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24 親バカ
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「今日も可愛いわね、ユリス」
顔を合わせるなり俺をベタ褒めするのはもちろんお母様である。
この日、朝食後に部屋に突入して来たお母様はご機嫌に両手を合わせて俺を舐めるように見回している。対照的にジャンはカチコチに固まって恐縮している。母に付き添っていたメイドさんらしき人とセドリックは涼しい顔だ。
お母様はこの世界で大公妃という立場にあるらしい。最近思い付いたのだが、お母様が大公妃ならみんなが口を揃えて言っている大公様なる人物はユリスの父親なのではないだろうか。我ながら冴えた推理である。しかし面と向かって誰かに「大公様って俺の父親であってる?」なんて尋ねるわけにもいかない。下手をすれば家族関係にヒビが入りそうだ。
どうやらユリスは両親にひどく甘やかされているらしい。目の前で俺を大絶賛するお母様の言動からみて間違いない。
お母様は俺が立ち上がれば目を輝かせ、愛想笑いをみせれば可愛いを連発する。うん、親バカである。
そんな親バカもといお母様は俺の手を取って慈しむように撫で回す。照れくさいので早急におやめいただきたい。
「あのお母様」
「なにかしら」
「そのあんまり手を撫でられるのはちょっと。俺もいい歳ですし」
「あらまぁ」
目を丸くしたお母様はお綺麗な顔を僅かに歪めた。
「ついこの前まで僕って言っていたのに。最近じゃあすっかり俺なんて言うようになってしまって。ブルースの真似かしら?」
ユリスの一人称僕なんだ⁉︎
初めて知ったよ! なんで誰も教えてくれなかったんだよ!
「あ、いえ、あの。僕です。はい、僕です」
焦るあまり変な返答をしてしまった。冷や汗がたれる。前世では「俺」って言っていたからついそのままにしていた。失敗した。しかし子供が周囲の真似をして一人称を変えるなんてそんな不自然なことでもないだろう。現にお母様は、俺がブルース兄様の真似をして「俺」と言い始めたととんでもない解釈をしていらっしゃる。誤魔化せるのはありがたいが実に不愉快です。
「いつの間にかすっかり仲良くなっちゃって」
「そんなに仲が良いわけでは」
「そうなの?」
「はい」
よくわからんがブルース兄様と仲良しだと思われるのはなんとなく嫌だ。必死に否定すればお母様は「そう」と曖昧に微笑んだ。
「ところで最近はお勉強も頑張っているそうね」
「頑張ってます」
俺にしてはね。勉強嫌いの俺にしてはめちゃくちゃ頑張ってます。
「あんまり無理したらダメよ。嫌なことを無理に頑張る必要はないのだから」
「お母様……!」
なんて優しい人なんだ。ブルース兄様と大違いだ。こりゃあユリスも我儘になるよ。甘やかし方が尋常じゃないもん。
「いまの家庭教師が嫌になったらすぐに言いなさい。変えるから」
お母様……!
ブルース兄様が聞いたらブチ切れそうな言葉ですね!
