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13 仲良くなろう
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事務室にひとり突っ立って途方に暮れる。やらなければならない仕事は沢山あるらしい。しかし僕には何ひとつわからない。
そもそも僕が王宮事務官になれたのはこの容姿のおかげだ。昔から勉強は得意ではなかった。だってそんな面倒なことをやらずとも、ちょっと男相手に微笑んでやればいくらでも金を出してもらえたから。勉強して安定した職を手にして、という考え方がいまいちピンとこなかった。
しかし最近、将来のことを考えることが多くなった。二十代も半ばに差しかかり焦りが生じてきた。今は可愛いリアで居られるが、これがいつまで続くか定かではない。
そこでいわゆる安定した職というものを手に入れることにしたのだ。真っ先に思い浮かんだのが王宮勤務。騎士は到底無理だから目指したのは事務官である。
さりげなくエドワードとスコットから職員採用の責任者の名前を聞き出した。あとはそいつの居所を突き止めて、とびきり可愛い顔で近寄れば相手がまんまと乗ってきた。そのままベッドを共にした。もちろんエドワードには秘密である。
あとは自分の正体を明かすだけでよかった。実はエドワード王太子殿下の愛人やってるんだけどと伝えれば相手は死ぬほど驚いたみたいだった。
今夜のこと殿下に言っちゃおうかなと悪い笑みを浮かべればこっちの勝ちだった。王宮事務官になりたい旨を伝えて僕を採用するようにと念押しした。くれぐれもエドワードの耳に入れるなとも言い含めておいた。その甲斐あって、試験はまったくの白紙で提出したにも関わらず合格通知がやって来た。チョロいもんである。
そして働き始めてからも僕は一切勉強をしなかった。簡単に言うことを聞きそうなルースを引っ掛けて、彼に丸投げしていた。
なにが言いたいかって? つまり僕はまったく仕事ができないということだ。片付けで時間稼ぎをしようと思っていたのに予定が大きく狂ってしまった。
「あー、無理」
まずもってなにから手をつければいいのかわからない。というか経理の仕事をそもそも把握していない。同僚はみんな何してたっけな。
適当に棚から引き抜いたファイルをパラパラ捲る。数字の羅列を眺めて肩をすくめた。うん、無理。理解不能。
諦めのはやさは僕の取り柄でもある。
ぽいっと書類を放った僕は、時間が過ぎるのをただただ待つことにしたのだった。
※※※
「お待たせしました」
「ザックさん。思ったよりも早かったですね」
内心では「遅えよ、馬鹿」と思っていたがもちろん顔には出さない。午前中のうちから暇していたのだ。
「じゃあ行きましょう」
ラフな格好に着替えたザックに続く。僕はいつもの地味な事務官スタイルだ。王宮内で変に目立つわけにはいかないからな。
この前はちょっと高めの酒場でスコットに捕まってしまったからな。あの店はもう使えない。素顔をみせて誘惑するなら個室がいいなと繁華街に足を向ける。
前々から目を付けていた店の前で立ち止まれば、ザックがわかりやすく動揺をみせた。
「この店高いと思いますよ?」
知ってる。でも高級店なだけあって店員の口は堅いとの噂だし、なにより個室がある。流石のスコットでも僕を探すために高級店の個室を覗いたりはしないだろう。
「僕が奢るんで気にしないでください」
ザックが目を見張った。そりゃそうだ。いくら王宮勤めとはいえ所詮は下っ端事務官である。こんな高級店に出入り出来るほどの給料はもらっていない。
「あんまり詳しくは言えないけど、他にも仕事してるんで大丈夫ですよ」
仕事っていうか。男共から金をむしり取っているだけだけど。しかし懐に余裕があるのは事実だ。最近ではほとんどエドワードの部屋に住み込んでいるようなものだったから生活費もほとんど浮いていた。金は貯まる一方である。
躊躇なく店内に入れば、ザックもついてくる。店員に伝えて個室を用意してもらえばザックは居心地悪そうに視線を彷徨わせていた。見た目はいい所の坊ちゃんみたいなくせにこういう店は慣れていないらしい。ちょうどいい。雰囲気で色々と誤魔化されてくれそうだ。
