王太子の愛人である傾国の美男子が正体隠して騎士団の事務方始めたところ色々追い詰められています

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
8 / 76

8 初出勤

しおりを挟む
 目覚めたら遅刻が確定していた。絶望。

「リア」

 鋭い声に顔だけをそちらに向ければ、ムスッとしたエドワードが上着を羽織るところだった。

 鏡の前で襟を整えた彼は、まだ不機嫌だった。どうやらご機嫌取りには失敗したらしい。
 ぼんやり眺めていると、キッと睨み付けられた。

「今度浮気したらわかっているな」

 わかりません、とは口が裂けても言えない。寝転んだままこくこくと頷けば、エドワードは不機嫌そうに出て行った。なんだあいつ。

 面と向かって文句を言う度胸のない僕は、力任せにベッドを殴る。しかし流石は高級品。拳は優しく受け止められてイライラの発散にはならなかった。

「クソが」

 短く吐き捨てて体を起こす。怒っていながらも事後処理は欠かさない根は優しい王子様のことが憎らしい。

 ノロノロとベッドから這い出て服を着る。なんでか僕が浮気したことになっているが心外である。あれはまだ未遂だった。致してないもん。

 散々嬲られたせいであちこち痛い。泣いたせいか目が腫れている気もする。コンディションは最悪だった。顔を洗って身なりを整えるが、ため息が止まらない。

 昨日のジェシーのお願いって夢じゃないよな。だとしたら僕はこれから近衛騎士団所属の事務官になってしまう。気が重いなんてもんじゃない。

 しかも初日にして遅刻確定。行きたくない。でも無断欠勤すると後が怖い。どうやら僕の所属は正式に近衛騎士団になるらしい。当然、上司も経理部長ではなく騎士団長になる。泣く泣く鞄を肩にかけて外に出た。

 考えたのだが、毎日毎日不自然に早足で出て行くからスコットに目を付けられるのだ。彼に捕まると自宅に辿り着くまで解放してもらえない。大幅なタイムロスとなる。そこで気持ちを落ち着けて、まったく急いでいませんけど? 的な雰囲気で帰ることにする。この作戦は案外上手くいった。

「おや。起きられたんですか」
「気分悪いけどね」
「これに懲りたら男遊びはやめることですね」

 諌めるように肩をすくめるスコットに腹が立つ。こっちは遊びではない。すべては生活費を稼ぐためだ。ごくごく真剣に取り組んでいる。

 しかし馬鹿正直にそれを言えばすぐさまエドワードに告げ口される。スコットはそういう男だ。

「お帰りですか」
「うん。さすがに疲れたからね」

 欠伸を噛み締めれば、スコットが苦笑する。

「買い物でもしながら帰るから」
「お供しましょうか」
「いいよ。ひとりで帰れる」
「左様で」

 なんとあっさり僕を解放したスコットは「お気を付けて」と言い残して仕事に戻って行った。

 そそくさと屋敷を出た僕は、裏手にまわる。近衛騎士団は訓練場が併設された王宮奥に建物を構えている。騎士以外は基本的に立ち入らないので人気は少ない。道中、人のいないことを確認してから髪型を崩す。木陰でさっと着替えて、目元を隠すように髪を垂らす。仕上げに眼鏡をかければ地味な事務官リアムの完成だ。

 騎士団の建物が見えてくるにつれ、自然と足が重くなる。心底行きたくない。初日から堂々と遅刻なんて怒られるに決まっている。

 しかしここで回れ右をすることはできない。せっかく手にした職だし簡単には手放したくない。

「よし」

 気合を入れて一歩踏み出す。
 なんでも団員たちの寮なども併設されているらしく立派な門構えだ。歴史を感じる重厚な玄関扉をそっと開けて中を覗いてみる。広々とした玄関ホールには人気がなく、静まり返っている。

「こんにちはぁ?」

 小さく呼びかけてみるが返事はない。え、誰も居ないの? そんなことある?

