王太子の愛人である傾国の美男子が正体隠して騎士団の事務方始めたところ色々追い詰められています

岩永みやび

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28 交渉

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「僕にとって最大の危機だ」
「はぁ、そうですか」

 翌朝。

 当然のように遅刻が決定していた。いや起きるには起きた。しかしエドワードがなかなか部屋から退出しなかった。彼は僕のことを無職のヒモ野郎だと思っている。つまり年がら年中暇人だと思われているのだ。

 そんな僕が「今日予定あるから」なんて言って先に退出するわけにはいかない。束縛傾向にあるエドワードのことだ。一体どこでどんな用事なんだと詰め寄られるに決まっている。
 経験上、そうなると逆に時間を食うことはわかっている。焦る気持ちをおさえて、平常心で振る舞うのが一番だ。あれだ。急がば回れというやつだ。

 ザックは助けにきてくれなかった。薄情者め。

 明日が楽しみだと浮かれ気味のエドワードを見て頰が引き攣る。明日はなんとしてでも休みをもぎ取らねばならなくなった。無断欠勤してしまうとマジでクビになりそう。ギル相手に交渉せねばならない。憂鬱だ。

 そんなこんなでゆったりと時間を費やしてエドワードはようやく出て行った。入れ代わりで姿を見せたザックは呑気に「今日も出勤するんですか」なんて訊いてくる。逆に訊きたいのだが無断欠勤なんていう選択肢があるのか? ないだろ。

「そろそろ諦めた方が賢明ですよ。俺も到底誤魔化しきれるとは思えません」
「諦めてどうする! 頑張らないと!」
「努力の方向性がよくわからないんですけど」

 首を傾げる失礼なザックは放っておくに限る。急いで身支度を済ませた僕は早速外に出る。

「明日は殿下とお出かけなんですよね」
「よく知ってるね」
「護衛担当ですから。副団長も来るらしいですよ」
「知ってる」

 その件で今まさに頭を悩ませているところだ。

「とりあえず明日休みをもらって、そんでもってギル副団長にバレないように色々頑張る」
「色々」

 片眉を上げたザックはやれやれとため息を吐く。「無理だと思いますけどね」と後ろ向きな言葉が聞こえてくる。こいつ意外とネガティブだな。騎士なんてやればできる精神のポジティブ野郎しかいないとばかり。

 そうしてザックを引き連れて騎士棟へと向かった僕は、ひとり副団長室の前でウロウロしていた。もちろん途中できちんと着替えて地味なリアム姿に変装してきた。ザックも事務室に置いてきた。あいつを引き連れて副団長に会うわけにはいかない。
 ザックは僕と離れることをちょっと渋っていたが、騎士棟内であればたいした危険はないと説得してようやく納得してもらった。くれぐれも外に出るな、副団長との話が終わったらまっすぐ事務室に戻ってこいと怖い顔で言い含められた。僕は子供か。

 というわけでひとり寂しく副団長室に足を運んだ僕は、入室するのを躊躇していた。だって間違いなく遅刻している。怒られることが確定している。その上明日は休みをくださいと言わねばならない。ますます怒られる気がする。

 だがウジウジ悩んでいても仕方がない。嫌なことはさっさと終わらせるに限る。なんかこう、勢いで誤魔化そう。うん、そうしよう。

 決意を固めた僕はよしっと気合を入れる。そして控えめにノックをすれば、「どうぞ」と副団長ギルの淡々とした声が返ってきた。

「失礼しまーす」
「遅い!」

 顔を合わせるなり怒鳴ってきたギルに首をすくめる。

「す、すみません。ちょっと遅刻しました」
「ちょっとではありません。一時間です。さっさと入ってきなさい。なにを廊下でうろうろしているのですか」

 バレている。流石副団長。気配に敏感ですね。

「申し訳ありません。色々と心の準備が」
「そんなものは必要ありません」

 短く吐き捨てたギルはキリッと眉を吊り上げる。だが僕の頭の中は明日の件でいっぱいいっぱいだった。遅刻のことは今謝罪したから多分大丈夫。嫌なことは早く終わらせて楽しいことを考えよう。ぎゅっと拳を握った僕は、ギルを見据えた。

「副団長!」
「なんですか」
「明日休みください!」
「……この状況でよく言えましたね。その度胸だけは認めましょう」
「ありがとうございます!」
「褒めてはいないです」

 なにやらドン引きしたようなギルは、忙しなく手元の書類に目を通す。

「別に構いませんがね。それにしてーー」
「ありがとうございます!」
「人の話は遮らない」

 こほんと咳払いをしたギルは、「明日は私も居ないので」と眼鏡を触る。

「仕事が入りましてね。正直あなたの面倒をみている暇がないんですよ。だから休んでもらって構いません。ひとりで出勤してきて余計なトラブルを起こされても困りますからね」
「ありがとうございます!」

 休みをもぎ取ることに成功した。喜びに顔を綻ばせていると「話、理解していますか?」と変な顔をされた。

 なにやら僕のことを貶していたがどうでもいい。休みさえもらえればこっちのもんだ。それに副団長は明日は僕の面倒をみれないと言っていたが、明日の彼の仕事は僕とエドワードの護衛だ。結局は僕の面倒をみることになる。どんまいだな。

「ではそういうことで! ありがとうございました!」

 元気よくお礼を言って退出しようとする。だが待ったがかかった。

「遅刻の件を曖昧にしようとしていませんか」
「……い、いえ。そんなことは」

 あはは、と笑いながら扉へ向かう。そのままドアノブに手をかけて、ちょっと振り返って謝罪しておく。

「遅刻してしまい申し訳ありません」
「謝罪ならこちらにきてからしなさい。なにを帰ろうとしているのですか」

 ダメだ。誤魔化せない。勢いでうやむやにしよう作戦は不発だった。
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