「好きなの頼んでいいですよ」
すっかり黙り込んでしまったザックの緊張を解いてやろうと隣に座る。四人がけのテーブルが用意された個室内はしんと静まり返っていた。戸惑った表情をみせるザックは、しかしなにも言わない。
なにが食べたいかも言わないのでこっちで適当に注文を済ませてしまう。
「お酒飲むでしょ?」
「え、えぇ」
ようやく反応を返したザックに、にんまりと口角が上がる。酒が運ばれてくるのを待って乾杯すれば、ザックは一気に飲み干してしまう。
「緊張してる?」
すっとテーブルに置かれた大きな手を撫でれば、ザックが肩を揺らした。いやぁ、わかりやすい。笑いを噛み殺して髪をかき上げる。そのまま野暮ったい眼鏡を外してテーブルに置く。コトリと意外に大きく響いた音。
惜しげもなく目元をみせてやれば、ザックがわかりやすく息を呑んだ。
「え、リアムさん?」
「ねぇ、ザックさん」
ふっと微笑んで小首を傾げる。はらりと垂れた髪をゆっくりと耳にかければ、ザックは動揺したのか空のグラスを呷ってしまう。その間の抜けた動きに笑いが込み上げてくる。
「いや、緊張しすぎだって」
砕けた口調で控えめに笑ってやれば完璧だ。顔を赤くしたザックが、「リアムさん、ですよね?」と確認してくるのが面白くて咳払いで誤魔化した。
「リアムだよ。眼鏡ないと変かな?」
「い、いえ! そんなことはまったく」
力強く否定した彼は、視線を彷徨わせながらもチラチラと僕を見ている。
その後は概ね普通に食事をした。たまに思い至ってザックに触れてやれば、彼は笑いたくなるほど体を硬直させる。面白いにも程がある。
「お綺麗でびっくりしました」
酒のせいもあるのだろう。何やら饒舌になったザックは、すでに僕の手の中だ。
「明日から眼鏡なしで出勤しようかな。前髪も上げて」
冗談で言ってみれば、彼は「ダメですよ」と声を大きくした。
「あんな筋肉馬鹿の中に放り込んでいいお顔じゃありません。絶対にダメです」
こいつ意外と面白いな。生真面目な顔で語る様子がおかしくて僕は久々に上機嫌だった。
そもそも僕が王宮事務官になれたのはこの容姿のおかげだ。昔から勉強は得意ではなかった。だってそんな面倒なことをやらずとも、ちょっと男相手に微笑んでやればいくらでも金を出してもらえたから。勉強して安定した職を手にして、という考え方がいまいちピンとこなかった。
しかし最近、将来のことを考えることが多くなった。二十代も半ばに差しかかり焦りが生じてきた。今は可愛いリアで居られるが、これがいつまで続くか定かではない。
そこでいわゆる安定した職というものを手に入れることにしたのだ。真っ先に思い浮かんだのが王宮勤務。騎士は到底無理だから目指したのは事務官である。
さりげなくエドワードとスコットから職員採用の責任者の名前を聞き出した。あとはそいつの居所を突き止めて、とびきり可愛い顔で近寄れば相手がまんまと乗ってきた。そのままベッドを共にした。もちろんエドワードには秘密である。
あとは自分の正体を明かすだけでよかった。実はエドワード王太子殿下の愛人やってるんだけどと伝えれば相手は死ぬほど驚いたみたいだった。
今夜のこと殿下に言っちゃおうかなと悪い笑みを浮かべればこっちの勝ちだった。王宮事務官になりたい旨を伝えて僕を採用するようにと念押しした。くれぐれもエドワードの耳に入れるなとも言い含めておいた。その甲斐あって、試験はまったくの白紙で提出したにも関わらず合格通知がやって来た。チョロいもんである。
そして働き始めてからも僕は一切勉強をしなかった。簡単に言うことを聞きそうなルースを引っ掛けて、彼に丸投げしていた。
なにが言いたいかって? つまり僕はまったく仕事ができないということだ。片付けで時間稼ぎをしようと思っていたのに予定が大きく狂ってしまった。
「あー、無理」
まずもってなにから手をつければいいのかわからない。というか経理の仕事をそもそも把握していない。同僚はみんな何してたっけな。
