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6 大公妃様
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夕食は部屋で食べた。てっきり家族で食べると思っていたので拍子抜けだ。顔も知らない家族とどう対面するか悩んでいたのに。
食事中もずっと側に居るジャンは沈黙を守り、食事を運んで来たメイドさんも口を結んだまま。なんて気まずい食事だろう。ジャンに一緒に食べないのかと尋ねれば、可哀想なくらいに顔を青くしていた。なぜに。
普段ならまったく気にもしない自身の咀嚼音がやけに気になり始めてからはもうダメだった。カチコチになってフォークとナイフを機械的に動かす。食べ方のマナーに自信はないが、ジャンがなにも言わないところをみるにこれでいいのだろうか? 味はまったくわからなかった。もしかして毎度食事はこんな感じなのだろうか。かなり嫌だ。
それでもなんとか完食して食後の紅茶を嗜んでいたときだ。唐突にジャンが申し出たのは、家庭教師をすでにブルース兄様が手配していたという話だった。
「早いね」
「はい。随分とユリス様のことを心配しておられるようでしたので」
ブルース兄様が、俺に家庭教師がいないことを知ったのは今日の昼間だ。なんて迅速な行動。
しかし家庭教師が来てくれるというのはありがたい。なんせ俺は右も左もわからない状態なのだ。少しでもこちらの世界の常識を増やせるチャンスは貴重だろう。
どうやら家庭教師が来るのは一週間くらい後になるそうなのでそれまではのんびり過ごすことにする。主に屋敷の探検とか。
実はこの家にはお抱えの騎士団があるらしいのだ。屋敷の探検途中、腰に剣を携えた男とすれ違ったのだ。異世界の騎士団と聞いてわくわくしないわけがない。近々見学に行こうと思っている。それにしてもお抱えの騎士団を持っているとかどんだけデカい家なんだ、ここ。ちょっといいところの坊ちゃんくらいに思っていたが、その実かなりいいご身分なのでは?
気にはなるが、まさか面と向かって「うちってどれくらいデカい家なの?」と訊くのも憚られる。下手をすれば怪しまれるしな。ということで我が家については追々探っていこうと思う。多分ここで生活するうちに色々わかってくるんじゃなかろうか。
幸い、ここでの生活は快適そうだ。現代日本のような技術はないが、電気くらいはあるらしい。夜になって部屋に灯りが灯った時はホッとした。
風呂も着替えも全部ジャンが手伝ってくれたのも助かった。正直、着慣れない服すぎて着方がいまいちわからなかったんだ。突っ立っていればジャンが全部やってくれた。
そうしてベッドに飛び込んだ俺は、すぐさま深い眠りに落ちた。
※※※
目が覚めたら見知らぬ天井だった。いやー、天井高いな。さすが貴族?
柔らかなベッドに身を委ねて、ぱちりと目を開ける。いま何時かわからないが、ふわふわのベッドは非常に心地よい。このままずっとこうしていたいくらいだ。
けれどもそうはいかない。外から控えめなノックが聞こえてきて、名残惜しくも体を起こした。そうして開かれた扉からは相変わらず困ったような顔をするジャンが一礼して入ってくる。
「おはようございます。ユリス様」
「おはよう」
挨拶を返せば、なぜかジャンがぎょっとする。しかしジャンの挙動が不審なのはいまに始まったことではない。ここはスルーしよう。そうしないとこの困った性癖をお持ちのお兄さんは、すかさずナイフを差し出してくるだろう。俺は非常に困ることになる。
「朝食はいかがなさいますか?」
いかがなさいますかってなんだろう。一体どんな選択肢が。朝食いるかいらないかって話だろうか。いるに決まってる。
「食べる」
短く返答すると、ジャンがきゅっと顔を顰める。
「お部屋でお召し上がりになりますか」
「え、うん」
むしろ部屋以外の選択肢があるのか? ベッドから下りれば、すかさずジャンがスリッパを差し出してくる。視線をずらせば本日分の着替えが用意されていた。
「承知致しました。ではブルース様にはそのようにお伝えしておきます」
