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31 面倒事

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 マルセルと絶交してから三日ほどが経過した。

 絶賛、部屋に引きこもり中の俺のもとには、連日雪音ちゃんが顔を出してくれる。どうやら彼女も責任を感じているらしく、ここ最近はどこかよそよそしい態度である。やめてくれ。この状況で雪音ちゃんにまで見捨てられたら、俺はもう生きていけないよ。

 俺に対して遠慮しないで。心臓がなんかこう、ぎゅってなるんだよ! と雪音ちゃんに泣きつけば、彼女は「推しの弱っている姿って、なんかグッとくるんですよね」とテンション上がっていた。人の弱っている姿を見て興奮するとは何事だ。人としてどうかと思うぞ。

「マルセル殿下。カミ様のこと心配してますよ」
「それは表面上そう見せているだけ? それとも本気で心配してんの?」
「カミ様が面倒な性格に」

 俺はもとから面倒な性格だ。今に始まったことではない。

 そんなこんなで、与えられた自室にて自堕落な日々を過ごしていた俺である。この間、マルセルは一度も姿を見せなかった。喧嘩別れみたくなってしまったから、向こうも顔を出せないのだろう。

 俺の方は、正直絶交したことを後悔し始めているのだが、あちらはどうだろうか。まだキレてたらどうしよう。というかその可能性は大である。

 はぁっと、何度目かわからないため息を吐き出す。

 雪音ちゃんも仕事があるから、毎日俺のところに居座れるわけでもない。イアンもイアンで、マルセルと絶交宣言した俺を、時折冷たい目で見てくる。

「俺はどうすればいいと思う?」

 ソファーにだらりと寝そべったまま、イアンを見上げる。いつ見てもキリッとしている敏腕お世話係さんは、またかという顔をした。

「殿下とお会いしてきちんと話し合いをするべきでは?」
「マルセルが怒ってたらどうする」
「ですから、許して頂けるように謝罪するという話ではないのですか?」
「なんで俺が謝らないといけないんだよ」

 謝るべきはマルセルの方だ。確かに絶交を宣言したのは、ちょっと大人気なかったかもしれない。だが原因はあいつだ。あいつが頑ななのがいけない。

「なんかこう、俺も悪かったとは思うけどさ。謝りたくはないんだよね。ぶっちゃけマルセルが俺に謝罪するべきだと思う。でもマルセルが来る気配ないし。このまま喧嘩継続も嫌だ。わかるか?」
「左様で」

 きっちりと頭を下げたイアンの顔には、明らかに面倒くさいと書いてあった。ごめんよ、面倒な大人で。

「どうすればいいかなぁ!」

 声を大きくしてみるが、イアンは静かに控えるのみでもはや返事もしてくれなくなった。ちくしょう。

 いや分かるよ。俺がマルセルに謝れってことだろ。分かってはいるんだけどさ。無理だよ。今更。

 あんな啖呵を切った手前、今更どういう顔でマルセルに会えばいいのか、もうわかんねぇよ。


※※※


 その日の夕方。

 相変わらず進展はなく、部屋でダラダラしていた時のことである。控えめに響いたノックの音に、俺はガバリと身を起こした。

 こんな時間に雪音ちゃんが来るとは考えられない。もしやマルセルか?

 あいつは夕飯の後に俺とお茶するのが好きな奴である。え、マジでマルセル?

 慌てて髪を手櫛で整えている間にも、イアンが扉へと寄っていく。ちょっと待って。こっちは心の準備がまだなんだが。

 焦りを悟られないように、精一杯平気な顔を作って姿勢を整える。けれども、現れたのはマルセルではなかった。

「このような時間に申し訳ありません」

 顔を出したのは、騎士っぽい男であった。その背後には、ローブのような物に身を包んだ神職っぽい男もいる。

「はじめ、まして?」

 予想外の客に虚をつかれた俺は、とりあえず頭を下げて挨拶しておく。誰や、この人たち。え。初対面だよね? はじめましてであってるよね?

 内心ビクビクしていると、ガタイのよい茶髪騎士さんが苦笑する。

「何度かお会いしているのですが」

 ごめんなさい。

 彼いわく、マルセルの背後によく控えていた騎士さんらしい。マジごめん。普段マルセルのことしか見てないから、その取り巻きさんの顔までは覚えていなかった。

 慌てて謝罪するが、騎士さんは「お気になさらず」と流してしまう。なんて心の広い人。

 とりあえず、目の前のソファーを勧めたその時である。

 ドンッという派手な音と、短い呻き声が聞こえてきて、咄嗟に顔をそちらに向ける。

「……え?」

 なにやらイアンが崩れ落ちている。意味がわからず、とりあえず駆け寄ろうとした俺の腕を、騎士さんが掴んでくる。たたらを踏んでしまう俺を引き寄せた彼は、冷たい目をしていた。悪意を含むその瞳に、体が固まってしまう。

「少し、おとなしくしておいてもらえます?」
「っ!」

 大きな手で口を塞がれてしまえば、ろくに抵抗もできなかった。ただでさえ相手は騎士である。状況からして、こいつらがよからぬ連中であることは、流石に察する。けれども、もうどうしようもできなかった。

 バチッと首元に鋭い痛みが走って、俺はそのまま意識を失ってしまった。
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