適当に棚から引き抜いたファイルをパラパラ捲る。数字の羅列を眺めて肩をすくめた。うん、無理。理解不能。
諦めのはやさは僕の取り柄でもある。
ぽいっと書類を放った僕は、時間が過ぎるのをただただ待つことにしたのだった。
※※※
「お待たせしました」
「ザックさん。思ったよりも早かったですね」
内心では「遅えよ、馬鹿」と思っていたがもちろん顔には出さない。午前中のうちから暇していたのだ。
「じゃあ行きましょう」
ラフな格好に着替えたザックに続く。僕はいつもの地味な事務官スタイルだ。王宮内で変に目立つわけにはいかないからな。
この前はちょっと高めの酒場でスコットに捕まってしまったからな。あの店はもう使えない。素顔をみせて誘惑するなら個室がいいなと繁華街に足を向ける。
前々から目を付けていた店の前で立ち止まれば、ザックがわかりやすく動揺をみせた。
「この店高いと思いますよ?」
知ってる。でも高級店なだけあって店員の口は堅いとの噂だし、なにより個室がある。流石のスコットでも僕を探すために高級店の個室を覗いたりはしないだろう。
「僕が奢るんで気にしないでください」
ザックが目を見張った。そりゃそうだ。いくら王宮勤めとはいえ所詮は下っ端事務官である。こんな高級店に出入り出来るほどの給料はもらっていない。
「あんまり詳しくは言えないけど、他にも仕事してるんで大丈夫ですよ」
仕事っていうか。男共から金をむしり取っているだけだけど。しかし懐に余裕があるのは事実だ。最近ではほとんどエドワードの部屋に住み込んでいるようなものだったから生活費もほとんど浮いていた。金は貯まる一方である。
躊躇なく店内に入れば、ザックもついてくる。店員に伝えて個室を用意してもらえばザックは居心地悪そうに視線を彷徨わせていた。見た目はいい所の坊ちゃんみたいなくせにこういう店は慣れていないらしい。ちょうどいい。雰囲気で色々と誤魔化されてくれそうだ。
「好きなの頼んでいいですよ」
すっかり黙り込んでしまったザックの緊張を解いてやろうと隣に座る。四人がけのテーブルが用意された個室内はしんと静まり返っていた。戸惑った表情をみせるザックは、しかしなにも言わない。
なにが食べたいかも言わないのでこっちで適当に注文を済ませてしまう。
「お酒飲むでしょ?」
「え、えぇ」
ようやく反応を返したザックに、にんまりと口角が上がる。酒が運ばれてくるのを待って乾杯すれば、ザックは一気に飲み干してしまう。
「緊張してる?」
すっとテーブルに置かれた大きな手を撫でれば、ザックが肩を揺らした。いやぁ、わかりやすい。笑いを噛み殺して髪をかき上げる。そのまま野暮ったい眼鏡を外してテーブルに置く。コトリと意外に大きく響いた音。
惜しげもなく目元をみせてやれば、ザックがわかりやすく息を呑んだ。
「え、リアムさん?」
「ねぇ、ザックさん」
ふっと微笑んで小首を傾げる。はらりと垂れた髪をゆっくりと耳にかければ、ザックは動揺したのか空のグラスを呷ってしまう。その間の抜けた動きに笑いが込み上げてくる。
「いや、緊張しすぎだって」
砕けた口調で控えめに笑ってやれば完璧だ。顔を赤くしたザックが、「リアムさん、ですよね?」と確認してくるのが面白くて咳払いで誤魔化した。
「リアムだよ。眼鏡ないと変かな?」
「い、いえ! そんなことはまったく」
力強く否定した彼は、視線を彷徨わせながらもチラチラと僕を見ている。
その後は概ね普通に食事をした。たまに思い至ってザックに触れてやれば、彼は笑いたくなるほど体を硬直させる。面白いにも程がある。
「お綺麗でびっくりしました」
酒のせいもあるのだろう。何やら饒舌になったザックは、すでに僕の手の中だ。
「明日から眼鏡なしで出勤しようかな。前髪も上げて」
冗談で言ってみれば、彼は「ダメですよ」と声を大きくした。
「あんな筋肉馬鹿の中に放り込んでいいお顔じゃありません。絶対にダメです」
こいつ意外と面白いな。生真面目な顔で語る様子がおかしくて僕は久々に上機嫌だった。
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