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12 遊び相手
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俺がユリスに成り代わってから六日程が経過した。非常に順調である。たぶん。
「昼食後、ブルース様のお部屋に来るようにと言付かっております」
すっかり昼食が終わってダラダラしていた俺に、ジャンが告げた。そういうことはもっと早く言えよ。こっちには心の準備とか色々やることがあるってのに。
じっとジャンを見上げると、わかりやすく彼は表情を強張らせる。
「……わかった」
先日ブルース兄様になにか言われたのか、あれきりジャンがナイフを差し出してくることはない。しかし相変わらずビクビクしているので彼との付き合い方はいまだ模索中である。なんて難しい性格なんだ。
重い腰を上げて歩き出せば、すかさずジャンがドアを開ける。そうして廊下に出たところで、俺の足はぴたりと止まった。
「ユリス様?」
不思議そうなジャンを振り返る。
「ブルース兄様の部屋ってどこだっけ?」
「二階でございます」
うん。やはり持つべきものは優秀な従者だ。特に疑問を呈することもなくジャンは案内役をかってでてくれる。
そうして辿り着いたのは二階の一番奥に位置する部屋だった。重厚なドアを前にして、俺はしばし動きを止める。
後ろからドアをノックしようとするジャンの腕を反射的に掴めば、彼はびくりと大袈裟に肩を揺らした。
「も、申し訳ありません」
「いや謝らなくてもいいんだけど」
「え」
ぎょっとするジャンは一体俺をなんだと思っているのか。確かにユリスはジャンの主人なのだろうが、中身はただの子供である。ビビりすぎでは?
「ユリス様は、その」
「ん?」
珍しく言葉を濁したジャンが、真っ直ぐに俺の目をみたそのとき。
「なにしてるんですか? こんなところで」
唐突に開いたドアから顔を覗かせたアロンが小さく笑った。
「ユリス様。外に突っ立ってないで、どうぞ中へ」
さっと俺を中に誘導するアロンは、にこにこと人のいい笑みを浮かべている。アロンはブルース兄様お付きの騎士らしい。よくわからないが、常にブルース兄様のそばにいる。あんな偏屈なお兄様の相手をさせられてさぞかし苦労しているに違いない。可哀想に。
「今日は何をされてたんですか?」
「庭で遊んだ」
「最近外遊びがお好きなんですね。健康的でいいですね」
会話のままならないジャンと違ってアロンは気さくに話しかけてくれる。対応も優しい。だからついつい後を付いていくとブルース兄様の機嫌が急降下する。
「おい、アロン。あんまりユリスを甘やかすな」
「失礼な。ちょっとお話してただけですよね。ユリス様?」
こくんと頷けば、部屋の応接用ソファーに偉そうに腰掛けていたブルース兄様が腕を組んだ。
「いつの間に仲良くなったんだか」
庭で遊んでるときかな。
どこからともなく現れるアロンは、俺に微笑むとちょっとした世間話をしてから去っていくのが常だ。人の顔を見るなり眉を顰めるどこぞのお兄様とはえらい違いだ。
「まぁいい。こっちに来い」
ぞんざいに手招きされて、仕方がなく近寄っていく。そのとき、ふんぞり返るブルース兄様の後ろに控える少年に気がついた。
じっとこちらをうかがう彼は、俺と目が合うなり小さく頭を下げた。誰だろう?
俺の視線を追ったブルース兄様が、件の少年を指し示す。
「おまえの遊び相手だ。好きに使え」
「初めまして、ユリス様。クレイグの息子のティアンです。どうぞよろしくお願いします」
色素の薄い青みがかった髪を肩の辺りで切り揃えた少年は、同じく薄青の目をしていた。不思議な色をした瞳をじっと覗き込んでいると、話は終わりとばかりにブルース兄様が立ち上がった。
待て待て。急に話を切り上げるな。
というか誰なんだよ、クレイグさん。そんないきなり紹介されても「あー、あのクレイグさんとこの息子さんね」とはならない。なんせ俺にはユリスの記憶がないので。
それに眼前の少年はどうみても小学生くらいだ。もしかしたら中学生の可能性もあるが、どうだろう。とにかくそれくらい小さい子供だった。
「なんだ。なにか不満でも?」
動かない俺に業を煮やしたらしいブルース兄様は、大股でこちらに歩み寄ってくる。その後に、ティアンが続く。
「えっと、大丈夫です。俺のことはお構いなく」
「なにがお構いなくだ。遊び相手を用意してやったんだ。もっと喜べ」
喜びを強要するのは良くないと思います。ブルース兄様。
「一体なにが不満だ。顔か?」
「そうじゃないです」
前々から疑問だったのだが俺はどういう奴だと思われているのだろうか。
ティアンが困ったように小首を傾げている。色白の美少年といった感じだ。ユリスには劣るかもしれないがイケメンの部類だと思う。顔に文句はない。
「だったらなんだ」
強い口調の兄様に気圧されて、俺は渋々口を開く。
「その、小さい子の相手はあんまり得意じゃないので」
「小さい子……」
変な顔をするブルース兄様の横で、ティアンが口元を押さえて呟く。なぜか顔を背けたアロンが小さく肩を震わせていた。
「なんでおまえがティアンの面倒をみるつもりでいるんだ。どう考えてもおまえが面倒をみてもらう側だろう」
「俺は大人なので」
「十歳児が何言ってやがる。というかどう見てもティアンの方が年上だろうが」
額を押さえたブルース兄様は、ティアンの方へと向き直った。
「頼んだぞ、ティアン」
「はい。お任せください、ブルース様」
だから俺、小学生との遊び方わからないって。
「昼食後、ブルース様のお部屋に来るようにと言付かっております」
すっかり昼食が終わってダラダラしていた俺に、ジャンが告げた。そういうことはもっと早く言えよ。こっちには心の準備とか色々やることがあるってのに。
じっとジャンを見上げると、わかりやすく彼は表情を強張らせる。
「……わかった」
先日ブルース兄様になにか言われたのか、あれきりジャンがナイフを差し出してくることはない。しかし相変わらずビクビクしているので彼との付き合い方はいまだ模索中である。なんて難しい性格なんだ。
重い腰を上げて歩き出せば、すかさずジャンがドアを開ける。そうして廊下に出たところで、俺の足はぴたりと止まった。
「ユリス様?」
不思議そうなジャンを振り返る。
「ブルース兄様の部屋ってどこだっけ?」
「二階でございます」
うん。やはり持つべきものは優秀な従者だ。特に疑問を呈することもなくジャンは案内役をかってでてくれる。
そうして辿り着いたのは二階の一番奥に位置する部屋だった。重厚なドアを前にして、俺はしばし動きを止める。
後ろからドアをノックしようとするジャンの腕を反射的に掴めば、彼はびくりと大袈裟に肩を揺らした。
「も、申し訳ありません」
「いや謝らなくてもいいんだけど」
「え」
ぎょっとするジャンは一体俺をなんだと思っているのか。確かにユリスはジャンの主人なのだろうが、中身はただの子供である。ビビりすぎでは?
