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12 誤算
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そのまま家に引き篭もった僕は翌朝、珍しく遅刻することなく出勤できた。ものすごい進歩だ。実に数週間ぶりのちゃんとした出勤だった。
地味なリアム姿で自宅を出た僕は意気揚々と騎士団に顔を出した。なんだか清々しい気分である。出勤早々怒られる心配をしなくていいって素晴らしい。
「おはようございます」
すれ違う騎士たちが物珍し気な視線を向けてくるが気にしない。初めての事務官ということで注目を集めているらしい。みんな挨拶を返してくれるので嫌われてはいないと思う。
そんな明るい気分で昨日と同様、事務室に向かう。扉を開け放って窓も開ける。空気の入れ替えをすれば充実した朝の始まりであった。
あかりが差し込みぽかぽかと暖かい。きちんと整理整頓された事務室は、以前所属していた経理部よりも居心地がいい。
さて今日も仕事するかと腕まくりしたところで気が付いた。ん? 部屋がなんか、綺麗になってないか?
さっと顔が青ざめる。部屋間違えたか?
慌てて廊下に出て扉を確認するが、きちんと事務室との表示がある。
いやいやいや。なぜ。確かに昨日は僕も片付けをした。しかし到底終わらなくてしばらくは片付けオンリーだなと考えていたのに。それがなぜかすっかり綺麗になっている。棚に書類がきちんと並び、昨日見た惨状が嘘みたいだ。
入口に突っ立って呆然としていると「リアムさん」と背後から声がかかった。
「おはようございます。ザックさん」
こちらににこにこ笑顔で寄ってきたのはザックだった。なんでもこれまでずっと騎士団の事務処理を請け負っていた人物らしい。爽やかな笑みで部屋を覗いたザックは、人懐っこい様子で「見ましたか?」と楽しそうだ。
「え、あの。なんだか綺麗になっているんですが」
「でしょ! 昨日の夜、みんなで頑張って片付けたんですよ」
「え」
なんて余計なことを。
引き攣る口元をなんとか抑えて、精一杯の笑顔を作る。
「そんな。僕の仕事なのに」
「いえいえ。散らかしたのはこっちですから。それにリアムさん細いんで。俺らはほら。体力だけはあるんで」
気にしないでくださいと微笑んだザック。普段であればとんでもなくありがたい話なのだが、今回ばかりは困る。とても困る。
これでは本日からでも書類仕事をしなければいけなくなる。絶対に無理だ。
しかし大人としてここはきちんと感謝を伝えるべき場面だ。
「あの、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げれば、「いえいえ」となんだか嬉しそうな声が返ってくる。というかさっき「みんなで」って言ったか? マジかよ。そこまでしてもらわなくてよかったのに。
ひくりと口元が引き攣ってしまう。
ダメだ。これは非常にダメだ。今まではルースが居たからどうにかなっていたのに、ここに彼は居ない。
内心で冷や汗を垂らした僕は、「じゃあ俺はこれで」と背を向けるザックを反射的に引き留めていた。
「あのザックさん」
「はい?」
ザックは今まで事務方の仕事を引き受けていた人物である。であれば僕よりも仕事ができるはずだ。だったらひとまず彼をルースの代わりにすればいい。
「今日、飲みに行きませんか」
「え、いいんですか?」
「はい。片付けのお礼というか。あと仕事についても色々お聞きしたいので」
「いいですね、ぜひぜひ。他の奴らにも声かけときましょうか」
「い、いえ! ふたりで。ふたりで行きましょう」
ザックを引っ掛けるのに他の男が居たら邪魔すぎる。慌てて言い募れば、ぱちぱちとザックが目を瞬いた。
「その。いきなり大勢に囲まれると僕の心臓がもたないといいますか。それにほんと仕事のこと聞きたいので。他の方がいても退屈でしょうし」
なんとか理由を捻り出せば、ザックは「そういうことなら」と了承してくれた。
「じゃあ仕事が終わったら俺がここに来ますので。ちょっと待たせるかもしれませんが」
「大丈夫です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げておく。よかった。上手いこと誘い出せた。あとは全力で落としにかかるだけだ。
地味なリアム姿で自宅を出た僕は意気揚々と騎士団に顔を出した。なんだか清々しい気分である。出勤早々怒られる心配をしなくていいって素晴らしい。
「おはようございます」
すれ違う騎士たちが物珍し気な視線を向けてくるが気にしない。初めての事務官ということで注目を集めているらしい。みんな挨拶を返してくれるので嫌われてはいないと思う。
そんな明るい気分で昨日と同様、事務室に向かう。扉を開け放って窓も開ける。空気の入れ替えをすれば充実した朝の始まりであった。
あかりが差し込みぽかぽかと暖かい。きちんと整理整頓された事務室は、以前所属していた経理部よりも居心地がいい。
さて今日も仕事するかと腕まくりしたところで気が付いた。ん? 部屋がなんか、綺麗になってないか?