 迷ったあげく、僕は勇気を持って中に踏み入れた。古びた建物だが掃除は行き届いている。一歩進むたびにギシッと床板が鳴る。

 ポツンと玄関ホールに立ち尽くす。あれ? 僕の職場ってここであってるよね。ジェシーには明日から近衛騎士団の方に出勤しろと言われたのみで詳しい話は聞かされていない。

「おい」

 突然背後の玄関が開け放たれてびくりと肩を揺らす。

「ここで何をしている」

 警戒心を隠さない低い声。ゆっくり振り向いて前髪の間から覗けば、スコットと同じ騎士服に身を包んだ男が立っていた。ということは近衛騎士で間違いない。

「あ、あの。僕は本日からこちらに配属になりました。事務官のリアムといいます」

 ぎこちなく自己紹介をすれば、眼前の男がピクリと片眉を持ち上げた。

「事務官の話は聞いていたが。今何時だと思っている」
「申し訳ありません」

 とにかくガタイのいい男は彫りが深く端正な顔立ちだ。短く揃えた赤髪に鋭い目。背も高いため顔を見続けようと思うと首が痛くなってくる。

「遅刻の理由はなんだ」

 王太子殿下に弄ばれていたからです、なんて言えるわけもなく。だが僕も馬鹿ではない。ここに来るまでの間に言い訳を考えておいたのだ。

「いつもの癖で経理部の方に向かってしまいました。慌てて引き返したのですが、近衛騎士団なんて今まで縁がなかったものですから、すっかり道に迷ってしまいまして。申し訳ありません」

 恐縮したような態度で、ぺこりと頭を下げておく。
 やがて呆れたような声が降ってきた。

「まあいい。明日からは気をつけろ」
「は、はい!」

 ところでこの人一体誰なのだろうか。ちらりと顔を見上げれば、鋭い目線とかちあった。

「俺は近衛騎士団長のヴィクターだ。今日からよろしく頼む。ちょっと待て」

 なんと。団長でしたか。慌てて深々と頭を下げれば、団長は一旦外に出てなにやら大声で誰かを呼んでいる。

 遅刻の件は大目に見てもらえたらしい。ほっと息をついて今日から職場となる建物をぼんやりと見回した。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

悪役令息の取り巻きに転生した俺乙

花村 ネズリ
BL
知ってるか? 悪役令息ってな、結構いい奴なんだぜ? bl小説大賞参加ーー ※年齢制限有りシーンの時は※マークをつけていますのでご了承ください。 素敵なコメントいつもありがとうございます。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・話の流れが遅い

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 男爵家出身のレーヴェは、婚約者と共に魔物討伐に駆り出されていた。  婚約者のディルクは小隊長となり、同年代の者たちを統率。  元子爵令嬢で幼馴染のエリンは、『医療班の女神』と呼ばれるようになる。  だが、一方のレーヴェは、荒くれ者の集まる炊事班で、いつまでも下っ端の炊事兵のままだった。  先輩たちにしごかれる毎日だが、それでも魔物と戦う騎士たちのために、懸命に鍋を振っていた。  だがその間に、ディルクとエリンは深い関係になっていた――。  ディルクとエリンだけでなく、友人だと思っていたディルクの隊の者たちの裏切りに傷ついたレーヴェは、炊事兵の仕事を放棄し、逃げ出していた。 (……僕ひとりいなくなったところで、誰も困らないよね)  家族に迷惑をかけないためにも、国を出ようとしたレーヴェ。  だが、魔物の被害に遭い、家と仕事を失った人々を放ってはおけず、レーヴェは炊き出しをすることにした。  そこへ、レーヴェを追いかけてきた者がいた。 『な、なんでわざわざ総大将がっ!?』  同性婚が可能な世界です。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

愛人少年は王に寵愛される

時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。 僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。 初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。 そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。 僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。 そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...