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29 嫉妬

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 そのままマルセルに手を引かれて、雪音ちゃんの部屋を後にする。

 無口なマルセルが向かったのは、俺の部屋であった。我が物顔で部屋を占領するマルセルは、少しくらい遠慮というものを覚えて欲しい。ここ一応、俺の部屋だからな。いや、俺も居候の身だから強くは言えないけどさ。

 イアンは、マルセルの圧におされて部屋には入ってこない。あんまり邪険に扱ってやるなよ。

 そうしてふたりきりの部屋にて。

 こちらに向き直ったマルセルは、なんだか苦しそうな顔をしていた。

「ミナト様が、聖女と仲が良いのは存じております」
「はぁ」

 なんの報告だよ。意味がわからず、ぽかんとするしかない俺。構わずにマルセルは続ける。

「本当にそれだけですか?」
「それ、だけ?」

 なにが?

 こいつはマジでなにを言っとるんだ。え? 意味不明。こういう時は、正直に伝えるに限る。

「意味がわからない」

 そう主張しておけば、マルセルがグッと眉間に皺を寄せた。やめろよ。せっかくの王子顔が台無しだよ。

「聖女と非常に仲がよろしいようなので。その」

 言葉を切ったマルセルは、深く息を吸って吐いた。ただならぬ雰囲気である。

 だが、ここまでくれば、さすがの俺でも察する。要するにマルセルは、俺と雪音ちゃんが仲良しなのが気に食わないのだ。そして、マルセルは俺のことが好き。ここから導き出せる結論なんてひとつだ。

「もしかして、嫉妬してんの?」
「っ!」

 どうやら図星だったようで、マルセルが顔を覆ってしまう。やめろよ。せっかくの貴重なマルセルの焦り顔が見えなくなる。

 マルセルの両手を掴んで、とりあえず握っておく。

「心配しなくても。マジで雪音ちゃんとは楽しくお話してるだけだよ。てか俺のタイプは年上だから。雪音ちゃんには興味ない」
「そう、ですか」

 俺はどちらかというと、恋人に面倒見てもらいたいタイプである。年下の面倒見るのはごめんだ。

 どうやら最近、俺が雪音ちゃんの部屋に入り浸っているから邪推したらしい。意外と可愛いところあるな、こいつ。

 なんだか無性におかしくて、ニヤニヤと口元が緩んでしまう。照れたように頬を掻くマルセルは、ちょっと顔が赤かった。王子様の貴重な照れ顔である。写真撮りてぇ。

 微笑ましい目で、マルセルを見守っていれば、彼は咳払いで誤魔化すように仕切り直した。

「聖女にも悪いことを」
「気にしすぎだよ。雪音ちゃんは、むしろ楽しんでいた」

 めっちゃニヤニヤしてたもん。だから大丈夫とフォローしておけば、マルセルが「ならいいのですが」とまだ心配そうに眉を寄せる。

 格好のつかないマルセルは珍しい。

 楽しくなる俺を、マルセルがちょっと恨めしそうに睨んでくる。しかしすぐに頬を緩めた彼は、「私の気持ちに応えてくださると考えてよろしいですか」と優しい目で俺を見つめてくる。

「いや、それはちょっと」

 慌てて否定すれば、先程までの笑顔から一転して、マルセルが無表情になる。急な真顔は怖いって。

「なぜ?」
「なぜって。この前、説明したじゃん」
「それは理解したと申しました」
「君はなにも理解していない」

 やれやれと肩をすくめてやれば、マルセルが一歩こちらに寄ってくる。

「私のことが嫌いですか?」
「ううん、好きだよ。結構好き」

 へへっと笑えば、マルセルが「だったら!」と苛立ったように眉間の皺を深くする。

 そ、そんなに怒らんでも。

 どうやらマルセルは、本気で俺とお付き合いしたいらしい。それはいいよ。いいんだけどさ。異界の神と思われたまま付き合うのはちょっと嫌だ。

 もう一度根気強く説明してやるが、マルセルは「わかりました」と投げやりに返事するだけで、まったく理解してくれない。

「わかってないだろ!」
「わかっていますよ。きちんと理解しました。ミナト様は人間なんですよね」
「そう! 俺は人間!」
「そのような扱いを徹底しますので、ご安心を」
「君はなんにもわかっていない!」

 なんだ人間扱いを徹底するって。それって俺が人間ではないこと前提じゃないか。クソが。

「なんでわかってくれないのか!」
「わかっていますよ」

 いいや、なんにもわかっていない。びっくりするくらいわかっていない。これでは堂々巡りだ。段々と腹の立ってきた俺は、強く拳を握り締める。

「ふざけるな! いい加減理解してくれ!」

 大声で主張すれば、マルセルが「はぁ?」と怖い顔をする。

「いい加減にして欲しいのはこちらですよ。なにを訳のわからないことを。そんなに私のことが嫌いならば、はっきり嫌いと言えばよろしいではないですか」
「はぁ!?」

 なんで俺が悪いみたいな言い方しやがる。

 どう考えても頭の固いマルセルが悪い。そもそも人間だと主張する俺を、頑なに神様扱いする意味もわからない。これは本当に、神様である俺にしか用がないのかもしれない。あれだ。この国のために、神である俺を手玉に取ろうとか思っているのかもしれない。そうだとすれば、マルセルは別に俺自身には興味がないことになる。なんて奴だ。この腹黒王子がよ。

「もういい! わかってくれないならもういい!」

 感情に任せて怒鳴れば、マルセルが小さく舌打ちしたのがわかった。なにその態度。ムカつくわ。

 舌打ちしたな! と指摘すれば、マルセルが露骨に嫌な顔をする。はぁ? なにその態度。

 もう知らねぇ!
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