待て待て。なんでここでブルース兄様が出てくる。え、マジで意味がわからん。なんかミスったかも。
寡黙なジャンはあんまり説明をしてくれない。でも今更撤回するのもおかしい。だから俺はそれ以上深く考えないことにした。
昨夜と同じくメイドさんが手際良く朝食を準備してくれて、昨夜と同じくひとりで食べた。なんか虚しいな。
そうしてすっかり朝の支度が終わった頃。控え目にノックされた扉に、ジャンが対応へと向かう。誰だろう? まさかブルース兄様じゃないだろうな。あの人とは一度会っただけだが既に苦手意識を持っている。だってなんか目が怖いんだもん。
「ユリス様。大公妃様がお見えです」
誰? 大公妃とか言われてもわからない。
横にずれたジャンの後ろから現れたのは豊かな黒髪の女性だった。
一見して絶対に使用人の類ではないとわかる気品溢れた女性は、俺を視界に捉えるなりにこりと優美な笑みをたたえた。
「おはよう、ユリス。今日も可愛いわね」
のほほんとした口調で俺を褒めちぎる彼女は、どことなくユリスと容姿が似ている気がする。
「おはようございます。えっと、大公妃様?」
ジャンの真似をして呼び掛ければ、彼女は「あらあら」と楽しそうに笑った。
「ジャンの真似かしら? すっかり仲良しなのね」
どうなのだろう。少なくともジャンは俺に対してなぜかビクビクしている。今も大公妃様?の後ろでピシッと固まっている。
「でもそんな他人行儀な呼び方は嫌よ。お母様って呼んでね」
「お母様」
やはりお母様でしたか。しかしユリスとブルースの母ということはそれなりの年齢だろうに。すっと伸びた背筋に艶やかな黒髪。張りのある肌はあまり年齢を感じさせない。さすが美少年の母親といったところだ。
俺のお母様呼びににこりと微笑んだお母様は、まじまじと俺を見回す。その遠慮のない視線にたじろいでいると彼女は顔の前で嬉しそうに両手を合わせた。
「やっぱりいつ見ても可愛いわね、ユリス」
「は、はぁ」
「今日もお部屋で食べたのね。たまにはブルースの相手もしてあげて。あの子、ああ見えてあなたのこと気に入っているのよ」
「……善処します」
ブルース兄様の冷たい目を思い出して苦笑する。それにしても今日もということはやはりユリスは普段から自室で食事をとっているのだろう。よかった。いきなり普段と違う行動を取れば怪しまれるかもしれないしな。ナイス俺。
ひとしきり俺との会話を楽しんで満足したらしいお母様は颯爽と去って行った。なんだか俺のことを可愛い可愛いと褒めまくっていた。よくわからない時間だったな。
食事中もずっと側に居るジャンは沈黙を守り、食事を運んで来たメイドさんも口を結んだまま。なんて気まずい食事だろう。ジャンに一緒に食べないのかと尋ねれば、可哀想なくらいに顔を青くしていた。なぜに。
普段ならまったく気にもしない自身の咀嚼音がやけに気になり始めてからはもうダメだった。カチコチになってフォークとナイフを機械的に動かす。食べ方のマナーに自信はないが、ジャンがなにも言わないところをみるにこれでいいのだろうか? 味はまったくわからなかった。もしかして毎度食事はこんな感じなのだろうか。かなり嫌だ。
それでもなんとか完食して食後の紅茶を嗜んでいたときだ。唐突にジャンが申し出たのは、家庭教師をすでにブルース兄様が手配していたという話だった。
「早いね」
「はい。随分とユリス様のことを心配しておられるようでしたので」
ブルース兄様が、俺に家庭教師がいないことを知ったのは今日の昼間だ。なんて迅速な行動。
しかし家庭教師が来てくれるというのはありがたい。なんせ俺は右も左もわからない状態なのだ。少しでもこちらの世界の常識を増やせるチャンスは貴重だろう。
どうやら家庭教師が来るのは一週間くらい後になるそうなのでそれまではのんびり過ごすことにする。主に屋敷の探検とか。
実はこの家にはお抱えの騎士団があるらしいのだ。屋敷の探検途中、腰に剣を携えた男とすれ違ったのだ。異世界の騎士団と聞いてわくわくしないわけがない。近々見学に行こうと思っている。それにしてもお抱えの騎士団を持っているとかどんだけデカい家なんだ、ここ。ちょっといいところの坊ちゃんくらいに思っていたが、その実かなりいいご身分なのでは?