「ユリス様は、その」
「ん?」
珍しく言葉を濁したジャンが、真っ直ぐに俺の目をみたそのとき。
「なにしてるんですか? こんなところで」
唐突に開いたドアから顔を覗かせたアロンが小さく笑った。
「ユリス様。外に突っ立ってないで、どうぞ中へ」
さっと俺を中に誘導するアロンは、にこにこと人のいい笑みを浮かべている。アロンはブルース兄様お付きの騎士らしい。よくわからないが、常にブルース兄様のそばにいる。あんな偏屈なお兄様の相手をさせられてさぞかし苦労しているに違いない。可哀想に。
「今日は何をされてたんですか?」
「庭で遊んだ」
「最近外遊びがお好きなんですね。健康的でいいですね」
会話のままならないジャンと違ってアロンは気さくに話しかけてくれる。対応も優しい。だからついつい後を付いていくとブルース兄様の機嫌が急降下する。
「おい、アロン。あんまりユリスを甘やかすな」
「失礼な。ちょっとお話してただけですよね。ユリス様?」
こくんと頷けば、部屋の応接用ソファーに偉そうに腰掛けていたブルース兄様が腕を組んだ。
「いつの間に仲良くなったんだか」
庭で遊んでるときかな。
どこからともなく現れるアロンは、俺に微笑むとちょっとした世間話をしてから去っていくのが常だ。人の顔を見るなり眉を顰めるどこぞのお兄様とはえらい違いだ。
「まぁいい。こっちに来い」
ぞんざいに手招きされて、仕方がなく近寄っていく。そのとき、ふんぞり返るブルース兄様の後ろに控える少年に気がついた。
じっとこちらをうかがう彼は、俺と目が合うなり小さく頭を下げた。誰だろう?
俺の視線を追ったブルース兄様が、件の少年を指し示す。
「おまえの遊び相手だ。好きに使え」
「初めまして、ユリス様。クレイグの息子のティアンです。どうぞよろしくお願いします」
色素の薄い青みがかった髪を肩の辺りで切り揃えた少年は、同じく薄青の目をしていた。不思議な色をした瞳をじっと覗き込んでいると、話は終わりとばかりにブルース兄様が立ち上がった。
待て待て。急に話を切り上げるな。
というか誰なんだよ、クレイグさん。そんないきなり紹介されても「あー、あのクレイグさんとこの息子さんね」とはならない。なんせ俺にはユリスの記憶がないので。
それに眼前の少年はどうみても小学生くらいだ。もしかしたら中学生の可能性もあるが、どうだろう。とにかくそれくらい小さい子供だった。
「なんだ。なにか不満でも?」
動かない俺に業を煮やしたらしいブルース兄様は、大股でこちらに歩み寄ってくる。その後に、ティアンが続く。
「えっと、大丈夫です。俺のことはお構いなく」
「なにがお構いなくだ。遊び相手を用意してやったんだ。もっと喜べ」
喜びを強要するのは良くないと思います。ブルース兄様。
「一体なにが不満だ。顔か?」
「そうじゃないです」
前々から疑問だったのだが俺はどういう奴だと思われているのだろうか。
ティアンが困ったように小首を傾げている。色白の美少年といった感じだ。ユリスには劣るかもしれないがイケメンの部類だと思う。顔に文句はない。
「だったらなんだ」
強い口調の兄様に気圧されて、俺は渋々口を開く。
「その、小さい子の相手はあんまり得意じゃないので」
「小さい子……」
変な顔をするブルース兄様の横で、ティアンが口元を押さえて呟く。なぜか顔を背けたアロンが小さく肩を震わせていた。
「なんでおまえがティアンの面倒をみるつもりでいるんだ。どう考えてもおまえが面倒をみてもらう側だろう」
「俺は大人なので」
「十歳児が何言ってやがる。というかどう見てもティアンの方が年上だろうが」
額を押さえたブルース兄様は、ティアンの方へと向き直った。
「頼んだぞ、ティアン」
「はい。お任せください、ブルース様」
だから俺、小学生との遊び方わからないって。
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