冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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27 兄様との交渉

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 翌朝、朝食を終えた俺は早速ブルース兄様との交渉に赴くことにした。

 ちなみに俺の絶望的なマナーを知ったブルース兄様は近々俺にマナーの先生を付けようとしているらしい。困ったことだ。自分でもどうかと思うが勉強するのは大変そうでちょっと嫌だ。そして最近、セドリックが俺の食事風景を何か言いたげな表情で眺めていることに気がついた。うん、わかるよ。言いたいことはわかるよ。貴族の息子のくせにどういうマナーしてんだってことだろ。

 意気揚々とドアに近付いた俺に、ジャンが慌てたように駆け寄ってくる。すかさずドアを開きながら「どちらへ?」と首を傾げている。

「ちょっと用事」
「お供いたします」

 でしょうね。むしろジャンはお供しないという選択肢があるのかと問い詰めたい。俺がひとりになるためどれだけ頭を悩ませていると思っているのだ。

 当然のようにセドリックも続く。基本無表情で無口な彼だが、よく観察するとたまに瞳が揺れ動いていたりする。主に俺がいらんことをした時だ。

 まだ日中は陽射しのおかげで暖かいが、朝は冷える。ひんやりとした廊下を進んで、二階に上がる。階段に足をかけたあたりでジャンが表情を強張らせた。しかし積極的に何かを言われたわけでもないので無視した。

 ブルース兄様の部屋には一度呼ばれたから場所は把握済み。問題は肝心の兄様がいるかということだが、朝食後であるこの時間はまだいると信じたい。

 迷うことなく足を進める俺。目的地を察したらしいジャンがオドオドしているがいつものことだ。

 お目当ての部屋の前で立ち止まり、しばし思案する。中から物音は聞こえないが果たしているのか。まぁ、考えるだけ無駄か。

 躊躇なくドアノブに手を伸ばして回してみる。すんなり開いたドアであったが、すぐさまその隙間からアロンが顔を出した。

「おはようございます。ユリス様」
「おはよう」

 爽やかな笑みで応じたアロンは、背後のジャンとセドリックに目を遣って苦笑する。ジャンがぺこぺこ頭を下げている。

「ノックくらいしろ」

 中からブルース兄様の不機嫌な声が飛んでくる。マジでいつ会っても機嫌悪いな、この人。俺たちを部屋に招き入れたアロンは、壁際に控える。

「それで? こんな朝早くからなんの用だ」
「ちょっと相談があって」

 相談という単語に、兄様の眉間に皺がよる。

「なんだ言ってみろ」

 一応話は聞いてくれるらしく、応接用のソファーに向かい合って座った。偉そうに腕を組んだブルース兄様に、俺は直球でいくことにした。

「セドリックにちょっとお休みをあげたほうがいいと思って」

 セドリックの名前を出した途端、部屋の温度が少し下がった気がした。

「他に適任がいない。文句は受け付けんと言ったはずだが」
「文句は言ってないです。ジャンがいるから大丈夫」
「ジャンには荷が重い。だからセドリックを付けたのだが?」
「ジャンは大丈夫」
「なにがだ」

 話題の中心に出されたジャンは落ち着きなく視線を彷徨わせている。

「それにセドリックは働きすぎだと思います。休みも必要です。俺は、じゃない。僕はジャンだけで大丈夫なので」

 唐突にお母様の「僕と言いなさい」という強い言葉を思い出して一人称を訂正する。それを聞き流した兄様は露骨に怪訝な顔をした。

「なにを企んでいる」
「なにも」

 そのまま睨み合い。
 先に折れたのは俺の方だった。だって兄様の目力が強すぎるんだもん。さっと顔を伏せた俺に、呆れたような声が降ってくる。

「セドリックはたしかに口煩いかもしれないが、おまえには必要なことだ。もう十歳だろう。そろそろ成長すべきだ」
「俺はもう大人です。違う、僕。僕は大人」
「いや子供だろうが」

 ぴくりと片眉を持ち上げた兄様は「ところでさっきからなんなんだ。その僕っていうのは」と不思議そうに首を捻る。

「お母様が自分のことは僕って言いなさいと。ブルース兄様の真似しちゃダメ。はしたないからって」
「それは遠回しに俺がはしたないと言っているのか?」
「たぶん」
「おい」

 だってお母様の話をまとめるとそういうことだろ? こっちを睨まないでほしい。

 肩をすくめる俺を、アロンがくすりと笑う。

「大公妃様は、ブルース様の粗野な性格がお気に召さないようですね」
「誰が粗野だって?」

 仕切り直しの咳払いをして、ブルース兄様は「母上の話は聞き流せ」ととんでもない指示をする。確かにね、ユリスに対する甘やかし対応は度がすぎるけどね。でも一応ユリスの母親なので無下にはできない。

「とにかくセドリックのことは気にするな」
「無理です。お休み大事」

 だって俺のひとり時間がかかっている。ここで引き下がるわけにもいかない。そんな並々ならぬ思いを感じたのだろう。兄様は逡巡した後、壁際のセドリックに視線を投げた。

「こういうことらしいが、おまえはどうなんだ?」
「私のことはどうかお気になさらず。お気持ちだけ頂戴致します」

 畏まって一礼するセドリックは相変わらずだ。

「あいつもこう言ってるから気にするな」
「だから無理だって」

 諦めることなく立ち向かえば、ブルース兄様はますます怪訝な顔をする。

「やっぱり何か企んでいるだろう」
「企んでない」

 即答すれば兄様はあからさまに顔を顰めた。

「ジャン、セドリック。こいつのことよく見ておけよ」
「お任せくださいませ」

 なんてこった。逆に監視の目が強くなってしまった。兄様め! 余計なことをしてくれる。

「もういいです。今日のところは諦めてあげましょう」
「なんでそんな偉そうなんだ」
「大人の対応ってやつです。俺、じゃない僕は大人なので。兄様と違って」
「兄弟喧嘩なら買うが?」

 やれやれ。
 今日は一旦引き下がろう。
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