18 / 577
18 訓練場
しおりを挟む
突然だが、俺は男の長髪が好きだったりする。後ろで大雑把に括ってあるとなお良い。
前世ではアニメキャラの長髪に憧れていたりしたものだが、いかんせん高校生だった俺が長髪にするのは無理な話だった。せめて目の保養にとリアル長髪男子を探したりもしたのだが、家の周囲では発見できなかった苦い思い出がある。
だがしかし! ここは異世界である!
建物の影で息を潜める俺を、ティアンが怪訝な顔で見下ろしている。
「一応訊きますが、何をしていらっしゃるのでしょうか」
「騎士の観察」
「騎士というより、特定の人物を追い回しているように見えるのですが。僕の気のせいですか?」
偉そうに腕を組んで、ティアンはぐっと眉間に皺を寄せた。最近、なんだかティアンが口煩い。まるで俺の行動を監視するように小言を呈してくる。もしかして騎士に憧れるあまり身近なブルース兄様の真似でもしているのだろうか。何度でも言おう。ブルース兄様は騎士ではないと。
今日は家庭教師の授業はお休み。勉強はしたくないと俺が駄々を捏ねた結果、週に四日はお休みという好待遇をゲットしたのだ。我ながら非常にいい仕事をした。
とはいえカル先生は他所の家でも家庭教師として勤めているらしく毎日うちに来るのは不可能だったというだけの話である。
しかし当初せめて週に四日は勉強しろというブルース兄様に対して、勉強は三日で良いとごねたのは間違いなく俺の功績である。
渋い顔をしていた兄様だったが、俺(というより本物のユリス)の数々の愚行を思い出したのだろう。勉強してくれるだけマシということで折れてくれた。とはいえ今後カル先生を勝手に解雇しないという約束をさせられた点では俺も多少なりとも折れたといえる。
ということで本日は勉強お休みの日である。午前中は相変わらず無言の元副団長さんを従えて家の中を探検していた。
そうして午後。
ティアンがやって来るなり俺は屋敷の裏手に位置する騎士団の訓練場へと向かったのだった。ここに来るのは初めてである。
どうやら本日、ブルース兄様はお仕事があるとかで訓練には参加していない。晴れて騎士団見学を実行できる運びとなったのだ。
行き来する騎士たちは訓練場ということもあり剣を振ったり、走り込みをしていたりする。筋肉ばっちりの男たちが野太い声と共に鍛錬に集中する様は、俺のテンションを上げるには十分だった。
「かっこいいね、ティアン!」
「そうですね」
知らない顔が多い騎士たちの中に突っ込んでいく度胸がなかった俺たちは、脇に植えられた木々の影から様子を伺っていた。
興奮気味に振り返れば、何故か誇らしげなティアンがいた。
「父上は優秀な騎士ですからね」
どうやらティアンの目は、騎士たちの前で指導にあたる父親クレイグに注がれているらしい。
確かに。団長というだけあって一段とかっこいい。
ふと思い出して俺たちの少し後ろに控えている男を見る。この人は元副団長だ。本来であればクレイグの隣で指導にあたっていてもおかしくはない立場である。なにがあって元という肩書きになったのかは知らないが、周囲の反応を見るに安易に触れてはいけないことのようだ。
無表情で訓練場の騎士たちを眺めていた男だが、すかさず俺の視線を察知すると少し目を伏せる。基本的に声を発することはなく、従者としての仕事もそつなくこなすが、何故か視線が合うことはあまりない。意図的に避けられているのだ。なんか傷付く。
「見てくださいユリス様。父上が剣を振りますよ」
ティアンに袖を引かれて前に向き直る。言葉通り、クレイグ団長が手本を披露しているようだった。騎士たちが熱心に耳を傾けている。
「僕も早く立派な騎士になりたいです」
熱のこもった声で呟くティアンの頬はわずかに上気していた。
そうして隠れて騎士たちの訓練を見学していた時である。俺は唐突に視界を掠めた長髪に目を奪われたというわけである。
赤みの強い茶髪をゆるく後ろで括った男は、剣を手に素振りに勤しんでいた。動くたびに揺れ動く長髪に、俺は釘付けとなった。
白状しよう。あまりにも夢中になりすぎたかもしれない。
よく見ようと近くの建物の影に身を潜めたあたりからティアンが渋い顔をしている。
「誰を見ているんですか。父上を見てくださいよ」
「ファザコンかよ」
「? なんですか?」
「なんでもない」
こんな会話をしている時でも、俺の目は長髪さんから動かない。いや、かっこよ。
なにあれ。長髪男子ってだけでカッコいいのにその上剣を振るうとか最高じゃん。ヤバイ、ずっと見ていられる。顔がニヤける。
ふふっとひとり笑っていると、ようやく視線の行き先を理解したらしいティアンが首を傾げる。
「あの男がどうしたんですか」
「カッコいい!」
「は?」
ティアンの口から漏れたのはちょっと強めの「は?」だった。
