上 下
6 / 577

6 大公妃様

しおりを挟む
 夕食は部屋で食べた。てっきり家族で食べると思っていたので拍子抜けだ。顔も知らない家族とどう対面するか悩んでいたのに。

 食事中もずっと側に居るジャンは沈黙を守り、食事を運んで来たメイドさんも口を結んだまま。なんて気まずい食事だろう。ジャンに一緒に食べないのかと尋ねれば、可哀想なくらいに顔を青くしていた。なぜに。

 普段ならまったく気にもしない自身の咀嚼音がやけに気になり始めてからはもうダメだった。カチコチになってフォークとナイフを機械的に動かす。食べ方のマナーに自信はないが、ジャンがなにも言わないところをみるにこれでいいのだろうか? 味はまったくわからなかった。もしかして毎度食事はこんな感じなのだろうか。かなり嫌だ。

 それでもなんとか完食して食後の紅茶を嗜んでいたときだ。唐突にジャンが申し出たのは、家庭教師をすでにブルース兄様が手配していたという話だった。

「早いね」
「はい。随分とユリス様のことを心配しておられるようでしたので」

 ブルース兄様が、俺に家庭教師がいないことを知ったのは今日の昼間だ。なんて迅速な行動。
 しかし家庭教師が来てくれるというのはありがたい。なんせ俺は右も左もわからない状態なのだ。少しでもこちらの世界の常識を増やせるチャンスは貴重だろう。

 どうやら家庭教師が来るのは一週間くらい後になるそうなのでそれまではのんびり過ごすことにする。主に屋敷の探検とか。

 実はこの家にはお抱えの騎士団があるらしいのだ。屋敷の探検途中、腰に剣を携えた男とすれ違ったのだ。異世界の騎士団と聞いてわくわくしないわけがない。近々見学に行こうと思っている。それにしてもお抱えの騎士団を持っているとかどんだけデカい家なんだ、ここ。ちょっといいところの坊ちゃんくらいに思っていたが、その実かなりいいご身分なのでは?

 気にはなるが、まさか面と向かって「うちってどれくらいデカい家なの?」と訊くのも憚られる。下手をすれば怪しまれるしな。ということで我が家については追々探っていこうと思う。多分ここで生活するうちに色々わかってくるんじゃなかろうか。

 幸い、ここでの生活は快適そうだ。現代日本のような技術はないが、電気くらいはあるらしい。夜になって部屋に灯りが灯った時はホッとした。

 風呂も着替えも全部ジャンが手伝ってくれたのも助かった。正直、着慣れない服すぎて着方がいまいちわからなかったんだ。突っ立っていればジャンが全部やってくれた。

 そうしてベッドに飛び込んだ俺は、すぐさま深い眠りに落ちた。


※※※



 目が覚めたら見知らぬ天井だった。いやー、天井高いな。さすが貴族?

 柔らかなベッドに身を委ねて、ぱちりと目を開ける。いま何時かわからないが、ふわふわのベッドは非常に心地よい。このままずっとこうしていたいくらいだ。

 けれどもそうはいかない。外から控えめなノックが聞こえてきて、名残惜しくも体を起こした。そうして開かれた扉からは相変わらず困ったような顔をするジャンが一礼して入ってくる。

「おはようございます。ユリス様」
「おはよう」

 挨拶を返せば、なぜかジャンがぎょっとする。しかしジャンの挙動が不審なのはいまに始まったことではない。ここはスルーしよう。そうしないとこの困った性癖をお持ちのお兄さんは、すかさずナイフを差し出してくるだろう。俺は非常に困ることになる。

「朝食はいかがなさいますか?」

 いかがなさいますかってなんだろう。一体どんな選択肢が。朝食いるかいらないかって話だろうか。いるに決まってる。

「食べる」

 短く返答すると、ジャンがきゅっと顔を顰める。

「お部屋でお召し上がりになりますか」
「え、うん」

 むしろ部屋以外の選択肢があるのか? ベッドから下りれば、すかさずジャンがスリッパを差し出してくる。視線をずらせば本日分の着替えが用意されていた。

「承知致しました。ではブルース様にはそのようにお伝えしておきます」

 待て待て。なんでここでブルース兄様が出てくる。え、マジで意味がわからん。なんかミスったかも。

 寡黙なジャンはあんまり説明をしてくれない。でも今更撤回するのもおかしい。だから俺はそれ以上深く考えないことにした。

 昨夜と同じくメイドさんが手際良く朝食を準備してくれて、昨夜と同じくひとりで食べた。なんか虚しいな。
 そうしてすっかり朝の支度が終わった頃。控え目にノックされた扉に、ジャンが対応へと向かう。誰だろう? まさかブルース兄様じゃないだろうな。あの人とは一度会っただけだが既に苦手意識を持っている。だってなんか目が怖いんだもん。

「ユリス様。大公妃様がお見えです」

 誰? 大公妃とか言われてもわからない。
 横にずれたジャンの後ろから現れたのは豊かな黒髪の女性だった。
 一見して絶対に使用人の類ではないとわかる気品溢れた女性は、俺を視界に捉えるなりにこりと優美な笑みをたたえた。

「おはよう、ユリス。今日も可愛いわね」

 のほほんとした口調で俺を褒めちぎる彼女は、どことなくユリスと容姿が似ている気がする。

「おはようございます。えっと、大公妃様?」

 ジャンの真似をして呼び掛ければ、彼女は「あらあら」と楽しそうに笑った。

「ジャンの真似かしら? すっかり仲良しなのね」

 どうなのだろう。少なくともジャンは俺に対してなぜかビクビクしている。今も大公妃様?の後ろでピシッと固まっている。

「でもそんな他人行儀な呼び方は嫌よ。お母様って呼んでね」
「お母様」

 やはりお母様でしたか。しかしユリスとブルースの母ということはそれなりの年齢だろうに。すっと伸びた背筋に艶やかな黒髪。張りのある肌はあまり年齢を感じさせない。さすが美少年の母親といったところだ。

 俺のお母様呼びににこりと微笑んだお母様は、まじまじと俺を見回す。その遠慮のない視線にたじろいでいると彼女は顔の前で嬉しそうに両手を合わせた。

「やっぱりいつ見ても可愛いわね、ユリス」
「は、はぁ」
「今日もお部屋で食べたのね。たまにはブルースの相手もしてあげて。あの子、ああ見えてあなたのこと気に入っているのよ」
「……善処します」

 ブルース兄様の冷たい目を思い出して苦笑する。それにしても今日ということはやはりユリスは普段から自室で食事をとっているのだろう。よかった。いきなり普段と違う行動を取れば怪しまれるかもしれないしな。ナイス俺。

 ひとしきり俺との会話を楽しんで満足したらしいお母様は颯爽と去って行った。なんだか俺のことを可愛い可愛いと褒めまくっていた。よくわからない時間だったな。
しおりを挟む
感想 415

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

総長の彼氏が俺にだけ優しい

桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、 関東で最強の暴走族の総長。 みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。 そんな日常を描いた話である。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

なんで俺の周りはイケメン高身長が多いんだ!!!!

柑橘
BL
王道詰め合わせ。 ジャンルをお確かめの上お進み下さい。 7/7以降、サブストーリー(土谷虹の隣は決まってる!!!!)を公開しました!!読んでいただけると嬉しいです! ※目線が度々変わります。 ※登場人物の紹介が途中から増えるかもです。 ※火曜日20:00  金曜日19:00  日曜日17:00更新

処理中です...