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11 逃げるが勝ち

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「どこに居たんだ」
「家にいたけど。ひとりで」

 ひとりという部分を強調すればエドワードは怪訝な顔をする。

「本当か?」
「えぇ。俺も驚きましたが、本当にひとりでしたよ」

 なぜかスコットに確認したエドワードはどれだけ僕のことを信用していないのか。というか僕はただの愛人である。僕が誰と一緒に居ようがエドワードには関係ないだろうに。

「では、俺はこれで」
「ご苦労だったな」

 エドワードに労われたスコットは颯爽と部屋を後にしてしまう。やめて。殿下とふたりきりにしないで。気持ち的には今すぐ追いかけたいが、そんなことをすればエドワードになにをされるか。とにかく今はこの不機嫌王子の機嫌をとらねばならない。入口で突っ立ったまま愛想笑いで様子を伺う。

「ご飯食べた?」
「……あぁ」
「なにを?」
「いつも通りだ」

 ダメだ。会話が続かない。
 ソファーで不愉快そうに腕を組むエドワードはこちらを睨みつけている。おまえ普段の笑顔はどこにやったんだ。僕そんな悪いことした? ちょっと男と酒飲んでただけじゃん。

 冷や汗をだらだら流していると、エドワードが隣を顎で示した。どうやら横に座れということらしい。嫌だなぁ。嫌だけどここで逃げるとマジで後が怖い。

 おそるおそる近寄って、できる限り離れて腰を下ろせばぐいっと肩を引き寄せられた。

「うぇ」

 びっくりして変な声が出た。大丈夫。僕は傾国。どっからどう見ても可愛い。エドワードだってキスのひとつでもしてやれば機嫌を直すに違いない。
 そう己に言い聞かせるが内心では心臓ばくばくである。怖すぎてエドワードの顔を直視できない。微妙に視線を逸らしていると、顎を掴まれた。

 ぎくりと肩を揺らす。

「リア」

 鋭く名前を呼ばれてぎゅっと目をつむる。

「リア。こっちを見ろ」
「ん」

 顎を掴む手に力を込められて、観念して薄目を開けた。

「なんで家に帰った」

 なんでってなんだよ。仕事が終わって自宅に帰るのってごく自然なことだろう。そこに理由なんていらないはずだ。

 けれどもエドワードは納得しない。
 苛立ったように息を吐いたと思ったら綺麗な顔が迫ってくる。あっという間に唇を塞がれて甘い息が漏れる。

 口内を蹂躙されてぞくぞくと背筋が震える。

「んっ」

 舌を押し出そうと奮闘している合間に、ソファーに押し倒される。まずいと思うが背もたれが邪魔で逃げ場がない。

「エ、ドワード」

 のしかかってくる胸に手を伸ばすがびくともしない。そのうち右手を捕えられてろくな抵抗ができなくなってしまう。このままではいつもの流れだ。好き勝手に抱き潰されて寝過ごしてしまう。明日も遅刻するのは本当にまずい。のんびりした経理部とは違い騎士団は厳格だ。ジェシーみたく遅刻を見逃してはくれないだろう。

「ちょ、ちょっと待った!」
「待たない」

 冷たく答えたエドワードは再び僕の唇を貪ってくる。やばいやばい。流されるわけにはいかないのだ。

 酸欠になりそうな頭でどうにか逃げ道を探す。息が上がり顔に熱が集まってくる。滲んだ視界がエドワードの金髪を捉える。

「あ、エドワードっ」

 顔を背けて口を引き結べば、エドワードの手が下に向かう。

「ちょっ、だ、だめって」

 ズボンの上から遠慮なしに揉みしだかれてビクビクと腰が震える。

「んあっ」

 爪先を丸めてやり過ごすが、終わる気配がない。このままではマジでいつもの流れだ。それではいけない。

「エドワード‼︎」

 ここ最近で一番大きな声が出た。僕自身もびっくりしたけれどエドワードも同様だったらしい。ぴたりと手が止まった隙に彼の胸を強く押せば怪訝な顔で退いてくれた。変なところで律儀な男である。

「僕ちょっとものすごく大事な用があるから。今日はこれで」

 早口に言って、さっと距離を取る。
 なにやら言いたげなエドワードに構っている暇はない。

「じゃ、さよなら」

 手短に告げて走り出す。エドワードの顔は見れなかった。だって怖いもん。

 幸いスコットもどこかに去って行ったあとだ。僕を止めるものは誰もいなかった。

 そのまま僕はダッシュで帰宅した。
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