「ちょっと待ってください。確かアロン殿のことを気に入っていたのでは?」
「アロンは優しい。あの人はカッコいい」
「具体的には。どこがカッコいいんですか」
前のめりで尋ねてくるな。
ぐいっとこちらに顔を近づけたティアンを押し返して、俺は長髪男子くんの魅力を伝えようと口を開いた。
「髪」
「え?」
「髪の毛が長い。カッコいい」
「……そんな理由で?」
すっとティアンの表情が冷める。
「意味のわからない理由で人に好意を抱かないでください。なんですか、髪が長いからって。髪が長ければ誰でもいいんですか」
「ちょっとうるさいって」
ムキになったらしいティアンは、声を張り上げる。一応こそこそと見学をしている身である。できれば見つかりたくないので大声を出さないで欲しい。幸いにも、騎士たちの掛け声にかき消されてティアンの声はあちらまで届かなかったらしい。
やがてひときわ騎士たちの声が大きくなる。どうやら二人組で打ち合いの練習を始めたようだ。練習とはいえ剣を振るっての戦いである。金属が擦れる音が響く。騎士っぽい動きに思わず魅入っていた俺の前に、すっと腕が差し出された。
「……ユリス様。剣が飛んでくると危ないので、そろそろ戻りましょう」
びっくりして顔を上げると、相変わらず無表情の元副団長さんが庇うように佇んでいた。
「……喋った」
驚愕のあまり呆然と呟けば、元副団長さんは微かに眉を寄せた。
前世ではアニメキャラの長髪に憧れていたりしたものだが、いかんせん高校生だった俺が長髪にするのは無理な話だった。せめて目の保養にとリアル長髪男子を探したりもしたのだが、家の周囲では発見できなかった苦い思い出がある。
だがしかし! ここは異世界である!
建物の影で息を潜める俺を、ティアンが怪訝な顔で見下ろしている。
「一応訊きますが、何をしていらっしゃるのでしょうか」
「騎士の観察」
「騎士というより、特定の人物を追い回しているように見えるのですが。僕の気のせいですか?」
偉そうに腕を組んで、ティアンはぐっと眉間に皺を寄せた。最近、なんだかティアンが口煩い。まるで俺の行動を監視するように小言を呈してくる。もしかして騎士に憧れるあまり身近なブルース兄様の真似でもしているのだろうか。何度でも言おう。ブルース兄様は騎士ではないと。
今日は家庭教師の授業はお休み。勉強はしたくないと俺が駄々を捏ねた結果、週に四日はお休みという好待遇をゲットしたのだ。我ながら非常にいい仕事をした。
とはいえカル先生は他所の家でも家庭教師として勤めているらしく毎日うちに来るのは不可能だったというだけの話である。
しかし当初せめて週に四日は勉強しろというブルース兄様に対して、勉強は三日で良いとごねたのは間違いなく俺の功績である。
渋い顔をしていた兄様だったが、俺(というより本物のユリス)の数々の愚行を思い出したのだろう。勉強してくれるだけマシということで折れてくれた。とはいえ今後カル先生を勝手に解雇しないという約束をさせられた点では俺も多少なりとも折れたといえる。
ということで本日は勉強お休みの日である。午前中は相変わらず無言の元副団長さんを従えて家の中を探検していた。
そうして午後。
ティアンがやって来るなり俺は屋敷の裏手に位置する騎士団の訓練場へと向かったのだった。ここに来るのは初めてである。
どうやら本日、ブルース兄様はお仕事があるとかで訓練には参加していない。晴れて騎士団見学を実行できる運びとなったのだ。
行き来する騎士たちは訓練場ということもあり剣を振ったり、走り込みをしていたりする。筋肉ばっちりの男たちが野太い声と共に鍛錬に集中する様は、俺のテンションを上げるには十分だった。
「かっこいいね、ティアン!」
「そうですね」
知らない顔が多い騎士たちの中に突っ込んでいく度胸がなかった俺たちは、脇に植えられた木々の影から様子を伺っていた。
興奮気味に振り返れば、何故か誇らしげなティアンがいた。
「父上は優秀な騎士ですからね」
どうやらティアンの目は、騎士たちの前で指導にあたる父親クレイグに注がれているらしい。
確かに。団長というだけあって一段とかっこいい。
ふと思い出して俺たちの少し後ろに控えている男を見る。この人は元副団長だ。本来であればクレイグの隣で指導にあたっていてもおかしくはない立場である。なにがあって元という肩書きになったのかは知らないが、周囲の反応を見るに安易に触れてはいけないことのようだ。
無表情で訓練場の騎士たちを眺めていた男だが、すかさず俺の視線を察知すると少し目を伏せる。基本的に声を発することはなく、従者としての仕事もそつなくこなすが、何故か視線が合うことはあまりない。意図的に避けられているのだ。なんか傷付く。
「見てくださいユリス様。父上が剣を振りますよ」
ティアンに袖を引かれて前に向き直る。言葉通り、クレイグ団長が手本を披露しているようだった。騎士たちが熱心に耳を傾けている。
