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4 現状把握
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とりあえず解雇するつもりはない旨を懇切丁寧に説明したところ、どうにか納得してもらえた。
正直、たとえ性癖ヤバめのお兄さんだとしても今居なくなられるのはきつい。ユリスがどういう人物なのかわからない上に、この広過ぎる屋敷の間取りも把握していない俺の側から従者が消えるのは非常にまずい。家庭内で遭難しそう。
やや引き攣った笑みを浮かべるジャンは「私に対して敬語は不要です」と言い募る。確かに、従者に対して敬語は必要ないのかもしれない。きっと本来のユリスもジャン相手に敬語は使っていなかったはずだ。自然なユリスを演じる努力も必要だろう。俺はその申し出を受け入れた。
「ところでさっきの怖い人は誰だろう。いやなんとなく見覚えはあるんだけどね」
ちょっと名前をド忘れしてしまったんですよー。的な雰囲気で訊ねると、ジャンが小さく息を呑んだ。
「ブルース様で御座います。ユリス様のお兄様にあたります」
なんと。お兄様でしたか。
危なかった。正面切って「誰ですか?」なんて訊かなくてよかった。本当に。
怪訝な顔のジャンには「そうだった、そうだった。ブルースお兄様だったね」と笑って誤魔化しておく。誤魔化せている気がしないが、深く突っ込んでこないあたりジャンは大変できた従者である。手放さなくてよかった。
再び部屋に舞い戻った俺は、壁際にぴたりと直立するジャンに見守られながら室内の扉という扉を次々開け放っていった。
先程まで俺らが居た部屋は中央にテーブルセットが据えられちょっとした応接間のような装いだった。その奥にひとつドアがあり、こちらは寝室になっているようだ。どちらの部屋も豪華だが、全体的に物が少なく生活感に欠ける。しかしそれは収納が上手く行われているおかげらしい。あちこちに据えられた棚の中にはごちゃごちゃと使い道の不明な小物が詰め込まれている。
しばらく夢中で漁っていた俺は、バタンという無機質な音を耳にして視線を滑らせる。いつの間にか、壁際で待機していたはずのジャンが移動していた。どうやら俺が散らかした側から片付けて回っているらしい。
なんかすみません。
謝罪の意味を込めて小さく頭を下げれば、ジャンは大袈裟に肩を揺らした。
なんだろう。この不穏な空気。
またナイフを差し出されても困るので、早々に視線を外す。けれどもジャンがすっと背後に立った。
「何か探し物でしょうか。必要があれば後で私が探しておきますが」
「あ、いや。べつにそういうわけじゃあ」
「左様でございますか」
沈黙。
背筋を伸ばすジャンは、ちょっと困ったように眉尻を下げる。じゃあ一体なにを荒らしているんだとでも言いたげな雰囲気だ。マジですみません。
こほんと咳払いをして、俺は中央のテーブルへ向かう。すかさずジャンが椅子を引いてくれる。
ちょっと不自然な動きだっただろうか。でも俺はどうしても本来のユリスの生活を知る必要がある。この数時間で、常にジャンという従者が付きまとってくるということはわかった。あとブルースというちょっと怖い兄がいることも。
ところで俺って今何歳くらいなのだろうか。前世ではバリバリの高校生だった。けれでも鏡で確認したユリスはどう見ても小学生くらいだった。
「俺って何歳だっけ?」
軽い世間話を装ってジャンに問い掛ければ、彼は僅かに目を見開いた。
「ユリス様は十歳になります」
「十歳」
やはり小学生だ。
「ところで学校は?」
「学校へ通われるおつもりでしょうか? しかし大公様がご反対なさるかと」
大公様って誰?
いやマジで。俺の知らない単語を出さないでくれ。
それきりジャンは困惑顔で黙り込んでしまう。よくわからんが俺が学校へ行くことについては大公様なる人物の反対にあうから無理ということらしい。義務教育とかいう概念はないのかな? てかマジで誰だよ、大公様。雰囲気的に役職名だろうか? 誰か説明して!
「……家庭教師は?」
「新しい家庭教師をすぐに手配致します」
「じゃあよろしく」
沈黙がつらい。
自分の部屋なのにひどく居心地が悪い。文字通りジャンが引っ付いてまわるから気を抜くこともできない。貴族ってこんな息苦しいの?
