしているっていうのになんなんだ。


※※※


「ユリス様」
「……んん?」

 瞼を刺激する光と耳朶をくすぐる柔らかい声を受けて徐々に意識が覚醒する。

「おはようございます」
「おはよー?」

 誰の声だっけ。ジャンでもセドリックでもない。ぱちぱちと目を瞬いて、状況を理解した俺は飛び起きた。ベッドの横に、いつも通り髪を括ったロニーがいた。

「朝食の準備ができているそうですよ」
「朝、食」

 え、朝食あるの? 誘拐されてんのに?

「それとお召し物はこちらを」

 なんと着替えまで用意されている。一瞥して高級とわかる白のブラウスだ。ロニーに手伝ってもらって着替えると、メイドさんらしき人が備え付けのテーブルセットに朝食を準備しているところだった。

 ドアの横には白騎士さんもいる。

「毒は入っていないと思いますよ」
「毒⁉︎」

 席の前で立ち尽くす俺を見兼ねてか、ロニーが眉尻を下げて予想外の一言を告げた。ど、毒かぁ。その可能性は考えていなかった。しかし相手は誘拐犯。騎士としてそのくらい警戒しなければならないのだろう。

 毒は入っていないというロニーの言葉を信じて手を付ける。普通に美味かった。

「あの、外行きたい」
「申し訳ありません」

 ダメ元で白騎士さんに懇願してみると、あっさり却下された。そりゃそうか。しかし危害を加えられる気配もなく、むしろ丁重にもてなされている感がある。ロニーも緊張してはいるが、命の危機的な心配はしていないらしい。

 そんな緩い誘拐に、俺はちょっとだけ気が抜ける。部屋に引き篭もって遊ぶのはいつものことだ。せっかくだからロニーとお喋りでもしよう。

 ようやく肩の力を抜いた俺は、うんと伸びをした。
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