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2 俺は何者

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 どうやら俺は異世界にいるらしい。

 前世?の俺はどこにでもいる平凡な男子高校生だったはず。とはいえなぜか記憶がぼんやりしていて前世での名前なんかはまったく思い出すことができない。

 しかしこの世界が見慣れぬものであることは間違いない。同時にこの小さな体も。

 今世の俺は一言で称すれば絶世の美少年。漆黒の髪と瞳は前世とそう変わらないが、いかんせん顔の造りがお見事だ。
 ひとつひとつのパーツが美しくその配置も完璧。どこかクールな面持ちで黙っていれば影のある美少年。

 見た目的には十歳くらいだろうか。少学生ぐらい? こっちの世界に小学校があるのかはわからんが多分それくらい。身につける衣服は高級品で、どこの貴族だっていうくらい装飾が付いている。無駄に胸元がヒラヒラした白いシャツに緑がかった生地の厚いジャケット。うん、非常に動きにくい。

 とりあえずどこかの世界の美少年に成り代わってしまったらしい。それはいいんだが(いや、よくないか)、俺は今非常に困った立場にいた。

 普通こういうのって赤ん坊の頃から記憶があるものじゃないの? それか突然前世の記憶を思い出すとかさぁ。
 しかし残念なことに俺はこの体の持ち主に関する情報を一切持ち合わせていない。はっと気が付いたら見知らぬ美少年に成り代わっていた。ついでに前世の記憶もほとんどない。なんて不親切設計。どうしろと?

 いまから全くの他人(しかも彼のこれまでの人生の一切の記憶なし)に成り代わって生きろなんて難易度高すぎる。すでにリタイアしたい。

 もしかしたら単純に俺が記憶喪失なだけという可能性もある。いやでもそうするとこのうっすらと頭に残る現代日本の記憶が説明できない。うまく言葉にできないが、この小さな体に違和感があるのも事実だ。これは絶対に俺の体じゃない。

 どうやら俺はこの美少年として生活していく他ないようだ。
 先程の不審な青年をみるに、ユリスというのが今の俺の名前らしい。絶対に日本人ではない名前に、あぁここは本当に現代日本じゃないのだと軽く絶望する。

 あの後、そそくさと部屋に戻ってきた青年はテキパキと自身の血を掃除するとまたどこかへ行ってしまった。なにをどうしたのかはわからないが、毛足の長い絨毯に染み込んだ血はあっという間に綺麗になった。どういう仕組みだろうか。まさか魔法とかそういうものだろうかと、ここにきて僅かに胸が高鳴った。

 けれども青年は決して俺と目線を合わせず、「もしかして魔法とか使える感じですか?」とは到底訊けない雰囲気だった。つらい。

 ひとり部屋に残された俺は、姿見の前で仁王立ちしていた。うーん、どこからどう見ても完璧な顔。文句の付けようがない。俺は一体前世でどんな徳を積んだのだろうか。

 しばらくじっと鏡に映る己の新しい顔に魅入っていた俺は、背後に音もなく立った青年にしばらく気が付かなかった。

「う、わぁ」
「失礼致しました」

 鏡越しにばっちり目が合って、びくりと振り返る。いつの間に戻ってきたのか。先程の青年が深々と一礼する。

 バクバクとうるさい心臓を押さえて、思わず八つ当たりのように睨みつければ、青年はさっと表情を曇らせた。

「申し訳ありませんでした。どうぞご随意に」

 すっと差し出されたのは先程の小型ナイフ。血は綺麗に拭き取られ、鈍く輝いている。ちらりと青年の左腕に目を遣る。着替えてきたのか、シックな執事服には傷ひとつない。袖の下がどうなっているかなんて想像もしたくない。

 無言の俺に、青年は根気強くナイフを差し出してくる。やめて欲しい。

 この状況でナイフを手渡してくる意味。さすがに察した。

「どこでも構いませんよ」

 無表情でそんなことを言う。どこも刺したくないってのに。けれどもこのまま黙っていれば、彼は先程のように自らナイフを振り上げる可能性がある。それもたいぶ怖い。目の前でいきなり血を垂れ流す様子を見せつけられた俺の気持ちも考えて欲しい。ちょっとしたトラウマだ。

 仕方がなしに、俺はナイフを受け取った。途端、青年が覚悟を決めるように唇を噛み締めた。やめて、そんな目で俺を見ないで。まるで俺が悪いみたいじゃないか。

「……これは必要ないです」

 前世の俺よりも高い声。緊張のせいで強張った無感情な声になってしまった。青年が、小さく息を呑んだ。さっと俺の手からナイフを取り上げると、今度はきちんと懐にしまってくれた。よかった。どうやら話せばわかってくれるらしい。

「大変失礼致しました」
「い、いえ」

 そのまま沈黙がおりる。先に痺れを切らしたのは青年の方だった。

「私を殺さないのですか」

 こえーよ、この人。
 俺の異世界ライフ、早くも難題にぶち当たってしまったらしい。
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