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11 sideブルース
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「また訓練に参加されるんですか?」
「なにか問題でも?」
着替えを済ませて外に出ようとした俺の前に、アロンが立ちはだかる。
「問題という程でもないのですが」
「なんだ。はっきり言え」
物腰柔らかな見た目に反して意外と押しの強いアロンだ。口篭ったのは一瞬で、すぐにその柔和な顔に苦笑を浮かべる。
「ユリス様が心配されていましたよ」
「ユリスが?」
心配される覚えなどない。
どういう意味だと視線で問いかけると、アロンは小さく俯いた。その肩が微かに揺れているのを見逃さない。
「おい。なにを笑っている」
「笑ってないですよ」
こほんと誤魔化すように咳払いをして、アロンは姿勢を正す。
「ブルース様が騎士団の訓練ばかりに参加されているので。ブルース様は暇人なのではないかと随分心配しておられました」
「それは心配しているのではなく、馬鹿にしているだけだろう」
堪えきれないといった様子で小さく噴き出したアロンを、思わず睨みつける。この男、普段は物腰柔らかな好青年を演じてはいるが、その実食えない奴である。その油断ならない男が何やら最近ユリスの周辺をうろついていることは早々に俺の耳に入った。
以前のユリスであれば迂闊にアロンを側に置くことはしなかっただろう。それがどうだ。嬉々としてアロンに駆け寄るユリスは俺の知る冷酷な少年ではなかった。一体どういう心境の変化なのか。
そもそもあの一件があってから、ユリスは騎士団とは距離を置いていたはずだ。逆もまた然り。そのためユリスの側には騎士を置いていない。現状ジャンに全てを任せているような状況だ。遠巻きにユリスを観察する騎士たちの姿をどれだけ見たことか。
そのなんとも言えない状況を打破したのがアロンといったところか。いや、歩み寄ったのはユリスの方か。
我が弟ながら何を考えているのかまったくわからないユリスは、最近では積極的に周囲と関わりを持とうとしているように見える。父上に何か言われたのだろうか。
それにしても性格が変わりすぎてもはや別人に思えるほどだ。あの冷たい目はすっかり姿を消し、年相応の振る舞いが増えたような気がする。
一体何があったというのか。本音を言えば気にはなる。しかしいちいちそれを指摘して機嫌を損ねては厄介だ。せっかくユリスが変わろうとしているというのならば、兄としてそれを見守ってやるのも務めだろう。
「随分とユリスに懐かれたみたいだな」
「ユリス様もまだ十歳ですからね。怖いお兄さんよりも優しいお兄さんの方がお好みなのでしょう」
「その怖いお兄さんというのは俺のことか」
「さぁ? どうでしょう」
アロンは、とぼけたように肩をすくめてみせる。その掴みどころのない態度が、俺の心をささくれ立たせる。
「……おまえ子供好きだったか?」
アロンが子供好きなど聞いたこともない。わかっていながらあえて問いかければ、アロンはあっさり白状した。
「ユリス様と仲良くしておいて損はないですから」
「損得勘定でうちの弟に近付くんじゃない」
「無理な相談ですね。私はそういう男なので」
にやりと口角を上げるアロンは、すっと目を細める。途端に仄暗い色を宿す瞳は、真っ直ぐに俺へと向けられる。
「ユリス様に気に入られれば将来安泰ですからね」
「べつにユリスに懐かれても出世はできんぞ」
「出世は自力でしますのでご心配なく」
短く言い捨てて、アロンは俺のために部屋のドアを開け放つ。「どうぞ?」とわざとらしく小首を傾げてみせるこの男を一発ぶん殴ってやろうかと考えたことは初めてではない。
「出世した後の保険ですよ。ユリス様のご機嫌を損ねるとろくなことにならないので。副団長の二の舞はごめんですからね」
「おい。口を慎め」
「だったら大公様を説得してくださいよ。まったく親バカもここまでくると笑えませんね」
「アロン」
低く飛んだ声に、場の空気が張り詰める。
それを軽く笑い飛ばして、アロンはひらひらと手を振った。
「冗談ですよ。冗談。本気にしないでください」
「……もっと笑える冗談を勉強しておくんだな」
