王太子の愛人である傾国の美男子が正体隠して騎士団の事務方始めたところ色々追い詰められています

岩永みやび

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39 状況は理解した

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無我夢中で走って、走って、走って、私は漸く、目的地に着いた。


誰も連れてきていない。
一人きりだ。

黒宮君が今頃助けを呼んでくれているはず。
私は、一刻も早く龍牙に会いたい。


「……はっ、はぁっ、はッ…」


廃工場の入口はいくつかある。いつしか来た記憶を辿って、私は適当な扉から中に入った。

ここに龍牙がいるかは分からない。西柳の方だとはいっても、全然違う方にいるかもしれない。でも、とにかく探さないと。



焦りに駆られながら廊下を走ると、おかしな光景が見えた。

「ぇ、えっ、え? だっ、大丈夫ですか…?」

廊下のあちこちに、不良さんが倒れている。不良のたまり場というのは黒宮君が教えてくれた。でも、どうして皆倒れているんだ。倒れている一部の人は血を流していたり、まだ苦しそうに呻いていたりと、惨憺たる様子だった。

これは、何かある。

倒れている人が心配だったけれど、今は龍牙を探すことを優先しよう。




廊下を走っていくと、何やら話し声が聞こえてきた。どうやら扉の向こうで話をしているらしい。扉に近づくと、その会話が聞こえてきた。


「やーーめーーろ!!! なんでっ、なんでこんなっ…」
「うるせぇな。おい、誰か押さえとけ」
「やめろっ!! なっ、……あ? ボコるんじゃねぇのかよっ……離せっ!」


龍牙の、声。

判断した時には扉を開けてしまっていた。
もう少し様子を窺えば良かったのだろうが、やはり冷静になれなかった。


「誰だっ……あ?」
「……アイツ…」
「おー、誰誰?」

扉を開けた先は、少し狭い部屋だった。体育館の倉庫かなってくらいの広さで、そこには十人くらいの不良さんが立っていた。

そして、部屋の中心で、誰かが誰かを押し倒していた。その誰かが振り向き、息を切らす私を見てにやっと笑った。

「……はっ、は……ぁ…」
「ああ、チビ……コイツのダチか」
「…はっ……離して、龍牙を………」
「どうやってここまで来たかは知らんが…そこで黙って見てろ」

渡来、賢吾。
渡来は誰かを押し倒している。
床には絹糸のように美しい金色が散らばっている。もう、誰のものかなんて、分かりきっていた。

「すっ、鈴?鈴なのか?何で、何でこんなとこ…」

渡来の下から困惑しているあの子の声が聞こえ、私は泣きそうになった。すぐに、今すぐに、連れて帰りたい。

渡来に向かって手を伸ばしたけれど、その手は誰かに掴まれてしまった。

「だっ、誰、離して」
「………………」
「ちょっと、離してって…」

私の腕を掴んだのは、フードを深めに被ったパーカーの男だ。その人は無言で、私の腕を離してくれない。痛くはないけれど、動かせない。

「鈴っ、ちょ、なあっ、鈴に何もすんなよ!?」

違う、何かされそうなのは、龍牙の方だ。

「……心配すんなって。俺が興味あんのは、お前だけだ」
「さっきからそう言ってるけど、マジで何す、ぅ、わっ」

カチャカチャと音が聞こえ、何か細長い物が放られる。ベルトだ。龍牙のベルトが、引き抜かれた。

「へっ?何で、ベルト…??えっ、や、止めっ、ろ、待って、何…、え…?」
「お前みたいに生意気な奴はな、泣き顔がエロいんだよ」
「………………あ……」

困惑したような、声。
一拍置いて、悲鳴じみた叫び声が聞こえた。

「やっ、やだっ!!! やめっ、止めろ、ひっ、ぃ、いやだっ…、おれはっ、おんなじゃっ……」
「はははっ!!」
「すっげ、半泣きじゃん」
「あれは処女だわ。ケンちゃん羨まし~♡」