気にはなるが、まさか面と向かって「うちってどれくらいデカい家なの?」と訊くのも憚られる。下手をすれば怪しまれるしな。ということで我が家については追々探っていこうと思う。多分ここで生活するうちに色々わかってくるんじゃなかろうか。
幸い、ここでの生活は快適そうだ。現代日本のような技術はないが、電気くらいはあるらしい。夜になって部屋に灯りが灯った時はホッとした。
風呂も着替えも全部ジャンが手伝ってくれたのも助かった。正直、着慣れない服すぎて着方がいまいちわからなかったんだ。突っ立っていればジャンが全部やってくれた。
そうしてベッドに飛び込んだ俺は、すぐさま深い眠りに落ちた。
※※※
目が覚めたら見知らぬ天井だった。いやー、天井高いな。さすが貴族?
柔らかなベッドに身を委ねて、ぱちりと目を開ける。いま何時かわからないが、ふわふわのベッドは非常に心地よい。このままずっとこうしていたいくらいだ。
けれどもそうはいかない。外から控えめなノックが聞こえてきて、名残惜しくも体を起こした。そうして開かれた扉からは相変わらず困ったような顔をするジャンが一礼して入ってくる。
「おはようございます。ユリス様」
「おはよう」
挨拶を返せば、なぜかジャンがぎょっとする。しかしジャンの挙動が不審なのはいまに始まったことではない。ここはスルーしよう。そうしないとこの困った性癖をお持ちのお兄さんは、すかさずナイフを差し出してくるだろう。俺は非常に困ることになる。
「朝食はいかがなさいますか?」
いかがなさいますかってなんだろう。一体どんな選択肢が。朝食いるかいらないかって話だろうか。いるに決まってる。
「食べる」
短く返答すると、ジャンがきゅっと顔を顰める。
「お部屋でお召し上がりになりますか」
「え、うん」
むしろ部屋以外の選択肢があるのか? ベッドから下りれば、すかさずジャンがスリッパを差し出してくる。視線をずらせば本日分の着替えが用意されていた。
「承知致しました。ではブルース様にはそのようにお伝えしておきます」
待て待て。なんでここでブルース兄様が出てくる。え、マジで意味がわからん。なんかミスったかも。
寡黙なジャンはあんまり説明をしてくれない。でも今更撤回するのもおかしい。だから俺はそれ以上深く考えないことにした。
昨夜と同じくメイドさんが手際良く朝食を準備してくれて、昨夜と同じくひとりで食べた。なんか虚しいな。
そうしてすっかり朝の支度が終わった頃。控え目にノックされた扉に、ジャンが対応へと向かう。誰だろう? まさかブルース兄様じゃないだろうな。あの人とは一度会っただけだが既に苦手意識を持っている。だってなんか目が怖いんだもん。
「ユリス様。大公妃様がお見えです」
誰? 大公妃とか言われてもわからない。
横にずれたジャンの後ろから現れたのは豊かな黒髪の女性だった。
一見して絶対に使用人の類ではないとわかる気品溢れた女性は、俺を視界に捉えるなりにこりと優美な笑みをたたえた。
「おはよう、ユリス。今日も可愛いわね」
のほほんとした口調で俺を褒めちぎる彼女は、どことなくユリスと容姿が似ている気がする。
「おはようございます。えっと、大公妃様?」
ジャンの真似をして呼び掛ければ、彼女は「あらあら」と楽しそうに笑った。
「ジャンの真似かしら? すっかり仲良しなのね」
どうなのだろう。少なくともジャンは俺に対してなぜかビクビクしている。今も大公妃様?の後ろでピシッと固まっている。
「でもそんな他人行儀な呼び方は嫌よ。お母様って呼んでね」
「お母様」
やはりお母様でしたか。しかしユリスとブルースの母ということはそれなりの年齢だろうに。すっと伸びた背筋に艶やかな黒髪。張りのある肌はあまり年齢を感じさせない。さすが美少年の母親といったところだ。
俺のお母様呼びににこりと微笑んだお母様は、まじまじと俺を見回す。その遠慮のない視線にたじろいでいると彼女は顔の前で嬉しそうに両手を合わせた。
「やっぱりいつ見ても可愛いわね、ユリス」
「は、はぁ」
「今日もお部屋で食べたのね。たまにはブルースの相手もしてあげて。あの子、ああ見えてあなたのこと気に入っているのよ」
「……善処します」
ブルース兄様の冷たい目を思い出して苦笑する。それにしても今日もということはやはりユリスは普段から自室で食事をとっているのだろう。よかった。いきなり普段と違う行動を取れば怪しまれるかもしれないしな。ナイス俺。
ひとしきり俺との会話を楽しんで満足したらしいお母様は颯爽と去って行った。なんだか俺のことを可愛い可愛いと褒めまくっていた。よくわからない時間だったな。
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