冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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18 訓練場

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 突然だが、俺は男の長髪が好きだったりする。後ろで大雑把に括ってあるとなお良い。
 前世ではアニメキャラの長髪に憧れていたりしたものだが、いかんせん高校生だった俺が長髪にするのは無理な話だった。せめて目の保養にとリアル長髪男子を探したりもしたのだが、家の周囲では発見できなかった苦い思い出がある。

 だがしかし! ここは異世界である!

 建物の影で息を潜める俺を、ティアンが怪訝な顔で見下ろしている。

「一応訊きますが、何をしていらっしゃるのでしょうか」
「騎士の観察」
「騎士というより、特定の人物を追い回しているように見えるのですが。僕の気のせいですか?」

 偉そうに腕を組んで、ティアンはぐっと眉間に皺を寄せた。最近、なんだかティアンが口煩い。まるで俺の行動を監視するように小言を呈してくる。もしかして騎士に憧れるあまり身近なブルース兄様の真似でもしているのだろうか。何度でも言おう。ブルース兄様は騎士ではないと。

 今日は家庭教師の授業はお休み。勉強はしたくないと俺が駄々を捏ねた結果、週に四日はお休みという好待遇をゲットしたのだ。我ながら非常にいい仕事をした。
 とはいえカル先生は他所の家でも家庭教師として勤めているらしく毎日うちに来るのは不可能だったというだけの話である。

 しかし当初せめて週に四日は勉強しろというブルース兄様に対して、勉強は三日で良いとごねたのは間違いなく俺の功績である。

 渋い顔をしていた兄様だったが、俺(というより本物のユリス)の数々の愚行を思い出したのだろう。勉強してくれるだけマシということで折れてくれた。とはいえ今後カル先生を勝手に解雇しないという約束をさせられた点では俺も多少なりとも折れたといえる。

 ということで本日は勉強お休みの日である。午前中は相変わらず無言の元副団長さんを従えて家の中を探検していた。

 そうして午後。
 ティアンがやって来るなり俺は屋敷の裏手に位置する騎士団の訓練場へと向かったのだった。ここに来るのは初めてである。

 どうやら本日、ブルース兄様はお仕事があるとかで訓練には参加していない。晴れて騎士団見学を実行できる運びとなったのだ。

 行き来する騎士たちは訓練場ということもあり剣を振ったり、走り込みをしていたりする。筋肉ばっちりの男たちが野太い声と共に鍛錬に集中する様は、俺のテンションを上げるには十分だった。

「かっこいいね、ティアン!」
「そうですね」

 知らない顔が多い騎士たちの中に突っ込んでいく度胸がなかった俺たちは、脇に植えられた木々の影から様子を伺っていた。
 興奮気味に振り返れば、何故か誇らしげなティアンがいた。

「父上は優秀な騎士ですからね」

 どうやらティアンの目は、騎士たちの前で指導にあたる父親クレイグに注がれているらしい。

 確かに。団長というだけあって一段とかっこいい。

 ふと思い出して俺たちの少し後ろに控えている男を見る。この人は元副団長だ。本来であればクレイグの隣で指導にあたっていてもおかしくはない立場である。なにがあってという肩書きになったのかは知らないが、周囲の反応を見るに安易に触れてはいけないことのようだ。

 無表情で訓練場の騎士たちを眺めていた男だが、すかさず俺の視線を察知すると少し目を伏せる。基本的に声を発することはなく、従者としての仕事もそつなくこなすが、何故か視線が合うことはあまりない。意図的に避けられているのだ。なんか傷付く。

「見てくださいユリス様。父上が剣を振りますよ」

 ティアンに袖を引かれて前に向き直る。言葉通り、クレイグ団長が手本を披露しているようだった。騎士たちが熱心に耳を傾けている。

「僕も早く立派な騎士になりたいです」

 熱のこもった声で呟くティアンの頬はわずかに上気していた。

 そうして隠れて騎士たちの訓練を見学していた時である。俺は唐突に視界を掠めた長髪に目を奪われたというわけである。

 赤みの強い茶髪をゆるく後ろで括った男は、剣を手に素振りに勤しんでいた。動くたびに揺れ動く長髪に、俺は釘付けとなった。

 白状しよう。あまりにも夢中になりすぎたかもしれない。
 よく見ようと近くの建物の影に身を潜めたあたりからティアンが渋い顔をしている。

「誰を見ているんですか。父上を見てくださいよ」
「ファザコンかよ」
「? なんですか?」
「なんでもない」

 こんな会話をしている時でも、俺の目は長髪さんから動かない。いや、かっこよ。
 なにあれ。長髪男子ってだけでカッコいいのにその上剣を振るうとか最高じゃん。ヤバイ、ずっと見ていられる。顔がニヤける。

 ふふっとひとり笑っていると、ようやく視線の行き先を理解したらしいティアンが首を傾げる。

「あの男がどうしたんですか」
「カッコいい!」
「は?」

 ティアンの口から漏れたのはちょっと強めの「は?」だった。

「ちょっと待ってください。確かアロン殿のことを気に入っていたのでは?」
「アロンは優しい。あの人はカッコいい」
「具体的には。どこがカッコいいんですか」

 前のめりで尋ねてくるな。
 ぐいっとこちらに顔を近づけたティアンを押し返して、俺は長髪男子くんの魅力を伝えようと口を開いた。

「髪」
「え?」
「髪の毛が長い。カッコいい」
「……そんな理由で?」

 すっとティアンの表情が冷める。

「意味のわからない理由で人に好意を抱かないでください。なんですか、髪が長いからって。髪が長ければ誰でもいいんですか」
「ちょっとうるさいって」

 ムキになったらしいティアンは、声を張り上げる。一応こそこそと見学をしている身である。できれば見つかりたくないので大声を出さないで欲しい。幸いにも、騎士たちの掛け声にかき消されてティアンの声はあちらまで届かなかったらしい。

 やがてひときわ騎士たちの声が大きくなる。どうやら二人組で打ち合いの練習を始めたようだ。練習とはいえ剣を振るっての戦いである。金属が擦れる音が響く。騎士っぽい動きに思わず魅入っていた俺の前に、すっと腕が差し出された。

「……ユリス様。剣が飛んでくると危ないので、そろそろ戻りましょう」

 びっくりして顔を上げると、相変わらず無表情の元副団長さんが庇うように佇んでいた。

「……喋った」

 驚愕のあまり呆然と呟けば、元副団長さんは微かに眉を寄せた。
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