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19 頑張った

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 その後もエドワードは急ぐことなく部屋でゆったりしている。はよ仕事行け、馬鹿野郎。

 まさか僕だけ退出するわけにもいかず、焦りを押し殺して表面上は穏やかに対応してやる。が、内心では頬が盛大に引き攣っている。

「今度丸一日休みが取れそうなんだ。どこか行こう。どこがいい?」

 なぜ僕が同行すること前提なのか。本命の彼女でも連れて行けよ。

「エドワードに任せるよ」
「ふむ。責任重大だな」

 んなことで責任を感じるんじゃない。この間からエドワードのノリがいまいちわからない。なにこれ。僕にどういう返答を求めているんだ。とりあえず可愛く笑っといてやる。これで大抵のことは乗り越えられる。あとはよ仕事行け。

 食後に用意された紅茶を口に含む。もう言い逃れできないくらいの遅刻が確定している。マジでどうしよ。
 上手いこと騎士団の事務室まで駆け込めれば遅刻はバレないと思うが問題はザックだ。なんか変に真面目な男だった。僕が仕事をやっていないことを知ってしまった彼が事務室まで様子を見にきているかもしれない。僕がいなければ探し始めるだろう。それで遅刻が露呈したら最悪だ。

 だがここで下手にエドワードを追い出そうとすれば僕が怪しまれるだけだ。平常心が大事。落ち着けよ、僕。

 ゆったりと紅茶を嗜んだエドワードはちらりとスコットに視線を遣る。それを受けたスコットが、エドワードのジャケットを持ってくる。どうやらようやく仕事に行ってくれるらしい。
 長かった! よく耐えたぞ、僕!

「なるべく早く仕事を終わらせてくる」
「無理しないでね」

 いや本当に。僕のことはお気遣いなく。放置されても怒ったりしないので。セフレの扱いなんてそんなもんだろ。

 ひらひらと手を振れば、エドワードは名残惜しそうにスコットを従えて退出していく。

 さぁ! 僕も急いで出勤せねば!


※※※


 僕は頑張った。それはもうすごく頑張った。頑張ったという事実だけはどうか理解して欲しい。

 素早く身なりを整えた後、エドワードと鉢合わせてはマズいので少し時間を置いて部屋を出た。変に急いで出かけると、それを見た使用人たちからスコットに連絡がいくらしい。このシステムを発見した時にはこの僕が思わず真顔になるほどびっくりした。どうりでタイミングよくスコットが現れるわけだ。

 だから僕はなるべく余裕そうに、ちょっと外出してきます的に悠々と廊下を歩いた。既に遅刻が確定している以上、さらに数分遅れるくらい些細なことだ。おかげでスコットが出現することもなく無事外に出ることに成功した。

 その瞬間、僕は走った。走りながら髪型を崩して目元を覆うように野暮ったい前髪を作った。鞄から眼鏡を引っ張り出して、途中で人気のない木陰に駆け込んで超特急で服を着替える。エドワード好みのフリルやら何やらがあしらわれた華美なシャツから、装飾の一切ないシンプルな仕事用へ。

 そうして目元を完璧に隠して地味な事務官リアムへと変身した僕は、息を整えて騎士棟へと近寄った。

 そうして、しれっと騎士棟へと入った僕は何食わぬ顔で事務室へ向かった。

 やれやれ。今日もなんとかなった。ほっと胸を撫で下ろして事務室に入る。窓を開け放って空気の入れ替えをする。時刻はもう昼前だ。我ながらかなりやばいと思う。しかし全てはエドワードのせいだ。あいつがなかなか離してくれないからだ。

 ふうっと息をついて椅子に座る。背もたれに背中を預けてぼけっとしていれば、唐突に扉がノックされた。ここを訪れるのは今のところザックだけだ。どうぞと声をかければ予想通り。

「リアムさん」

 顔を覗かせた彼は、廊下をチェックすると素早く室内に入ってきた。なんだその不審な動きは。怪訝な顔で見守っていると、ザックが「今まで何してたんですか!」と怖い顔で詰め寄ってくる。

「仕事してたけど」

 しれっと嘘をつけば、ザックが眉を吊り上げる。

「今出勤してきましたよね? 遅刻しましたよね?」
「してないしてない」

 平静を装って否定するが内心冷や汗ダラダラだ。なぜバレた?

「朝からずっと副団長がリアムさんのこと探してますよ!」
「へ?」

 副団長が? まったく探される心当たりがない。僕何かしたっけ? いや遅刻はしたけどさ。それに仕事もまったくやっていない。それらがバレたとか?

 固まっていると、ザックが「早く行きますよ」と僕を立たせる。どこに行くんだよ。

「副団長のとこに決まってるでしょ」
「……僕なにもやらかしてない」
「いや遅刻したことバレてますよ。今何時だと思っているんですか」

 そうではない。そもそも副団長が僕を探したことで遅刻が露呈したんだろ。副団長はなぜ僕を探していたのか。するとザックが「仕事の話に決まってるでしょ」と呆れ顔をみせる。

 どうやら事務仕事はザックと副団長が管理していたらしい。その引き継ぎやらなにやらで僕にお呼びがかかったらしい。だがどこを探しても僕がいないということでちょっとした騒ぎになっているらしい。なんてことだ。

「副団長って怒ると怖い?」

 一応確認しておくとザックが「それ確認してどうするんですか」と首を傾げてくる。

「怖い人なら怒らせないように気をつけようと思って」
「誰が相手でも怒らせたらダメですよ。あともう手遅れだと思います」

 そんなことはない。物事諦めなければ意外となんとかなるものだ。
 そのまま僕はザックに副団長室まで連行された。
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