上 下
34 / 62

34 知り合い?

しおりを挟む
 終始上機嫌のエドワードを相手にするのはなかなか楽しかった。

 ゆったりと食事を堪能した僕はトイレに行こうと席を立つ。外で控えていたザックが当然のように後をつけてくる。

「なんでついてくるの」
「おひとりにするわけにはまいりませんので」

 僕のプライバシーはどこへ行った。だがザックが僕についてまわるのはいつものことだ。放置していると「殿下とのお出かけ、楽しんでますか?」と訊かれた。

「普通に楽しいよ」
「そりゃあよかったです。このまま諦めて仕事辞めたらどうですか?」

 どういう流れだよ。なんでお出かけが楽しいと仕事辞めるって発想になるんだ。どういう思考回路してんだ、こいつ。

 ザックはたまに変なことを言う。これだから脳筋騎士は。やれやれと肩をすくめてやれば「呆れたいのはこっちですよ」と嫌味っぽい言葉が返ってきた。

 そのままトイレを済ませて部屋に戻ろうとした時である。

「……リア?」

 ザックと連れ立って、エドワードの待つ個室へと向かっていた僕に声をかける者があった。反射的に立ち止まって振り返ると、なんだか見覚えあるようなないような男が立っていた。

 きっちりとした服に身を包んだ、いかにも上流階級にいますよ的な若い男は驚きに目を見開いている。てか僕の名前呼んだよな? 「お知り合いですか?」とザックが問いかけてくるがちょっと待ってほしい。今思い出しているところだから。

「リアだよな。こんなとこで何してんの」
「……ご飯食べてる」

 とりあえず事実を伝えておけば「いやそういうことじゃなくて」と男が突っかかってくる。それにしても金持ってそうな男だな。こいつなら僕が引っ掛けていてもおかしくはない。もしや過去に遊んだ男か? 可能性はあるな。

 きっちりした服装に反してなにやらチャラついた雰囲気である。セットした髪型にキリッとした目元。ぐっと眉間に皺を寄せた彼は「誰だ、そいつ」とザックを睨みつけている。剣呑な雰囲気を察したらしいザックが、僕を庇うように前に出た。

 それを見て、男が鼻で笑う。

「新しい男かよ。どんだけ節操ないんだ」

 はぁ?

 なにその唐突な悪口。反射的に振り上げた拳を、ザックが掴んで制止する。邪魔をするんじゃない。一発殴ってやらねば気が済まない。「知り合いですか?」と小声で訊ねてくるザックも、眼光鋭く男を見据えている。

「こんな失礼な男知らないから!」

 大声で宣言してやれば、男が眉を吊り上げた。

「人に散々貢がせておいてよく言うわ」

 吐き捨てられたセリフに眉を寄せる。僕こいつに貢がせたか? ザックが目を見開いて僕を凝視している。頑張って記憶を探る。

「……似たような男を結構引っ掛けてきたから、ちょっとよくわかんない」

 一回だけ金を引き出してさよならした男とか、しばらくお付き合いらしきものをしてみた男やら。心当たりがありすぎる。

 正直に誰かわからないと告げたところ、ザックと男が静かに目を合わせていた。次いでふたりして僕を見下ろしてくる。その目には呆れのような憐れみのような微妙な色が浮かんでいる。

 沈黙を破ったのは、名前も思い出せぬ男だった。

「……おまえ、前々から思ってたけどやっぱり馬鹿だろ」

 なんだと。

「普通そんなこと思ってても言わないだろ。どういう神経してんだよ」

 いきなり僕を侮辱した男は、興味が失せたとでも言いたげに肩をすくめた。随分と偉そうな態度だ。

「んな怖い顔すんなよ。新しい男つれてたからちょっと揶揄ってやろうと思っただけだよ。まさか顔も忘れられているとは思わなかったけどな」

 どうやらこの失礼男はザックを僕の新しい金づるだと思っているらしい。んなわけないだろ。

「相変わらず危ない生き方してんな。そのうち誰かに刺されるぞ」

 一方的に捲し立てた男は、「じゃあな。せいぜい気をつけろ」と片手を上げて去っていく。結局誰なんだよ、おまえは。

 だがこのクソ失礼な態度で思い出した。確か僕が半年ほど前に一時期養ってもらっていた男だ。いや正確にはすでにエドワードの愛人やってたから暇な時に転がり込む程度だったのだが。金だけは持っていた気がする。だんだん思い出してきたぞ。