鋭く言い放って、先を急ぐ。目指すは騎士団の訓練場だ。当然のように後をついてくるアロンは、いつもの柔和な笑みをたたえていた。
「なにか問題でも?」
着替えを済ませて外に出ようとした俺の前に、アロンが立ちはだかる。
「問題という程でもないのですが」
「なんだ。はっきり言え」
物腰柔らかな見た目に反して意外と押しの強いアロンだ。口篭ったのは一瞬で、すぐにその柔和な顔に苦笑を浮かべる。
「ユリス様が心配されていましたよ」
「ユリスが?」
心配される覚えなどない。
どういう意味だと視線で問いかけると、アロンは小さく俯いた。その肩が微かに揺れているのを見逃さない。
「おい。なにを笑っている」
「笑ってないですよ」
こほんと誤魔化すように咳払いをして、アロンは姿勢を正す。
「ブルース様が騎士団の訓練ばかりに参加されているので。ブルース様は暇人なのではないかと随分心配しておられました」
「それは心配しているのではなく、馬鹿にしているだけだろう」
堪えきれないといった様子で小さく噴き出したアロンを、思わず睨みつける。この男、普段は物腰柔らかな好青年を演じてはいるが、その実食えない奴である。その油断ならない男が何やら最近ユリスの周辺をうろついていることは早々に俺の耳に入った。
以前のユリスであれば迂闊にアロンを側に置くことはしなかっただろう。それがどうだ。嬉々としてアロンに駆け寄るユリスは俺の知る冷酷な少年ではなかった。一体どういう心境の変化なのか。
そもそもあの一件があってから、ユリスは騎士団とは距離を置いていたはずだ。逆もまた然り。そのためユリスの側には騎士を置いていない。現状ジャンに全てを任せているような状況だ。遠巻きにユリスを観察する騎士たちの姿をどれだけ見たことか。
そのなんとも言えない状況を打破したのがアロンといったところか。いや、歩み寄ったのはユリスの方か。
我が弟ながら何を考えているのかまったくわからないユリスは、最近では積極的に周囲と関わりを持とうとしているように見える。父上に何か言われたのだろうか。
それにしても性格が変わりすぎてもはや別人に思えるほどだ。あの冷たい目はすっかり姿を消し、年相応の振る舞いが増えたような気がする。
一体何があったというのか。本音を言えば気にはなる。しかしいちいちそれを指摘して機嫌を損ねては厄介だ。せっかくユリスが変わろうとしているというのならば、兄としてそれを見守ってやるのも務めだろう。
「随分とユリスに懐かれたみたいだな」
「ユリス様もまだ十歳ですからね。怖いお兄さんよりも優しいお兄さんの方がお好みなのでしょう」
「その怖いお兄さんというのは俺のことか」
「さぁ? どうでしょう」
アロンは、とぼけたように肩をすくめてみせる。その掴みどころのない態度が、俺の心をささくれ立たせる。
「……おまえ子供好きだったか?」
アロンが子供好きなど聞いたこともない。わかっていながらあえて問いかければ、アロンはあっさり白状した。
「ユリス様と仲良くしておいて損はないですから」
「損得勘定でうちの弟に近付くんじゃない」
「無理な相談ですね。私はそういう男なので」
にやりと口角を上げるアロンは、すっと目を細める。途端に仄暗い色を宿す瞳は、真っ直ぐに俺へと向けられる。
「ユリス様に気に入られれば将来安泰ですからね」
「べつにユリスに懐かれても出世はできんぞ」
「出世は自力でしますのでご心配なく」
短く言い捨てて、アロンは俺のために部屋のドアを開け放つ。「どうぞ?」とわざとらしく小首を傾げてみせるこの男を一発ぶん殴ってやろうかと考えたことは初めてではない。
「出世した後の保険ですよ。ユリス様のご機嫌を損ねるとろくなことにならないので。副団長の二の舞はごめんですからね」
「おい。口を慎め」
「だったら大公様を説得してくださいよ。まったく親バカもここまでくると笑えませんね」
「アロン」
低く飛んだ声に、場の空気が張り詰める。
それを軽く笑い飛ばして、アロンはひらひらと手を振った。
「冗談ですよ。冗談。本気にしないでください」
「……もっと笑える冗談を勉強しておくんだな」
鋭く言い放って、先を急ぐ。目指すは騎士団の訓練場だ。当然のように後をついてくるアロンは、いつもの柔和な笑みをたたえていた。
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