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40 ピンチの時にどうするか

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 どうしようもないピンチに陥った時、一体どうすればいいのか。

 答えは簡単。ずばり逃げる。

 僕はこれまでの人生そうやって生きてきた。やばい男を引っ掛けてしまった時や、これ以上金を引き出せないと判断したセフレから逃げてきた。

 今の状況はそれらに匹敵する。それほど僕は追い込まれていた。

 これまで王太子殿下というとんでもない金づるを逃したくないという一心からエドワードのそばにとどまっていたが。

 もう限界だ。

 エドワードに生活を依存するのはダメだ。彼に捨てられた時に取り返しがつかないほど後悔することになるから。であれば、エドワードを切り捨てるしかない。王宮事務官の職を失うのは非常に惜しいが、致し方ない。また似たような手段で新しい職を見つければすむ話だ。

 そうと決まれば行動せねば。

 荷物はいらない。とりあえずどこか適当な男の元に転がり込もう。あてがなければ、そこらの酒場で引っ掛けてもいい。

 だがそれにはまず。

 ちらりと書類仕事を続けているザックに目をやる。副団長にバレた以上、すぐにでも逃げ出さねばならないがザックがいる。

 あれからまだ数時間ほどしか経っていない。流石にまだスコットに話は伝わっていないだろう。

 平静を装って席を立つ。ザックが視線だけを向けてくる。それに対して「ちょっとトイレ」と軽く片手を上げておく。

「寄り道しないでくださいよ」
「はーい」

 トイレは事務室のすぐ近くにある。油断しているザックはついてこない。

 焦る気持ちをおさえて、ゆっくりと外に出る。パタンと扉が閉まるが、まだだ。ゆっくりゆっくり。

 そうして廊下をぺたぺた歩いた僕は、一度振り返る。ザックはいない。それを確認して走った。

 こうして僕はエドワードから逃亡することに成功した。


※※※


「ルース!」
「うわ! びっくりした」

 近衛騎士団から逃げ出した僕は、そのまま王宮内にいた。僕が居なくなったと知った彼らは、どうするだろうか。おそらくザックは僕を探すだろう。彼の仕事は僕の護衛というか見張りというか、なんかそんな感じだったから。まさかそのまま王宮内に居座っているとは思うまい。

 経理部のある建物の一角。いつもこっそり着替えに使用していた人の立ち寄らない一室に潜伏していた僕は、帰宅するルースを待ち構えて突撃した。

「久しぶりだね、リアム」

 呑気に挨拶してくるルースはいつも通りの冴えない顔だ。どうやら仕事終わりでお疲れらしい。

「騎士団の方はどう? 上手くやってる?」
「そのことなんだけどさ」
「ん?」

 ルースの腕を引っ張って先を急ぐ。とりあえず今は王宮から出なければいけない。地味な事務官リアム姿の僕は、ルースと共に外に出る。

「今日ルースの家に泊めて」
「え」
「ダメ? お願い!」

 精一杯の涙目上目遣いで腕を絡めてやれば、ルースがわかりやすく息を呑む。その視線が泳いだのを、僕は見逃さなかった。

「ねぇ? いいでしょ」
「ちょ、わかったから!」

 すっと顎を撫でてやれば、ルースはあっさり頷いてくれた。相変わらず簡単な男だな。

 ルースの家は普通だった。まぁ、下っ端王宮事務官のひとり暮らしなんてこんなものか。

 狭くはあるが、意外と片付いている。そういえばルースは几帳面な男だったな。

「狭い家だね」
「こんなもんだろう?」

 エドワードの部屋に慣れてしまったらしい。どうにも手狭に感じる。でもいいや。ここは一時避難場所だから。明日からはまた別の男の元へ逃げ込むつもりだ。エドワードや近衛騎士を撒くには、ルースの家ではちょっと心許ないし、なによりルースから金を引き出すのはちょっと無理だろう。

「それで? 急にどうしたの」

 帰りに買ってきた夕飯をつまみながら、ルースが首を傾げる。彼は僕の素顔を知っているが、エドワードの愛人をやっていることまでは知らない。僕のことは素顔が可愛い事務官リアムだと思っている。

「んー? ちょっとルースの顔を思い出したからさ。元気かなって思って」

 とりあえず可愛く笑っておく。

「一晩だけ泊めてよ。帰るの面倒だから」
「別に構わないけど」

 ルースは僕の可愛さに惚れ込んでいるから言うことはなんでもきく。でも根が臆病というか優しいというか。手は出してこない。

 今頃エドワードは全部聞いたかな?

 僕のことは単なる過去の愛人だとさっさと忘れてくれると助かる。いや、完全に忘れられるのは嫌だな。僕のプライド的に。ほどほどには覚えておいてほしいかもしれない。
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