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ほんのちょっとの血を水晶に垂らしたところ、特になにも変化は生じなかった。地下室は、なんともいえない居心地悪い空気に支配される。
目を見開くイアンは、水晶と俺を交互に見ては言葉を失っている。カーソンも、愕然とした表情だ。壁際で待機していた神官さんも、足早に寄ってきては、信じられないと目を丸くしている。
これは一体、どういう状況なのだろうか。ひとり、水晶の見方がわからない俺だけが取り残されている。けれども、こういう魔力判定的な装置は、不思議な力を感知すると光ったり色が変わったりすると相場が決まっている。何も起きないのは、俺が何の力も持っていないということだろう。
やがて、カーソンがゆっくり顔を上げた。
「……水晶が何の力も感知していない」
「ほらなぁ! だから言っただろ、俺は人間だって!」
「まさか本当に?」
変な顔をするカーソンは、こういう結果を望んでいたのではないのか。なんだその微妙な反応は。
くまなく水晶を確認していた神官さんが、装置に異常はないとお墨付きをくれた。これで、俺の神様疑惑が晴れたということだ。
解決解決、とはしゃぐ俺とは対照的に、イアンは複雑な顔をしている。
「本当に、人間なのですか」
「うん。そうだよ」
どうやらこの世界、人間であっても魔力的なものを有している人が一定数存在しているらしい。そういう人たちは、神官になったりするそうだ。
一方で、なんの力も持たない人が大多数を占めるらしい。イアンやカーソンも、俺と同じく水晶は反応しないという。
「ようやく! ようやく人間だと証明できた! ここに至るまで俺がどれだけ苦労したことか!」
先程までの緊張感などを全部吹っ飛ばして、ただただ喜びに身を委ねていると、イアンが黙り込んでしまう。
今まで異界の神として扱ってきた俺が、単なる人間だと知ってショックを受けているのか。それはまずい。なんか俺が騙したみたいに受け取ってもらうのは非常に困るぞ。
先に俺を神様扱いしたのは、そっちだからね。と、念押ししておくが、彼らが聞いているのかは定かではない。動きを完全に止めてしまった彼らは、ぼんやりとしていた。
「……失礼いたしました」
一番に復活したのは、イアンであった。さすが敏腕お世話係さん。丁寧に一礼したイアンは、「少々取り乱しまして」と控えめに謝罪してくる。謝ることなんて何もない。俺は、俺が人間であると証明できて大変満足である。
「いやでも。異界の力をこの水晶が判断できるかは不明なわけだし」
ぶつぶつと言い始めるカーソンは、結局俺を神にしたいのか人間にしたいのか。しかし、この世界基準で何の力も持っていないことは事実である。
胸を張る俺に、イアンが片膝をついて丁寧に頭を下げてくる。
「ミナト様が人間であろうと、私の役目は変わりありません」
「イアン」
俺が人間でも構わないと言ってくれるイアンは流石である。俺を頑なに神様扱いしてくるマルセルとは、えらい違いである。
「ありがとう、イアン。君にはマジで感謝している」
俺のことをどれだけ助けてくれたことか。感動していた俺であったが、遠目から見守っていたカーソンが「あぁ! ちくしょう!」と、突然の大声を発したことに驚いてしまった。
おそるおそる顔を向けると、カーソンがガシガシと乱暴に頭を掻いていた。
「あんたは人間ってことだ。これは認めるしかねぇ」
「そりゃどうも?」
「問題は殿下だ」
マルセルの名前に、びくりと肩を揺らす。
「これをどう説明するべきか」
「カーソンたちはさ。マルセルが俺を神様扱いするのが不満なんだよな?」
目的を確認すれば、大きな頷きが返ってきた。
国の王太子であるマルセルが、訳の分からん異界の神とやらに絆されている今の状況に危機感を抱いているらしい。そりゃそうだな。自分の国のトップが、突然得体の知れない異界の神様を信仰し始めたら誰だってビビるし、危機感だって抱いて当然だ。
であれば、マルセルに俺は神様ではないと懇切丁寧に説明する必要がある。それをマルセルが理解して、俺という異界の神様信仰をやめてくれれば、とりあえずカーソンたちの不満もおさまるのだと思う。
しかしマルセルは頑なである。こちらがびっくりするくらい頑固である。果たして納得してくれるのか。それこそ、異界の神様の力はこの世界の魔力判定では判別できないとか言い出して、揉めそうではある。少なくとも、すんなり納得はしてくれないだろう。
静かに思案する俺らであったが、そうやっていくら顔を突き合わせても解決策は出てこない。
「まぁ、なんとかなるよ」
大丈夫と手をひらひらさせれば、「なんでそんなに呑気なんだよ」と、カーソンに文句を言われてしまった。ネガティブよりもずっといいでしょうが。
そんな感じで緩く語り合っていた時である。部屋の外がざわざわし始めたのは。
なぜか握っていた剣を素早くカーソンの喉元に突きつけたイアンに、カーソンが短い悲鳴を上げる。
「なんの騒ぎだ」
「いや、おま! 剣をおろせ馬鹿!」
そうして空いている左手で、さっと俺を引き寄せたイアンはマジでかっこよかった。うっかり惚れてしまいそうなくらいにはイケメンであった。
イアンのせいで動くことのできないカーソンに代わり、神官さんが様子を見に行こうとするが、その必要はなかった。
「で、殿下がお見えです!」
慌てたように廊下から駆け込んできた青年が、そう告げてきたからだ。
え、待て。殿下って言った?
その言葉の意味を理解する間もなく。
青年を押し退けて、ひとりの男が地下室に堂々と入ってくる。見慣れた金髪は、薄暗い室内においても光り輝いて見えた。
「マルセル」
「ミナト様!」
俺のことを視界におさめたマルセルは、珍しく焦ったようにこちらへと駆け寄ってきた。
目を見開くイアンは、水晶と俺を交互に見ては言葉を失っている。カーソンも、愕然とした表情だ。壁際で待機していた神官さんも、足早に寄ってきては、信じられないと目を丸くしている。
これは一体、どういう状況なのだろうか。ひとり、水晶の見方がわからない俺だけが取り残されている。けれども、こういう魔力判定的な装置は、不思議な力を感知すると光ったり色が変わったりすると相場が決まっている。何も起きないのは、俺が何の力も持っていないということだろう。
やがて、カーソンがゆっくり顔を上げた。
「……水晶が何の力も感知していない」
「ほらなぁ! だから言っただろ、俺は人間だって!」
「まさか本当に?」
変な顔をするカーソンは、こういう結果を望んでいたのではないのか。なんだその微妙な反応は。
くまなく水晶を確認していた神官さんが、装置に異常はないとお墨付きをくれた。これで、俺の神様疑惑が晴れたということだ。
解決解決、とはしゃぐ俺とは対照的に、イアンは複雑な顔をしている。
「本当に、人間なのですか」
「うん。そうだよ」
どうやらこの世界、人間であっても魔力的なものを有している人が一定数存在しているらしい。そういう人たちは、神官になったりするそうだ。
一方で、なんの力も持たない人が大多数を占めるらしい。イアンやカーソンも、俺と同じく水晶は反応しないという。
「ようやく! ようやく人間だと証明できた! ここに至るまで俺がどれだけ苦労したことか!」
先程までの緊張感などを全部吹っ飛ばして、ただただ喜びに身を委ねていると、イアンが黙り込んでしまう。
今まで異界の神として扱ってきた俺が、単なる人間だと知ってショックを受けているのか。それはまずい。なんか俺が騙したみたいに受け取ってもらうのは非常に困るぞ。
先に俺を神様扱いしたのは、そっちだからね。と、念押ししておくが、彼らが聞いているのかは定かではない。動きを完全に止めてしまった彼らは、ぼんやりとしていた。
「……失礼いたしました」
一番に復活したのは、イアンであった。さすが敏腕お世話係さん。丁寧に一礼したイアンは、「少々取り乱しまして」と控えめに謝罪してくる。謝ることなんて何もない。俺は、俺が人間であると証明できて大変満足である。
「いやでも。異界の力をこの水晶が判断できるかは不明なわけだし」
ぶつぶつと言い始めるカーソンは、結局俺を神にしたいのか人間にしたいのか。しかし、この世界基準で何の力も持っていないことは事実である。
胸を張る俺に、イアンが片膝をついて丁寧に頭を下げてくる。
「ミナト様が人間であろうと、私の役目は変わりありません」
「イアン」
俺が人間でも構わないと言ってくれるイアンは流石である。俺を頑なに神様扱いしてくるマルセルとは、えらい違いである。
「ありがとう、イアン。君にはマジで感謝している」
俺のことをどれだけ助けてくれたことか。感動していた俺であったが、遠目から見守っていたカーソンが「あぁ! ちくしょう!」と、突然の大声を発したことに驚いてしまった。
おそるおそる顔を向けると、カーソンがガシガシと乱暴に頭を掻いていた。
「あんたは人間ってことだ。これは認めるしかねぇ」
「そりゃどうも?」
「問題は殿下だ」
マルセルの名前に、びくりと肩を揺らす。
「これをどう説明するべきか」
「カーソンたちはさ。マルセルが俺を神様扱いするのが不満なんだよな?」
目的を確認すれば、大きな頷きが返ってきた。
国の王太子であるマルセルが、訳の分からん異界の神とやらに絆されている今の状況に危機感を抱いているらしい。そりゃそうだな。自分の国のトップが、突然得体の知れない異界の神様を信仰し始めたら誰だってビビるし、危機感だって抱いて当然だ。
であれば、マルセルに俺は神様ではないと懇切丁寧に説明する必要がある。それをマルセルが理解して、俺という異界の神様信仰をやめてくれれば、とりあえずカーソンたちの不満もおさまるのだと思う。
しかしマルセルは頑なである。こちらがびっくりするくらい頑固である。果たして納得してくれるのか。それこそ、異界の神様の力はこの世界の魔力判定では判別できないとか言い出して、揉めそうではある。少なくとも、すんなり納得はしてくれないだろう。
静かに思案する俺らであったが、そうやっていくら顔を突き合わせても解決策は出てこない。
「まぁ、なんとかなるよ」
大丈夫と手をひらひらさせれば、「なんでそんなに呑気なんだよ」と、カーソンに文句を言われてしまった。ネガティブよりもずっといいでしょうが。
そんな感じで緩く語り合っていた時である。部屋の外がざわざわし始めたのは。
なぜか握っていた剣を素早くカーソンの喉元に突きつけたイアンに、カーソンが短い悲鳴を上げる。
「なんの騒ぎだ」
「いや、おま! 剣をおろせ馬鹿!」
そうして空いている左手で、さっと俺を引き寄せたイアンはマジでかっこよかった。うっかり惚れてしまいそうなくらいにはイケメンであった。
イアンのせいで動くことのできないカーソンに代わり、神官さんが様子を見に行こうとするが、その必要はなかった。
「で、殿下がお見えです!」
慌てたように廊下から駆け込んできた青年が、そう告げてきたからだ。
え、待て。殿下って言った?
その言葉の意味を理解する間もなく。
青年を押し退けて、ひとりの男が地下室に堂々と入ってくる。見慣れた金髪は、薄暗い室内においても光り輝いて見えた。
「マルセル」
「ミナト様!」
俺のことを視界におさめたマルセルは、珍しく焦ったようにこちらへと駆け寄ってきた。
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