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16 魔法

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「そういえば、明日から新しい家庭教師が来るそうですよ。これで何人目ですか?」
「知らんけど」

 早速庭に行こうとする俺を引き留めるようにティアンが疑問を呈する。そのまま椅子に腰掛けようとするティアンは、もしや庭遊びに消極的なのだろうか。そんなまさか。

「そろそろ真面目にお勉強した方がいいですよ」

 もしかしてティアンって口うるさいタイプか? 小言をもらうのはブルース兄様だけで十分だ。勉強云々の話を聞き流して、俺はドアに手をかける。

「え、どこ行くんですか?」
「庭だけど」

 途端にティアンが嫌そうな顔をする。こいつ子供のくせに庭遊び嫌いなの? 信じられない。

「昨日の騒ぎがあったのにですか? 懲りないですね」
「騒ぎって」

 確かに大事にはなったけど。さすがにあの緊急ブザーはもう軽率に押さないから大丈夫だ。しかしティアンは動こうとしない。無口な騎士さんは俺らのやり取りを無言で見守っている。

「それよりユリス様。読書でもしませんか? 面白い本を持って来たんですよ」
「興味ない」
「じゃあお勉強でもします? 簡単なものなら僕でも教えられますよ」
「絶対に嫌」

 子供に教わるとか屈辱的すぎる。これでも中身は高校生なんだ。小学生か中学生くらいの子供に教えを乞うなんて嫌すぎる。露骨に顔を顰めてやると、ティアンがやれやれと肩を竦めた。大変偉そうな態度である。

「じゃあ今日はお部屋で遊びましょう」
「ふ」
「噴水は絶対にダメです」

 先越された。
 てかなんだよ、その仕方がないからこっちが折れてやろう的な態度。

 ドアノブを握ったまま立ち尽くす俺の側に歩み寄ってきたティアンは、そっと俺の手をノブから離そうとしてくる。反射的に力を込めて抵抗するが、さすが年上。力が強い。そういえば騎士を目指しているとか言っていたな。

 そこまで考えて俺はハッとする。あの緊急ブザー事件のごたごたで有耶無耶になっていたが、確かこの世界には魔法があると言っていた!

「ティアン!」
「……嫌な予感がしますね」

 勢いよく振り返った俺に、ティアンが露骨に面倒くさいという素振りをみせる。失礼な奴だ。

「ティアンは魔法使える?」
「魔法、ですか?」

 ゆるく首を傾げたティアンは「使えますけど」とあっさり肯定した。

「みせて!」
「え? なんでですか」

 困惑するティアンは、抜かりなく俺をドアから引き離すと壁際の騎士さんをちらりと見遣った。

「そんなもの見て面白いですか?」
「面白い」
「はぁ、そうですか」

 明らかにやる気のないティアンであるが、外遊びよりもマシだと思ったのだろう。「少しだけですよ」と前置きしてから渋々魔法を見せてくれることになった。

「特別珍しいものでもないと思いますが」

 そう言ったティアンはなにやら両手を組むと意識を集中する。そうして次に手を離したときには、掌から小さな炎が上がっていた。

「おぉ!」
「こんなの見て面白いですか?」

 面白いに決まっている。なんせ魔法なんて初めてだ。しかしティアンはまったくわからないと小首を傾げている。

「他には?」
「え? これだけですけど」

 素っ気なく答えたティアンは、小さな炎を包み込むように両手を合わせて早々に火を消してしまう。どうやら乗り気ではないらしい。

「そもそも魔法なんてあんまり役に立ちませんし」
「すごく便利じゃん」
「あればちょっと便利だな、程度ですよ」

 そんなことある? なんだかティアンの魔法に対する評価が低すぎる。何もないところから炎を生み出すなんてそれだけですごいというのに。

「やっぱり騎士も魔法使って戦ったりするの」
「しませんよ、そんなこと」

 え?
 目を見開く俺に、ティアンは形の良い眉を顰める。

「そもそもこんな小さな炎でどうやって戦うんですか。せいぜい相手にちょっとした火傷を負わせるくらいですよ。まぁそれも難しいと思いますけど」
「いやいや。もっと威力を高めればさ」
「そんなのおとぎ話の中だけですよ」

 ファンタジー世界の住人がなにか言ってやがる。

「え、でもすごく強い人はもっと強い魔法使えるんじゃ」
「ユリス様。現実を見てください。そんなことはあり得ません」

 きっぱり言い切ったティアンが嘘を言っているようにはみえない。
 えっと、これはつまり。

「魔法なんてあってもなくても変わりません。実戦においては剣が一番です」

 な、なんか思ってたんと違う。
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