上 下
34 / 51

34 神殿

しおりを挟む
「俺を人間だと認めてくれる人に初めて会った! 君とは友達になりたいくらいだ! いやむしろ友達になってください!」

 ありがとう! と騎士さんと握手しようとしたのだが、イアンに邪魔された。

 俺は感極まっていた。この世界に来てからというもの。俺はずっと異界の神扱いされてきた。雪音ちゃんと共に、どうにか人間だと認めてもらおうと奮闘していた。それはもう、ものすごく頑張っていた。神扱いを巡って、マルセルと絶交したくらいだし。

 その努力が、ようやく報われたような気がした。

「本当にありがとう!」

 なんか目頭が熱くなってくる。そうだよ、俺は人間だよ。当たり前の事実をじっくりと噛み締めて、ぐずぐずと泣く俺に、騎士さんがドン引きしている。

「え? なにこれ」

 イアンに助けを求める騎士さんは、すっかり毒気を抜かれたらしい。先程までの剣幕はどこへやら。唖然としている彼は、予想外の展開についていけないらしい。

 ゆるく首を左右に振ったイアンは、ちょっと目が死んでいた。どうやら俺が、こんな時でも神様だとバレてはいけないルールを遵守していると思っているようだ。

「あー? いやほら。とりあえず落ち着けよ」

 イアンを警戒しつつも、ハンカチを差し出してくれた騎士さんは、頭がこんがらがっているらしい。

 さっとハンカチを横から奪ったイアンは、それを容赦なく投げ捨てると自身の懐から取り出したハンカチを、俺に差し出した。ありがたく受け取って、涙を拭う。

「俺は! なんで人間なのに、神様とかわけわからんことになっているのか。これも全部マルセルのせいだ」
「お、おう」
「マルセルはあれだ。神様が好きなだけであって、人間である俺には用がないんだ。くそ! あの腹黒王子めっ」
「なんか、よくわからんが苦労してんだな?」

 ついには同情の目を向けてくる騎士さんは、居心地悪そうに身を捩っている。誘拐なんてしなければよかったと、心底後悔していそうであった。

 イアンに剣を突きつけられて無抵抗な騎士さんは、名前をカーソンというらしい。

 話を聞く限り、イアンの先輩騎士のようだ。後輩にフルボッコにされて可哀想に。

 いまだに警戒を緩めないイアンは、俺にカーソンから距離を取るよう指示してくる。イアンを怒らせるととんでもないことになるのは、先程この目でしっかり確認した。言われた通りに、カーソンから離れて息を整える。

 久しぶりに泣いて、なんだか気持ちがスッキリした。雪音ちゃんは親身になってこちらの相談に乗ってくれるが、どうしても年下の女の子という事実が頭から拭えない。あまりみっともない姿を見せられないと、ちょっとだけではあるが遠慮してしまう。その点、カーソンはほぼほぼ初対面の誘拐犯である。俺より年上っぽいし、今更遠慮なんていらないだろう。イアンも俺のお世話係だし、彼らの前で格好つける必要はなかった。

 その安心感からか、ずっと溜まっていた不安が湧き上がってくる。流石に女子高校生かつ俺のファンである雪音ちゃんの前でガチ泣きはできない。

 次から次に溢れてくる涙を拭いながら、マルセルへの不満をぶちまける。

「あのクソ王子め。ほんと意味わからん。なにが異界の神だ。俺の話全然信じてくれないし」
「殿下は、あんたのこと神だと信じて疑っていないようだが?」
「だから俺は神じゃないっての! 人間なの! マジで普通の人間なのにさ」
「お、おう」

 そもそも俺がいつ神様っぽいことしたよ。カミ様ていうのは単なるあだ名だ。芸能活動する上での呼び名にすぎない。

「普通の人間と神の区別もつかねぇのか!」

 思わず声を大きくすれば、カーソンとイアンが静かに顔を見合わせる。戸惑いを隠しもしない彼らであったが、やがてカーソンがおずおずと顔を上げた。

「なぁ、あんた」

 ぐすぐすと鼻を啜って、顔を上げれば、真剣な目をしたカーソンがいた。

「もしかして、本当に人間なのか?」
「だからそう言ってるだろう。カーソンだって俺のこと人間だと思ったからこんなことしてるんだろ」
「そりゃそうだが」

 気まずそうに肩をすくめたカーソンは、「確かめてみるか?」と意味深なセリフを吐く。

「確かめるって、なにを?」

 きょとんとすれば、カーソンが「ここは神殿だ」と突然白状し始める。

 聖女召喚の儀にも関わった神官たちが、普段働いている場所だ。この国の魔法やらなにやらといったものに関することを一手に引き受けている場所らしい。

 雪音ちゃんも、仕事として何度も足を運んでいるそうだ。ということは、俺が居た別館から割と近い場所である。

 しかし、神殿は神官たちの領域であり、たとえマルセル殿下であってもそう簡単に干渉できる空間ではないそうだ。なるほど。監禁場所にしては、これ以上に好都合な場所はない。

「神官たちの間でも、あんたを異界の神として認める者と、そうでない者とにわかれている」

 そりゃそうだろう。彼らが仕えているのは、この世界の神様だ。突然やってきた異界からの神を名乗る俺を、そう簡単に受け入れてくれない者がいても不思議ではない。

「しかし、マルセル殿下があんたを神として扱っている以上、いくら神官といえども、簡単にはあんたに手出しできない状況だった」

 神官たちは、何度もマルセルに俺が本当に神様なのか確かめるべきだと進言した。だが、俺を疑うとは何事かとマルセルが突っぱねた。それゆえに、誘拐なんていう手荒な手段に走ったそうだ。

 なんだそれ、全部マルセルのせいじゃねぇか。ふざけやがって。

 というより、神かどうか確かめる方法があるのか?

「あ、いや。確実ではねぇ。なんせあんたは異世界の存在だ。しかし神ってのは、人間とは異なる聖なる力を持つものだ。あんたが人間にはない力を持っているか確かめるくらいしかできないが、異界の力を正しく判別できる保証もない」

 だから気休め程度にしか判別できないとカーソンは言うが、それでも俺にとっては朗報であった。

 これで俺には、摩訶不思議な力が一切ないと判明すれば、神様ではないとの証明になるかもしれない。一歩前進するような気がする。

 確かめてみたいと申し出れば、イアンが眉を寄せる。どうやら、カーソンたちのことをまだ疑っているらしい。けれども、俺が少なくともこの世界において神様なのか人間なのかを判別できるというのならば、やってみたい。

 このまま神様扱いされたままは、ごめんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

猫が崇拝される人間の世界で猫獣人の俺って…

えの
BL
森の中に住む猫獣人ミルル。朝起きると知らない森の中に変わっていた。はて?でも気にしない!!のほほんと過ごしていると1人の少年に出会い…。中途半端かもしれませんが一応完結です。妊娠という言葉が出てきますが、妊娠はしません。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

嫁ぎ先は青髭鬼元帥といわれた大公って、なぜに?

猫桜
BL
はた迷惑な先の帝のせいで性別の差なく子が残せるそんな国で成人を前に王家から来栖 淡雪(くるす あわゆき)に縁談が届く。なんと嫁ぎ先は世間から鬼元帥とも青髭公とも言われてる西蓮寺家当主。既に3人の花嫁が行方不明となっており、次は自分が犠牲?誰が犠牲になるもんか!実家から共に西蓮寺家へとやってきた侍従と侍女と力を合わせ、速攻、円満離縁で絶対に生きて帰ってやるっ!!

俺のスパダリはギャップがすごい 〜いつも爽やかスパダリが豹変すると… 〜

葉月
BL
彼女に振られた夜、何もかも平凡な『佐々木真司』は、何もかも完璧な『立花蓮』に、泥酔していたところを介抱してもらったと言う、最悪な状態で出会った。 真司は蓮に何かお礼がしたいと申し出ると、蓮は「私の手料理を一緒に食べていただけませんか?』と言われ… 平凡なサラリーマンもエリートサラリーマン。住む世界が違う二人が出会い。 二人の関係はどう変わっていくのか… 平凡サラリーマン×スパダリサラリーマンの、濃厚イチャラブストーリー♡ 本編(攻め、真司)終了後、受け蓮sideがスタートします。 エロ濃厚な部分は<エロス>と、記載しています。 本編は完結作品です٩(๑´꒳ `๑٩) 他にも何点か投稿しているので、もし宜しければ覗いてやってください(❃´◡`❃)

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

婚約破棄王子は魔獣の子を孕む〜愛でて愛でられ〜《完結》

クリム
BL
「婚約を破棄します」相手から望まれたから『婚約破棄』をし続けた王息のサリオンはわずか十歳で『婚約破棄王子』と呼ばれていた。サリオンは落実(らくじつ)故に王族の容姿をしていない。ガルド神に呪われていたからだ。 そんな中、大公の孫のアーロンと婚約をする。アーロンの明るさと自信に満ち溢れた姿に、サリオンは戸惑いつつ婚約をする。しかし、サリオンの呪いは容姿だけではなかった。離宮で晒す姿は夜になると魔獣に変幻するのである。 アーロンにはそれを告げられず、サリオンは兄に連れられ王領地の魔の森の入り口で金の獅子型の魔獣に出会う。変幻していたサリオンは魔獣に懐かれるが、二日の滞在で別れも告げられず離宮に戻る。 その後魔力の強いサリオンは兄の勧めで貴族学舎に行く前に、王領魔法学舎に行くように勧められて魔の森の中へ。そこには小さな先生を取り囲む平民の子どもたちがいた。 サリオンの魔法学舎から貴族学舎、兄セシルの王位継承問題へと向かい、サリオンの呪いと金の魔獣。そしてアーロンとの関係。そんなファンタジーな物語です。 一人称視点ですが、途中三人称視点に変化します。 R18は多分なるからつけました。 2020年10月18日、題名を変更しました。 『婚約破棄王子は魔獣に愛される』→『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』です。 前作『花嫁』とリンクしますが、前作を読まなくても大丈夫です。(前作から二十年ほど経過しています)

処理中です...