「僕も早く立派な騎士になりたいです」
熱のこもった声で呟くティアンの頬はわずかに上気していた。
そうして隠れて騎士たちの訓練を見学していた時である。俺は唐突に視界を掠めた長髪に目を奪われたというわけである。
赤みの強い茶髪をゆるく後ろで括った男は、剣を手に素振りに勤しんでいた。動くたびに揺れ動く長髪に、俺は釘付けとなった。
白状しよう。あまりにも夢中になりすぎたかもしれない。
よく見ようと近くの建物の影に身を潜めたあたりからティアンが渋い顔をしている。
「誰を見ているんですか。父上を見てくださいよ」
「ファザコンかよ」
「? なんですか?」
「なんでもない」
こんな会話をしている時でも、俺の目は長髪さんから動かない。いや、かっこよ。
なにあれ。長髪男子ってだけでカッコいいのにその上剣を振るうとか最高じゃん。ヤバイ、ずっと見ていられる。顔がニヤける。
ふふっとひとり笑っていると、ようやく視線の行き先を理解したらしいティアンが首を傾げる。
「あの男がどうしたんですか」
「カッコいい!」
「は?」
ティアンの口から漏れたのはちょっと強めの「は?」だった。
「ちょっと待ってください。確かアロン殿のことを気に入っていたのでは?」
「アロンは優しい。あの人はカッコいい」
「具体的には。どこがカッコいいんですか」
前のめりで尋ねてくるな。
ぐいっとこちらに顔を近づけたティアンを押し返して、俺は長髪男子くんの魅力を伝えようと口を開いた。
「髪」
「え?」
「髪の毛が長い。カッコいい」
「……そんな理由で?」
すっとティアンの表情が冷める。
「意味のわからない理由で人に好意を抱かないでください。なんですか、髪が長いからって。髪が長ければ誰でもいいんですか」
「ちょっとうるさいって」
ムキになったらしいティアンは、声を張り上げる。一応こそこそと見学をしている身である。できれば見つかりたくないので大声を出さないで欲しい。幸いにも、騎士たちの掛け声にかき消されてティアンの声はあちらまで届かなかったらしい。
やがてひときわ騎士たちの声が大きくなる。どうやら二人組で打ち合いの練習を始めたようだ。練習とはいえ剣を振るっての戦いである。金属が擦れる音が響く。騎士っぽい動きに思わず魅入っていた俺の前に、すっと腕が差し出された。
「……ユリス様。剣が飛んでくると危ないので、そろそろ戻りましょう」
びっくりして顔を上げると、相変わらず無表情の元副団長さんが庇うように佇んでいた。
「……喋った」
驚愕のあまり呆然と呟けば、元副団長さんは微かに眉を寄せた。
715
お気に入りに追加
3,003
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
氷の華を溶かしたら
こむぎダック
BL
ラリス王国。
男女問わず、子供を産む事ができる世界。
前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。
ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。
そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。
その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。
初恋を拗らせたカリストとシェルビー。
キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
なんで俺の周りはイケメン高身長が多いんだ!!!!
柑橘
BL
王道詰め合わせ。
ジャンルをお確かめの上お進み下さい。
7/7以降、サブストーリー(土谷虹の隣は決まってる!!!!)を公開しました!!読んでいただけると嬉しいです!
※目線が度々変わります。
※登場人物の紹介が途中から増えるかもです。
※火曜日20:00
金曜日19:00
日曜日17:00更新
総長の彼氏が俺にだけ優しい
桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、
関東で最強の暴走族の総長。
みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。
そんな日常を描いた話である。
とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~
無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。
自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる