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51 デートね(最終話)
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「今日は、なにをしていたんですか」
「雪音ちゃんとだらだらお喋り」
夜。懲りずにやってきたマルセルに、日中の出来事を余すことなく伝えるが、「それはよかったですね」で流されてしまう。何がよかったのか、具体的に言ってみろ。
「俺の毎日を聞いてさ、なんとも思わないわけ?」
「聖女は心の広い方ですね」
どういう意味だよ。俺の相手を毎日務めるのは大変みたいな言い方しやがる。
「すごく、暇そうだとは思わないのか?」
「……」
黙り込んでしまうマルセルは、曖昧に微笑んで、話を終わらせようとしてしまう。そうはさせるか。
「俺もお出かけしたい。雪音ちゃんのお勤めについていく」
「またご冗談を」
残念ながら、冗談ではない。毎日毎日、俺がどんだけ暇していると思っているのか。俺に気を遣っているのか知らんが、最近カーソンが頻繁にやって来るが、それでどうにかなるものではない。ぶっちゃけ、カーソンとの会話のネタも尽きた。
「暇なの。毎日」
「……そうは言われましても」
眉を寄せるマルセルは、まるで俺がとんでもない我儘言い始めたみたいな雰囲気を作り出す。我儘なのは、そっちだろ。
「イアンとお喋りでもしたらどうですか」
「イアンはあんまり喋ってくれない」
「そうですか」
あいつは、俺が一方的に捲し立てるのにあわせて、適当に相槌を打つだけだ。お世話係としては優秀だが、暇つぶしの相手には向いていない。
「お出かけしたい」
「庭園でも散歩してはどうですか」
「それはもう何度もやった。飽きた」
毎日がつまらない、退屈だと駄々を捏ねてやれば、マルセルが困ったように、ベッドに寝転ぶ俺を見下ろしてくる。言っておくが、困っているのは俺の方だからな。
アピールのために、ムスッとわかりやすく頬を膨らませておく。こうすれば、いくら察しの悪いマルセルでも、俺の不機嫌に気が付くはずである。けれども、俺の予想に反して。
「あ、それ」
なぜか声を弾ませたマルセルは、寝転ぶ俺に手を伸ばしてくる。びくりと肩を揺らして、咄嗟に「俺に手を出すつもりか!?」と叫んでおく。勢いに任せて有耶無耶にしようとしても無駄だぞ。
「人聞き悪いですね」
一瞬だけ怒ったように眉を吊り上げるマルセルであったが、すぐに表情を柔らかくすると、俺の耳にそっと触れてくる。そこにあるのは、昼間、雪音ちゃんに返してもらったイヤーカフだ。
「これ、つけてくれたんですね。怒っていたのでは?」
「怒ってたけど。まぁ、別に居場所を知られるくらいなら」
ごにょごにょと呟く俺を面白そうに眺めて、マルセルがベッドに乗り上げてくる。やめろ。ここは俺のベッドだ。勝手に乗るな。
「では今度、私とお出かけでもしますか?」
「いいの!?」
どういう心境の変化だ。
マルセルの気分が変わる前にと、バンザイして最大限の喜びを表現しておく。ここで、これでもかというくらい大袈裟に喜んでおけば、マルセルも罪悪感から「やっぱなし」とは言えないだろう。
「ミナトを放っておくと、勝手に抜け出してしまいそうなので」
「だから呼び捨てやめろって」
くすくす笑うばかりで、一向に改めないマルセルは、懲りずに今日もミナトと呼んでくる。その度に、くすぐったいような感覚に襲われるのだから、勘弁してほしい。様付けに戻せと散々言い聞かせているのだが、聞く耳持たない困った奴である。
それにしてもお出かけか。どこに行くんだろうか。非常にテンション上がる。
「雪音ちゃんも誘おう」
「は?」
「ん?」
なんか低い声を発したマルセルに、首を傾げる。なに。雪音ちゃん誘ったらまずいのか。まぁ、あの子まだ女子高校生だし、と考えてピンときた。
これは、あれだ!
「えっちなお店に行くのか!?」
「違いますよ!」
え、違うの?
真っ向から否定されて、目を瞬く。でも女子高校生を連れて行くのがアウトな店っていえば、それくらいしか思いつかない。あ、もしかして酒でも飲みに行くんか?
けれども、それもマルセルによって否定されてしまう。なんや、こいつ。俺をどこに連れて行く気だよ。怖いんだが。
そろそろとマルセルから距離をとれば、呆れたと言わんばかりにため息つかれた。
「あのですね、ミナト」
「ミナト様」
「……ミナト様」
渋々言い直したマルセルは、遠慮なくこちらに寄ってくる。そうしてせっかく確保した距離を詰められた俺は、マルセルの青い瞳と視線を合わせる。
「もちろん、そのうち聖女ともお出かけしましょう」
「うん。じゃあ雪音ちゃんにどこ行きたいか訊いてくるね」
「いえ、ですから」
「あ、でもこの時間に部屋行くのはまずいか。明日の朝ね」
「えぇ、それがよろしいですね。それで」
「俺、美味しいもの食べたい!」
なぜかムッとしたマルセルは、強引に俺の顎を掴んで、そのまま唇にキスをしてくる。触れるだけの軽いやつだが、不意打ちがすごい。やめろ。
「ちょ、なにする」
「私の話も聞いてください」
「聞いてるだろ」
はぁっと、大袈裟に息を吐いたマルセルは、俺の耳に口を寄せてくる。予想外の行動に、動けずにいると楽しそうな声色で、ミナトと呼ばれた。
「ん!?」
「まずはふたりで、ね?」
悪戯っぽく囁かれて、ポッと顔が赤くなる。
あ、あぁ、そういうことね。ふたりでデートしようってことね。ほーん。
ようやく理解して、照れ隠しに俯く俺であったが、ふと考える。
マルセルは、王太子である。庭に出るにも、いつも騎士っぽい人たちが同行している。
「……でもさ、結局は護衛の人がついてくるわけじゃん。そう考えると、別にふたりきりではないよね」
「どうしてそう、水を差すようなことを言うんですか?」
だって事実だろ。
これだからミナトは、と失礼なことを口走るマルセルの両肩に手を置く。そのままこちらからキスしてやれば、驚きに目を見開く彼。
「キスしてやったんだから。俺に感謝しろ。あと何度も言うが、呼び捨てやめろ」
「……なんというか、さすがミナト様ですね」
だからどういう意味だ。
※※※※※
完結です。お付き合いありがとうございました!
「雪音ちゃんとだらだらお喋り」
夜。懲りずにやってきたマルセルに、日中の出来事を余すことなく伝えるが、「それはよかったですね」で流されてしまう。何がよかったのか、具体的に言ってみろ。
「俺の毎日を聞いてさ、なんとも思わないわけ?」
「聖女は心の広い方ですね」
どういう意味だよ。俺の相手を毎日務めるのは大変みたいな言い方しやがる。
「すごく、暇そうだとは思わないのか?」
「……」
黙り込んでしまうマルセルは、曖昧に微笑んで、話を終わらせようとしてしまう。そうはさせるか。
「俺もお出かけしたい。雪音ちゃんのお勤めについていく」
「またご冗談を」
残念ながら、冗談ではない。毎日毎日、俺がどんだけ暇していると思っているのか。俺に気を遣っているのか知らんが、最近カーソンが頻繁にやって来るが、それでどうにかなるものではない。ぶっちゃけ、カーソンとの会話のネタも尽きた。
「暇なの。毎日」
「……そうは言われましても」
眉を寄せるマルセルは、まるで俺がとんでもない我儘言い始めたみたいな雰囲気を作り出す。我儘なのは、そっちだろ。
「イアンとお喋りでもしたらどうですか」
「イアンはあんまり喋ってくれない」
「そうですか」
あいつは、俺が一方的に捲し立てるのにあわせて、適当に相槌を打つだけだ。お世話係としては優秀だが、暇つぶしの相手には向いていない。
「お出かけしたい」
「庭園でも散歩してはどうですか」
「それはもう何度もやった。飽きた」
毎日がつまらない、退屈だと駄々を捏ねてやれば、マルセルが困ったように、ベッドに寝転ぶ俺を見下ろしてくる。言っておくが、困っているのは俺の方だからな。
アピールのために、ムスッとわかりやすく頬を膨らませておく。こうすれば、いくら察しの悪いマルセルでも、俺の不機嫌に気が付くはずである。けれども、俺の予想に反して。
「あ、それ」
なぜか声を弾ませたマルセルは、寝転ぶ俺に手を伸ばしてくる。びくりと肩を揺らして、咄嗟に「俺に手を出すつもりか!?」と叫んでおく。勢いに任せて有耶無耶にしようとしても無駄だぞ。
「人聞き悪いですね」
一瞬だけ怒ったように眉を吊り上げるマルセルであったが、すぐに表情を柔らかくすると、俺の耳にそっと触れてくる。そこにあるのは、昼間、雪音ちゃんに返してもらったイヤーカフだ。
「これ、つけてくれたんですね。怒っていたのでは?」
「怒ってたけど。まぁ、別に居場所を知られるくらいなら」
ごにょごにょと呟く俺を面白そうに眺めて、マルセルがベッドに乗り上げてくる。やめろ。ここは俺のベッドだ。勝手に乗るな。
「では今度、私とお出かけでもしますか?」
「いいの!?」
どういう心境の変化だ。
マルセルの気分が変わる前にと、バンザイして最大限の喜びを表現しておく。ここで、これでもかというくらい大袈裟に喜んでおけば、マルセルも罪悪感から「やっぱなし」とは言えないだろう。
「ミナトを放っておくと、勝手に抜け出してしまいそうなので」
「だから呼び捨てやめろって」
くすくす笑うばかりで、一向に改めないマルセルは、懲りずに今日もミナトと呼んでくる。その度に、くすぐったいような感覚に襲われるのだから、勘弁してほしい。様付けに戻せと散々言い聞かせているのだが、聞く耳持たない困った奴である。
それにしてもお出かけか。どこに行くんだろうか。非常にテンション上がる。
「雪音ちゃんも誘おう」
「は?」
「ん?」
なんか低い声を発したマルセルに、首を傾げる。なに。雪音ちゃん誘ったらまずいのか。まぁ、あの子まだ女子高校生だし、と考えてピンときた。
これは、あれだ!
「えっちなお店に行くのか!?」
「違いますよ!」
え、違うの?
真っ向から否定されて、目を瞬く。でも女子高校生を連れて行くのがアウトな店っていえば、それくらいしか思いつかない。あ、もしかして酒でも飲みに行くんか?
けれども、それもマルセルによって否定されてしまう。なんや、こいつ。俺をどこに連れて行く気だよ。怖いんだが。
そろそろとマルセルから距離をとれば、呆れたと言わんばかりにため息つかれた。
「あのですね、ミナト」
「ミナト様」
「……ミナト様」
渋々言い直したマルセルは、遠慮なくこちらに寄ってくる。そうしてせっかく確保した距離を詰められた俺は、マルセルの青い瞳と視線を合わせる。
「もちろん、そのうち聖女ともお出かけしましょう」
「うん。じゃあ雪音ちゃんにどこ行きたいか訊いてくるね」
「いえ、ですから」
「あ、でもこの時間に部屋行くのはまずいか。明日の朝ね」
「えぇ、それがよろしいですね。それで」
「俺、美味しいもの食べたい!」
なぜかムッとしたマルセルは、強引に俺の顎を掴んで、そのまま唇にキスをしてくる。触れるだけの軽いやつだが、不意打ちがすごい。やめろ。
「ちょ、なにする」
「私の話も聞いてください」
「聞いてるだろ」
はぁっと、大袈裟に息を吐いたマルセルは、俺の耳に口を寄せてくる。予想外の行動に、動けずにいると楽しそうな声色で、ミナトと呼ばれた。
「ん!?」
「まずはふたりで、ね?」
悪戯っぽく囁かれて、ポッと顔が赤くなる。
あ、あぁ、そういうことね。ふたりでデートしようってことね。ほーん。
ようやく理解して、照れ隠しに俯く俺であったが、ふと考える。
マルセルは、王太子である。庭に出るにも、いつも騎士っぽい人たちが同行している。
「……でもさ、結局は護衛の人がついてくるわけじゃん。そう考えると、別にふたりきりではないよね」
「どうしてそう、水を差すようなことを言うんですか?」
だって事実だろ。
これだからミナトは、と失礼なことを口走るマルセルの両肩に手を置く。そのままこちらからキスしてやれば、驚きに目を見開く彼。
「キスしてやったんだから。俺に感謝しろ。あと何度も言うが、呼び捨てやめろ」
「……なんというか、さすがミナト様ですね」
だからどういう意味だ。
※※※※※
完結です。お付き合いありがとうございました!
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いやもうミナトの自由な感じがめっちゃ好きです!
作品全部大好きです✨
ミナトとマルセル、お二人のイチャイチャっぷりにニヤケが止まりません。
神様…可愛すぎて雪音ちゃんと語りたい。