 記憶によればなんだか有耶無耶な感じで別れた気がする。いや別れようと互いに言った覚えはないな。エドワードの屋敷に入り浸るうちに自然と足が遠のいたのだ。

 まさかこんな場所で再会するとは。ぼけっと小さくなっていく背中を見送っていると、ザックが僕の肩に手を乗せた。我に返って振り返る。

「え? 結局はお知り合いってことでいいんですか?」
「昔のセフレ。エドワードと鉢合わせなくてよかったね」
「なんでそんな他人事なんですか」

 呆れるザックにつれられて。僕はやっとのことでエドワードの元へと戻って行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

怜くん、ごめんね!親衛隊長も楽じゃないんだ!

楢山幕府
BL
主人公は前世の記憶を取り戻し、現実を知った。 自分たちの通う学園が、BL恋愛シミュレーションゲームの舞台だということに。 自分が、そこに登場する性悪の親衛隊長であることに。 そして彼は決意する。 好きな人――推し――のために、悪役になると。 「イエスッ、クールビューティー怜様!」 「黙れ」 「痛い、痛いっ!? アイアンクローは痛いよ、怜くん!」 けれど前世の記憶のせいか、食い違うことも多くて――? 甘々エッチだけどすれ違い。 王道学園ものの親衛隊長へ転生したちょっとおバカな主人公(受)と、不憫な生徒会長(攻)のお話。 登場人物が多いので、人物紹介をご参照ください。 完結しました。※印は、えっちぃ回です。

聖女召喚に巻き込まれた単なるアイドルですが異世界で神と崇められています。誰か聖女を止めてくれ

岩永みやび
BL
日本で大人気のアイドル荒神湊は、ある日異世界へと飛ばされてしまう。どうやら聖女召喚の儀に巻き込まれてしまったらしい。 なんの特殊能力も持たない湊だが、なにやら聖女の様子がおかしい。「この方はカミ様です!」 どうやら湊の大ファンだったらしい聖女のせいであれよあれよという間に異世界で崇められ始めた湊。いや違うんです! 自分ただのアイドルなんで! 誰か聖女を止めてくれ! 異世界で神と崇められた主人公がなんやかんやあってBLする話です。 ※不定期更新。聖女(女子高校生)が結構出てきますが恋愛には発展しません。BLです。R18はおまけ程度です。主人公がちょっとクズっぽいかもしれないです。

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

騎士隊長が結婚間近だと聞いてしまいました【完】

おはぎ
BL
定食屋で働くナイル。よく食べに来るラインバルト騎士隊長に一目惚れし、密かに想っていた。そんな中、騎士隊長が恋人にプロポーズをするらしいと聞いてしまって…。

【完結】悪役に転生した俺、推しに愛を伝えたら(体を)溺愛されるようになりました。

神代シン
BL
主人公の青山朶(あおやまえだ)は就活に失敗しニート生活を送っていた。そんな中唯一の娯楽は3ヵ月前に購入したBL異世界ゲームをすること。何回プレイしても物語序盤に推しキャラ・レイが敵の悪役キャラソウルに殺される。なので、レイが生きている場面を何度も何度も腐るようにプレイしていた。突然の事故で死に至った俺は大好きなレイがいる異世界にソウルとして転生してしまう。ソウルになり決意したことは、レイが幸せになってほしいということだったが、物語が進むにつれ、優しい、天使みたいなレイが人の性器を足で弄ぶ高慢無垢な国王だということを知る。次第に、ソウルがレイを殺すように何者かに仕向けられていたことを知り、許せない朶はとある行動を起こしていく。 ※表紙絵はミカスケ様よりお借りしました。

処理中です...