さっと顔が青ざめる。部屋間違えたか?
慌てて廊下に出て扉を確認するが、きちんと事務室との表示がある。
いやいやいや。なぜ。確かに昨日は僕も片付けをした。しかし到底終わらなくてしばらくは片付けオンリーだなと考えていたのに。それがなぜかすっかり綺麗になっている。棚に書類がきちんと並び、昨日見た惨状が嘘みたいだ。
入口に突っ立って呆然としていると「リアムさん」と背後から声がかかった。
「おはようございます。ザックさん」
こちらににこにこ笑顔で寄ってきたのはザックだった。なんでもこれまでずっと騎士団の事務処理を請け負っていた人物らしい。爽やかな笑みで部屋を覗いたザックは、人懐っこい様子で「見ましたか?」と楽しそうだ。
「え、あの。なんだか綺麗になっているんですが」
「でしょ! 昨日の夜、みんなで頑張って片付けたんですよ」
「え」
なんて余計なことを。
引き攣る口元をなんとか抑えて、精一杯の笑顔を作る。
「そんな。僕の仕事なのに」
「いえいえ。散らかしたのはこっちですから。それにリアムさん細いんで。俺らはほら。体力だけはあるんで」
気にしないでくださいと微笑んだザック。普段であればとんでもなくありがたい話なのだが、今回ばかりは困る。とても困る。
これでは本日からでも書類仕事をしなければいけなくなる。絶対に無理だ。
しかし大人としてここはきちんと感謝を伝えるべき場面だ。
「あの、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げれば、「いえいえ」となんだか嬉しそうな声が返ってくる。というかさっき「みんなで」って言ったか? マジかよ。そこまでしてもらわなくてよかったのに。
ひくりと口元が引き攣ってしまう。
ダメだ。これは非常にダメだ。今まではルースが居たからどうにかなっていたのに、ここに彼は居ない。
内心で冷や汗を垂らした僕は、「じゃあ俺はこれで」と背を向けるザックを反射的に引き留めていた。
「あのザックさん」
「はい?」
ザックは今まで事務方の仕事を引き受けていた人物である。であれば僕よりも仕事ができるはずだ。だったらひとまず彼をルースの代わりにすればいい。
「今日、飲みに行きませんか」
「え、いいんですか?」
「はい。片付けのお礼というか。あと仕事についても色々お聞きしたいので」
「いいですね、ぜひぜひ。他の奴らにも声かけときましょうか」
「い、いえ! ふたりで。ふたりで行きましょう」
ザックを引っ掛けるのに他の男が居たら邪魔すぎる。慌てて言い募れば、ぱちぱちとザックが目を瞬いた。
「その。いきなり大勢に囲まれると僕の心臓がもたないといいますか。それにほんと仕事のこと聞きたいので。他の方がいても退屈でしょうし」
なんとか理由を捻り出せば、ザックは「そういうことなら」と了承してくれた。
「じゃあ仕事が終わったら俺がここに来ますので。ちょっと待たせるかもしれませんが」
「大丈夫です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げておく。よかった。上手いこと誘い出せた。あとは全力で落としにかかるだけだ。
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