それ以降もずっとユリスのことを褒めちぎったお母様は、ふと壁際のセドリックに目を向けた。満面の笑みから一転、仄暗い色が落ちる。
「ブルースは一体なにを考えているのかしら」
おそらくユリスがクビにした副団長をユリスの側に置くことに不安を抱いているらしい。
「いえ、俺は大丈夫です。セドリックはよくやってくれています」
先のパワハラ事件があるからな。少しでもセドリックの心証を良くしようと胸を張れば、お母様は嬉しそうに眉尻を下げた。
「なんて優しいのユリス。成長したのね」
「は、はい」
すぐさまお付きのメイドさんが駆け付けてハンカチを差し出す。どういう茶番でしょうか、これ。涙脆すぎませんか、お母様。いや、もしかしてユリスって相当ヤバい奴だったのか? どっちだこれは。
判断しかねる俺の手を取って、お母様はひとつ大きく頷いた。そして真剣に俺の目を覗き込んだ。
「でも自分のことは僕って言いなさい。ブルースの真似したらダメよ。はしたない」
「あ、はい」
お母様、目が怖いです。まさかこんなところでブルース兄様との共通点を発見できるとは。さすが親子。
「セドリック。ユリスのことは頼みましたよ」
「お任せくださいませ、大公妃様」
すっとお辞儀をしてみせたセドリックを満足気に眺めて、お母様は去って行った。
さてと。今日は授業もない。昨日は予習をしていないことをティアンにバラされて酷い目にあった。カル先生が「初っ端からサボるとは良い度胸ですね」と目を細めたのは軽くトラウマだ。眼鏡の奥が一切笑っていなかった。細身の学者先生という感じの見た目だったが、怒ると怖いらしい。
暇ではあるが、さすがに昨日の今日で騎士棟に顔を出すわけにはいかないだろう。しかしこの部屋でオロオロするジャンと無表情のセドリックを従えたまま張り詰めた空気を満喫するのは御免だ。
とりあえず外に出よう。
思い立った瞬間、俺は外に出る。いつものように庭で遊ぼう。ジャンはすぐ後ろを、セドリックは少し離れて付いてくる。庭が広大すぎてまだ全部は回れていない。さらには騎士棟の裏に森まであるというから驚きだ。
全員が無言という奇妙な散歩途中、丹念に手入れされた庭園に似合わない木を発見した。なんというか明らかに焦げている。小振りで葉が一枚もついておらず、全体的に色が黒い。初めは秋になり葉が落ちているのかとも思ったがどうやらそうではないらしい。明らかに燃えたような跡がある。
「この木どうしたの?」
落雷でもあって燃えたのだろうか?
首だけ動かしてジャンをみれば、彼はぎょっとした。
「……先の火事で燃えまして」
「え! 火事?」
めっちゃ大事じゃん。こんな火の気のない庭園で火事とは。もはや放火だろうか。物騒だな。
「誰かが燃やしたとか?」
興味本位で軽く尋ねれば、ジャンが唇を噛んだ。やがて決心したように声を絞り出す。
「……ユリス様が、その。はい。申し訳ございません」
またユリスかい!
頭を下げたまま微動だにしないジャンを申し訳なく思う。謝るのは俺の方です。変なこと言わせてすみません。
それにしても、ユリスは相当な悪ガキっぽいな。放火とか正気か? セドリックを解任した件といいろくな話を聞かない。なんだかブルース兄様がひどく俺を気にしているのも納得だ。
今更だがユリスの成り代わりって相当大変なんじゃなかろうか。
顔を合わせるなり俺をベタ褒めするのはもちろんお母様である。
この日、朝食後に部屋に突入して来たお母様はご機嫌に両手を合わせて俺を舐めるように見回している。対照的にジャンはカチコチに固まって恐縮している。母に付き添っていたメイドさんらしき人とセドリックは涼しい顔だ。
お母様はこの世界で大公妃という立場にあるらしい。最近思い付いたのだが、お母様が大公妃ならみんなが口を揃えて言っている大公様なる人物はユリスの父親なのではないだろうか。我ながら冴えた推理である。しかし面と向かって誰かに「大公様って俺の父親であってる?」なんて尋ねるわけにもいかない。下手をすれば家族関係にヒビが入りそうだ。
どうやらユリスは両親にひどく甘やかされているらしい。目の前で俺を大絶賛するお母様の言動からみて間違いない。
お母様は俺が立ち上がれば目を輝かせ、愛想笑いをみせれば可愛いを連発する。うん、親バカである。
そんな親バカもといお母様は俺の手を取って慈しむように撫で回す。照れくさいので早急におやめいただきたい。
「あのお母様」
「なにかしら」
「そのあんまり手を撫でられるのはちょっと。俺もいい歳ですし」
「あらまぁ」
目を丸くしたお母様はお綺麗な顔を僅かに歪めた。
「ついこの前まで僕って言っていたのに。最近じゃあすっかり俺なんて言うようになってしまって。ブルースの真似かしら?」
ユリスの一人称僕なんだ⁉︎
初めて知ったよ! なんで誰も教えてくれなかったんだよ!
