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番外編

王太子との出会い2

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「あれ?」

 しばらくエドワードと無言で飲んでいれば、席を立っていた茶髪くんが戻ってきた。僕の姿を認識するなり、なにやら慌てたように小走りにやって来た彼は、僕をひと睨みする。なぜ?

「ちょっと、あなた一体なにして」

 エドワードと僕を引き離すかのように間に割り込んできた茶髪くん。まるで僕を警戒するかのような動きに、ちょっとだけ腹が立つ。この僕をぞんざいに扱うなど許せない。

 ムッと睨み上げれば、鋭く睨み返された。ひぇ、こわ。なんかこう、雰囲気がやばいね。やばい人だよ、この茶髪くんは。

 ちょっと首をすくめればエドワードが「問題ない」と短く声を発する。

「ですが」
「財布を忘れたそうだ」

 おいやめろ、この馬鹿。
 おそらくエドワード的には僕が怪しい人間ではないアピールをしたかったのだろう。だが財布忘れたなんてあからさまな嘘すぎる。下心みえみえじゃないか。案の定、茶髪くんが警戒心を露わにする。

「へぇ? 財布をね」

 変な圧をかけてくる茶髪くんに、頰を引き攣らせる。やはりこいつはやばい。こんなにも可愛い僕に靡かないなんて。

「そんな明らかな嘘に引っかからないでくださいよ」

 眉を寄せて小声でエドワードに耳打ちする茶髪くん。それを受けてエドワードがわずかに目を見張った。

「嘘なのか?」
「嘘じゃない。財布は持ってきたけど。中身は入ってない」

 ほら、と上着の内ポケットに仕舞っていた財布を投げてやる。怪訝な顔で受け取った茶髪くんが遠慮なしに中をチェックし始める。

「……よくこの店に入りましたね?」

 吐き出された呆れ声に肩をすくめる。僕の財布には現在、酒が一杯飲めるか飲めないかくらいの額しか入っていない。たぶんそこらのおつかい中の子供の方が金持ってる。

「どうだ。本当にないだろ」

 ふふんっと胸を張れば、「なんでそんなに得意気なんですか?」と茶髪くんにドン引きされてしまった。嘘つきの汚名を返上したのだ。喜ばしいことだろう。

「で? 金がないから奢ってもらおうという魂胆ですか」

 なるほどね? と意地悪い笑みを浮かべた茶髪くんが大袈裟にため息をつく。そしてなにやら自身の財布を取り出した彼は、乱暴に数枚の札を引き抜いた。

「これで足りますよね?」

 バンっと目の前のテーブルに叩きつけられたそれを素早く目で追って数える。ふむふむ。確かにこの場の会計には足りるだろう。だがしかし。

「今夜の宿代が足りない」
「は?」

 もうちょい出せるだろと粘れば、露骨に嫌な顔をされた。まぁ宿代なんていらないけどな。家近いし。だがこの男たちは金を持っていそうだ。搾り取れるだけ搾り取っておかないと。

 にやっと笑って右手を差し出せば、茶髪くんが僕の肩を掴む。む?

 そのままなんと外に追い出そうとするではないか。非常事態だ。

「助けて、エドワード」

 この茶髪が酷いことする! と優雅に座るエドワードに助けを求めれば、なぜか茶髪くんが目を見開いた。

「名前教えたんですか?」
「まぁ、な」

 なにやら気まずそうに視線を逸らせたエドワードは、こほんと咳払いをする。名乗ったらまずかったのか?

 きょとんとエドワードと茶髪くんを見比べていれば「ほら、あなたはさっさと帰る」と上着のポケットに札を押し込められる。だから少ないて。

 この茶髪。こんなに可愛い僕を前にして見惚れるどころかぞんざいに扱いやがる。人の心ないんか?

 するりと茶髪くんのわきを通り抜けて、再びエドワードの隣に着席する。「あ、こら!」と茶髪くんが手を伸ばすが無視した。

 エドワードの肩にもたれて茶髪くんを睨み付けてやる。

 仁王立ちで僕を見下ろす茶髪くん。

 静かな勝負を邪魔したのはエドワードだった。

「そんな邪険に扱うこともないだろう」

 おぉ! エドワードが僕の味方した。よくわからんがチャンスである。ここぞとばかりに上目遣いで「エドワード」と名前を呼んでやる。これに眉を吊り上げたのが茶髪くんだ。

「そんな見るからに怪しい男を側に置かないでいただきたいですね」
「僕べつに怪しくないよ?」
「酒場で財布忘れただの言って擦り寄ってくる男は怪しいと相場が決まっています」
「財布は持ってる。さっき見せただろ? 中身がないだけで」
「余計にタチが悪いです」

 なんでだよ。だが茶髪くんとは違い、エドワードは僕に気がありそうだ。僕可愛いもんね。もうちょっと一緒にいたいと思ってしまうその気持ち、わかるよ。お望み通り隣にいてやろうじゃないか。

 にこっとエドワードに微笑めば、彼は目を眇めた。

「そういえば、今夜の宿がないと言ったな」
「うん」

 自宅は近いけどな。正確には宿代との名目で金をもらいたいだけである。

「うちに泊まるか?」

 ん? おやおや?
 お持ち帰りですか? 別にいいぞ。

 やったぁ! と大袈裟に喜んでやれば、茶髪くんが「ちょっと!」とエドワードに食ってかかる。どうやら僕のお持ち帰りに反対らしい。この茶髪くんの立ち位置がよくわからない。友人にしては接し方が丁寧すぎるし、なによりお持ち帰りに口出しするのはやり過ぎだろう。人の恋路に首を突っ込むなんて野暮だぞ。君は一体誰なんだい?

「なにか問題でも? 困っている民を助けるのも私の務めだろう」
「これはそういう問題ではないです。突然とぼけないでくださいよ」
「おまえに迷惑はかけないから安心しろ」
「どこぞの間者だったらどうするんですか」
「にしては間抜け過ぎるだろ」
「あなたの身に何かあったらどうするんですか」
「心配ない。見たところ鍛えていないようだし。いざとなれば私でも制圧できる」
「ですが」

 すげぇ悪口言われてる。
 気配を消してにこにこと見守っていたが、段々とヒートアップしていくふたりは僕の悪口を並べ立てている。間抜けってなんだよ。制圧ってなに? 怖いんだけど。

 もう諦めてこの隙に逃げ帰ってしまおうか。ポケットには茶髪くんにもらった札が入っている。今日のところはこれで我慢するか?

「彼のどこをそんなに気に入ったんですか?」
「……顔」

 茶髪くんの問いかけに、エドワードが最低な発言をしている。でも仕方がない。僕の武器はこの可愛い顔だもんね。引っ掛かってくれてなによりです。

 なにやら諦めたようにため息を吐いた茶髪くんが、僕を振り返る。

「主人がそこまで言うなら仕方がないです。ですがいいですか? うちの主人に迷惑かけたらダメですよ」

 主人?
 なるほど。茶髪くんはエドワードの使用人的な人か。よくわからんがエドワードは僕に惚れたらしい。お持ち帰りしたいとごねている。見るからに金持ちそうな男を逃すという選択肢はない。「はーい」と元気に返事をしてやる。いい金づるを見つけたぞ。
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