ユリスに成り代わってまだ数時間程だがはやくも音をあげそうだ。
「今日の予定は?」
「特にございません」
うーん、暇だ。
世間話を好まないのか、それとも従者という仕事に徹しているからなのかジャンは素っ気ない。一問一答形式でしか会話が進まない。けれども会話を強要すると、ジャンは思い詰めた表情をする。それは俺としても不本意だ。結果、意思疎通がままならない。
なんだか座っているのも飽きてきたのだが、かといって無意味に室内をうろうろすると何故かジャンが苦痛な面持ちとなる。
まずはこの従者との付き合い方を探るのが先かもしれない。
「ジャン」
「はい、こちらに」
ピシっと背筋を伸ばしたジャンが、顔を強張らせる。
ところでなぜこの人は、たかが十歳の子供相手にこんなにもビビっているのだろうか。謎だ。
正直、たとえ性癖ヤバめのお兄さんだとしても今居なくなられるのはきつい。ユリスがどういう人物なのかわからない上に、この広過ぎる屋敷の間取りも把握していない俺の側から従者が消えるのは非常にまずい。家庭内で遭難しそう。
やや引き攣った笑みを浮かべるジャンは「私に対して敬語は不要です」と言い募る。確かに、従者に対して敬語は必要ないのかもしれない。きっと本来のユリスもジャン相手に敬語は使っていなかったはずだ。自然なユリスを演じる努力も必要だろう。俺はその申し出を受け入れた。
「ところでさっきの怖い人は誰だろう。いやなんとなく見覚えはあるんだけどね」
ちょっと名前をド忘れしてしまったんですよー。的な雰囲気で訊ねると、ジャンが小さく息を呑んだ。
「ブルース様で御座います。ユリス様のお兄様にあたります」
なんと。お兄様でしたか。
危なかった。正面切って「誰ですか?」なんて訊かなくてよかった。本当に。
怪訝な顔のジャンには「そうだった、そうだった。ブルースお兄様だったね」と笑って誤魔化しておく。誤魔化せている気がしないが、深く突っ込んでこないあたりジャンは大変できた従者である。手放さなくてよかった。
再び部屋に舞い戻った俺は、壁際にぴたりと直立するジャンに見守られながら室内の扉という扉を次々開け放っていった。
先程まで俺らが居た部屋は中央にテーブルセットが据えられちょっとした応接間のような装いだった。その奥にひとつドアがあり、こちらは寝室になっているようだ。どちらの部屋も豪華だが、全体的に物が少なく生活感に欠ける。しかしそれは収納が上手く行われているおかげらしい。あちこちに据えられた棚の中にはごちゃごちゃと使い道の不明な小物が詰め込まれている。
しばらく夢中で漁っていた俺は、バタンという無機質な音を耳にして視線を滑らせる。いつの間にか、壁際で待機していたはずのジャンが移動していた。どうやら俺が散らかした側から片付けて回っているらしい。
なんかすみません。
謝罪の意味を込めて小さく頭を下げれば、ジャンは大袈裟に肩を揺らした。
なんだろう。この不穏な空気。
またナイフを差し出されても困るので、早々に視線を外す。けれどもジャンがすっと背後に立った。
「何か探し物でしょうか。必要があれば後で私が探しておきますが」
「あ、いや。べつにそういうわけじゃあ」
「左様でございますか」
沈黙。
背筋を伸ばすジャンは、ちょっと困ったように眉尻を下げる。じゃあ一体なにを荒らしているんだとでも言いたげな雰囲気だ。マジですみません。
こほんと咳払いをして、俺は中央のテーブルへ向かう。すかさずジャンが椅子を引いてくれる。
ちょっと不自然な動きだっただろうか。でも俺はどうしても本来のユリスの生活を知る必要がある。この数時間で、常にジャンという従者が付きまとってくるということはわかった。あとブルースというちょっと怖い兄がいることも。
ところで俺って今何歳くらいなのだろうか。前世ではバリバリの高校生だった。けれでも鏡で確認したユリスはどう見ても小学生くらいだった。
「俺って何歳だっけ?」
軽い世間話を装ってジャンに問い掛ければ、彼は僅かに目を見開いた。
「ユリス様は十歳になります」
「十歳」
やはり小学生だ。
「ところで学校は?」
「学校へ通われるおつもりでしょうか? しかし大公様がご反対なさるかと」
大公様って誰?
いやマジで。俺の知らない単語を出さないでくれ。
それきりジャンは困惑顔で黙り込んでしまう。よくわからんが俺が学校へ行くことについては大公様なる人物の反対にあうから無理ということらしい。義務教育とかいう概念はないのかな? てかマジで誰だよ、大公様。雰囲気的に役職名だろうか? 誰か説明して!
「……家庭教師は?」
「新しい家庭教師をすぐに手配致します」
「じゃあよろしく」
沈黙がつらい。
自分の部屋なのにひどく居心地が悪い。文字通りジャンが引っ付いてまわるから気を抜くこともできない。貴族ってこんな息苦しいの?
ユリスに成り代わってまだ数時間程だがはやくも音をあげそうだ。
「今日の予定は?」
「特にございません」
うーん、暇だ。
世間話を好まないのか、それとも従者という仕事に徹しているからなのかジャンは素っ気ない。一問一答形式でしか会話が進まない。けれども会話を強要すると、ジャンは思い詰めた表情をする。それは俺としても不本意だ。結果、意思疎通がままならない。
なんだか座っているのも飽きてきたのだが、かといって無意味に室内をうろうろすると何故かジャンが苦痛な面持ちとなる。
まずはこの従者との付き合い方を探るのが先かもしれない。
「ジャン」
「はい、こちらに」
ピシっと背筋を伸ばしたジャンが、顔を強張らせる。
ところでなぜこの人は、たかが十歳の子供相手にこんなにもビビっているのだろうか。謎だ。
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