とうとう、龍牙が理解してしまった。

だめだ、このままだと、龍牙が。


「止めろ!!!!」
「うっせーなァ…誰かそいつ押さえとけ」
「…………」

パーカーの男が私に片腕を伸ばしてくる。私はその腕を振り払った。
まさか抵抗されるとは思っていなかったらしく、男が怯む。

何かしないと。
殴られたり蹴られたりして押さえつけられないのは、私がそれだけ弱いと信じているからだ。確かに私は弱い。



でも、誰かを助けることくらい出来る。


「やだ、やだ、ぁ、やめろっ、やめ、て……っ…」
「…………あの、渡来……さん」
「あ?」


ああ、ピンがあればもっと可愛く出来たかな。


どうでもいいことが、ふと、頭をよぎった。


前髪を退かして、にっこり渡来に笑いかける。


笑顔は慣れている。
いつだって私は嘘の笑顔が出来る。

辛い時だって、悲しい時だって、苦しい時だって、

…………怒っている時だって、

いつだって、笑顔を浮かべられる。


優しい目元、ゆったりと上げる口角、ほんの少しだけ下げる眉、綺麗な笑顔は何度もしてきた。


「ねぇ…………賢吾さん…」


色を含んだ声で、こてんと首を傾げる。




渡来が固まり、私を止めようとしていたフードの男も固まった。
いつの間にかガヤも静まっていた。

私だけが動いて話している。
……ああ、私だけじゃないや。

渡来が振り向いて固まったからか、渡来の体の下から龍牙の姿が見えた。足も腕も縛られて、とても抵抗出来るような姿には見えない。



「……鈴…………?」

「ねえ、賢吾さん。私の方が、ずぅ…っと可愛いでしょう?」

「すず、まって、何、言って…」

「そこの金髪の子より、私とシません?」

龍牙、そんな顔しないで。


だって私、慣れてるから。大丈夫。ずっとそういう目で見られてきたのは、分かってるから。何かされたことはまだ無いけれど、視線には慣れている。


「……かっ、可愛、いい…」
「なっ、何あの美人…」
「激シコじゃん」
「エロ」
「は?は?しっ、死ぬほど可愛いっ」

周りがざわめきたち、渡来だけが数秒遅れて反応を返す。

渡来はにんまり笑い、立ち上がった。
良かった、引っかかってくれた。

「はは……こんな奴がいたとはな。確かにコイツよりずっと可愛い」
「でしょう?」

「まって、やめっ、やめて、やだ、すず、鈴、にげて」

引きつった悲鳴が聞こえる。
鼻をすすりながら、ぐすぐす泣きながら、私に呼びかけている、龍牙の声。

ごめんね、今だけは、無視させて。

「テメェ…相当男食い慣れてんな」
「やだなあ、処女ですよ」
「……マジで言ってんのか?」

「鈴、すず、やめて、お願い」

渡来が歪な笑みを浮かべて私に近寄ってくる。笑みを絶やさず、私は話を続けた。なるべく煽れるように、龍牙に絶対目がいかないように。

そして、ダメ押しに、渡来の色々なことを、なるべく刺激することにした。

「ええ。紅陵さん・・・・や氷川さん、色んな人に守ってもらってましたから」
「おっ、おいおい待て待て、お前紅陵の男か!あのムカつくクソハーフの男を寝取れるわけだ。しかも、あのヤリチンの男のくせしてまだ処女か。相当大事にしてるってことだな?…ほぉ~ん」

「やだ、ぉ、おいっ、鈴、いい加減に、しろっ…」

ぐいっと顎を乱暴に掴まれ、無理な姿勢に首が悲鳴を上げる。体が訴える痛みも、龍牙の悲鳴も怒りも無視して、私はひたすら笑顔を貼り付けた。

「気に入った。おいお前ら、金髪退かせ。もうソイツはいい」
「…あの子には絶対手を出さないでください」
「分かった分かった。紅陵の男なら訳が違うしな。約束も守ってやる。その代わり言うこときっちり聞けよ」
「勿論です」

「…やっ、…おいっ、渡来!! 俺の事狙ってたんじゃねぇのかよっ!! そっ、そんな良い子そうな奴じゃなくて、なっ、生意気な俺を…」

龍牙は訴えの方向を変えたが、もうそれは遅かった。
縛られて動けない龍牙が、マットの上から退かされる。私は渡来に肩を抱かれ、そこへ座らされた。


「おいお前ら、紅陵にコイツの処女卒業ビデオ送りつけるぞ」
「ふぁ~~ケンちゃん最ッ高♡」
「二番目俺!」
「え~俺撮影係やだ~俺もこの子とヤりたい~」
「僕も!」
「じゃあジャンケンだ、それなら平等だろ」
「おっけおっけ」
「ズルすんなよ~!」

周りが色めき立ち、思い思いのことを口にする。渡来はその様子を聞きながら、じっくりと私の体を見ていた。

「いやあ……どうすっかなァ、ほんっと美人だな」
「……よく言われます」

前髪はずっと手で押さえている。顔はずっと見えていた方が良いだろう。

「…………いや、マジで悩むな」
「ケンちゃんドーテイかよ~!」
「服脱がす時点で悩んでるのかよ、はははっ」
「こんな美人滅多にお目にかかれねぇしなぁ」
「半分脱がすって死ぬほどエロいよね。あーでも全裸も惜しいなぁ~!」

周りがげらげらと笑ったが、かき消されそうな龍牙の声がかすかに聞こえた。

「はっ、は、ぁ……やだ、やだ、すずっ、すず…、やだ、やだ、やっ…、やだ、ぁ……、おっ、おれ、に、しろっ、おれにしろよ…、おれに、して、くれ………たのむ…」

ちらりとそちらを見れば、龍牙が大粒の涙を零してぼろぼろと泣いていた。自分のせいで…とか考えてそうだ。後で慰めてあげないと。

あんなに怯えていたのに、自分にしろと言っている。それだけ今の私を心配しているのだろう。

大丈夫、慣れてるから。
龍牙はこんな状況初めてだから怖いだろうけど、私は、初めてじゃない。

「あっ、ハサミで服切るとかどうです?」
「あーそれいい。乳首のとこだけ切ろうぜ」
「それ採用」
「流石にかわいそうじゃね?」
「紅陵の男なんだからそれもありっしょ」
「確かに」

「だれかっ……、やめろよ、やめろ、……すずっ…、だれか、たすけて……」

また、不良たちが笑う。大丈夫、大丈夫。だって龍牙を守れるから。

自分のこの容姿が役に立って、良かった。
龍牙に何度も守られたから、今度は私が龍牙を守る番。


「ハサミって誰か持ってたっけ?」





「アマノ、お前持ってたよな」





「……えっ?」


突如聞こえた名字。私は耳を疑った。いや、アマノ、天野、……天野君、天野優人じゃ、ない、だろう。
だって、そうだとしたら、この不良と天野君が揃って、私や龍牙を……


「……ああ、持ってるよ」
「てかお前このフードなんだし。脱げ」
「そーそー、いつもはパーカーなんか着ねぇくせに」
「顔隠したい感じ~?」
「ちょっ、止めてくださいよ…」

フードを脱がされた、男。
私の腕を掴んで押さえつけようとした、男。

その男は、よく目立つ、青い髪をしていた。

それは、ついさっき、教室で見た……


「……あまの、くん…?」


私が呆然として呟くと、パーカーの男は顔を上げた。

眉を下げ、泣きそうな顔でこちらを見ている。



「…………ごめん」



零された声は、酷くか細かった。
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