「あ、いえ、あの。僕です。はい、僕です」
焦るあまり変な返答をしてしまった。冷や汗がたれる。前世では「俺」って言っていたからついそのままにしていた。失敗した。しかし子供が周囲の真似をして一人称を変えるなんてそんな不自然なことでもないだろう。現にお母様は、俺がブルース兄様の真似をして「俺」と言い始めたととんでもない解釈をしていらっしゃる。誤魔化せるのはありがたいが実に不愉快です。
「いつの間にかすっかり仲良くなっちゃって」
「そんなに仲が良いわけでは」
「そうなの?」
「はい」
よくわからんがブルース兄様と仲良しだと思われるのはなんとなく嫌だ。必死に否定すればお母様は「そう」と曖昧に微笑んだ。
「ところで最近はお勉強も頑張っているそうね」
「頑張ってます」
俺にしてはね。勉強嫌いの俺にしてはめちゃくちゃ頑張ってます。
「あんまり無理したらダメよ。嫌なことを無理に頑張る必要はないのだから」
「お母様……!」
なんて優しい人なんだ。ブルース兄様と大違いだ。こりゃあユリスも我儘になるよ。甘やかし方が尋常じゃないもん。
「いまの家庭教師が嫌になったらすぐに言いなさい。変えるから」
お母様……!
ブルース兄様が聞いたらブチ切れそうな言葉ですね!
それ以降もずっとユリスのことを褒めちぎったお母様は、ふと壁際のセドリックに目を向けた。満面の笑みから一転、仄暗い色が落ちる。
「ブルースは一体なにを考えているのかしら」
おそらくユリスがクビにした副団長をユリスの側に置くことに不安を抱いているらしい。
「いえ、俺は大丈夫です。セドリックはよくやってくれています」
先のパワハラ事件があるからな。少しでもセドリックの心証を良くしようと胸を張れば、お母様は嬉しそうに眉尻を下げた。
「なんて優しいのユリス。成長したのね」
「は、はい」
すぐさまお付きのメイドさんが駆け付けてハンカチを差し出す。どういう茶番でしょうか、これ。涙脆すぎませんか、お母様。いや、もしかしてユリスって相当ヤバい奴だったのか? どっちだこれは。
判断しかねる俺の手を取って、お母様はひとつ大きく頷いた。そして真剣に俺の目を覗き込んだ。
「でも自分のことは僕って言いなさい。ブルースの真似したらダメよ。はしたない」
「あ、はい」
お母様、目が怖いです。まさかこんなところでブルース兄様との共通点を発見できるとは。さすが親子。
「セドリック。ユリスのことは頼みましたよ」
「お任せくださいませ、大公妃様」
すっとお辞儀をしてみせたセドリックを満足気に眺めて、お母様は去って行った。
さてと。今日は授業もない。昨日は予習をしていないことをティアンにバラされて酷い目にあった。カル先生が「初っ端からサボるとは良い度胸ですね」と目を細めたのは軽くトラウマだ。眼鏡の奥が一切笑っていなかった。細身の学者先生という感じの見た目だったが、怒ると怖いらしい。
暇ではあるが、さすがに昨日の今日で騎士棟に顔を出すわけにはいかないだろう。しかしこの部屋でオロオロするジャンと無表情のセドリックを従えたまま張り詰めた空気を満喫するのは御免だ。
とりあえず外に出よう。
思い立った瞬間、俺は外に出る。いつものように庭で遊ぼう。ジャンはすぐ後ろを、セドリックは少し離れて付いてくる。庭が広大すぎてまだ全部は回れていない。さらには騎士棟の裏に森まであるというから驚きだ。
全員が無言という奇妙な散歩途中、丹念に手入れされた庭園に似合わない木を発見した。なんというか明らかに焦げている。小振りで葉が一枚もついておらず、全体的に色が黒い。初めは秋になり葉が落ちているのかとも思ったがどうやらそうではないらしい。明らかに燃えたような跡がある。
「この木どうしたの?」
落雷でもあって燃えたのだろうか?
首だけ動かしてジャンをみれば、彼はぎょっとした。
「……先の火事で燃えまして」
「え! 火事?」
めっちゃ大事じゃん。こんな火の気のない庭園で火事とは。もはや放火だろうか。物騒だな。
「誰かが燃やしたとか?」
興味本位で軽く尋ねれば、ジャンが唇を噛んだ。やがて決心したように声を絞り出す。
「……ユリス様が、その。はい。申し訳ございません」
またユリスかい!
頭を下げたまま微動だにしないジャンを申し訳なく思う。謝るのは俺の方です。変なこと言わせてすみません。
それにしても、ユリスは相当な悪ガキっぽいな。放火とか正気か? セドリックを解任した件といいろくな話を聞かない。なんだかブルース兄様がひどく俺を気にしているのも納得だ。
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