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27 ついうっかり

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「ミナト様。先日の件ですが」
「せっ!? 先日? えっとぉ」

 なんとなくマルセルと顔を合わせにくいと悩んだのも束の間。どうやらそう思っていたのは俺だけのようだ。マルセルは遠慮なしにズカズカと俺の部屋に入ってくる。

 マルセルの告白から数日。

 概ねいつも通りの日常を過ごしていた俺だが、何気にマルセルに会うのはあれ以来初めてだ。どうやら彼の方も忙しかったらしい。

 夜。いつものように甘い飲み物持参でやってきたマルセルは、何事もなかったかのようにベッドに腰掛ける。だからそこは俺のベッドやて。

 長い足を組んで余裕なマルセルは、本日も隙がない。寝る前だというのに、なんだその完璧さは。

 寝巻き姿の己をこっそり見下ろして、ちょっとだけ気後れする。手招きされて、おずおずと近寄る。ぽすんと隣に腰を下ろせば、すかさずマルセルが腰に手をまわしてくる。ビックリして僅かに上半身を引くが、マルセルはちょっと笑うだけで離してくれない。

 おかしい。確かにマルセルは俺に告白してきたが。俺はまだOKしてないぞ。距離感近くない? ベタベタし過ぎじゃない?

 なんかこれ、マルセルの中では告白OKしたことになってないか。

 そんな可能性が頭をよぎる。そろそろと身を引こうとするが、察しの良いマルセルが逆にぐいっと引き寄せてくる。そのままマルセルの肩に寄りかかるような形になってしまう。な、なぜ。

「あ、あの。マルセル?」
「はい?」

 目を瞬くマルセルは、至近距離で顔を覗き込んでくる。ひぇ。やめて、顔近いって。真正面からきらきらとしたご尊顔に凝視されて、息が詰まる。

 なんか頭が真っ白になってしまう。なにを言おうとしていたんだっけ。

「ミナト様?」

 固まる俺に、マルセルが小首を傾げる。はらりと揺れる金髪に、どきりと胸がざわつく。なにか言わないと。雰囲気的に。

 動かない頭で、口を開く。出てきたのは、自分でも予想外の言葉であった。

「……すき」

 すき?

 己の言葉を理解した瞬間、ハッと口を塞ぐ。たらたら流れる冷や汗。俺、今なに言った?

 目を見開くマルセルは、次の瞬間には柔らかく微笑む。その甘ったるい笑みの後から、甘ったるい言葉が出てくる気がする。案の定、口元を緩めたマルセルに、俺は咄嗟に反応する。

「ミ」
「待った!」
「え? あの、ミナト様」
「だから待って!」

 マルセルの口を塞いだ俺は、勢いに任せて立ち上がる。つられて俺を見上げるマルセルは、きょとんとしていた。

「今のなし!」
「……なし、とは?」

 先程までの甘ったるい笑みから一転。すっと真顔になったマルセルは、ちょっと怖い顔をしていた。だが、構わず俺は続ける。

「い、今のは少し間違えたといいますか」

 目を細めるマルセルは、「間違えた」とはっきり発音してみせる。怖いんだけど? なにその変な圧。だが、負けるわけにはいかない。俺は、売られた喧嘩は全力で買うタイプだ。

 マルセルに負けじと、キリッとした表情を作った俺は、マルセルと真っ向から対立する。

「その、なんというか。その前に大事な話がある」
「大事な話?」

 ひょいと片眉を器用に持ち上げたマルセルは、話を聞く姿勢を取ってくれる。なんだかんだ言って、物分かりはいい方だと思う。

 こほんと咳払いをして、言葉を探す。けれども、妥当な言葉が出てこない。これは直球で行くしかない。

「あのですね。俺、嘘は嫌いと言いますか、苦手と言いますか」
「はい」
「えー、要するにですね。俺が言いたいことは、その」

 言葉を切ると、マルセルが柔らかく微笑んでいることに気がついた。先程までの剣呑な雰囲気はどこへやら。どうやら俺の話を真剣に聞いてくれるつもりらしい。

 居住まいを正して、意を決する。ここでぐだぐだしても意味はない。

「あのですね! 俺は神ではないんですよ! それだけはどうしても理解して欲しくて!」

 勢い任せに主張すれば、マルセルはきょとんとする。ぱちぱちと何度か目を瞬いた彼は、「もちろん、理解しております」と、おざなりな返事を寄越す。

「いやあのですね。マジで俺は人間なんですよ。なんか、自分が神様であることを肯定してはいけないみたいな謎ルールではなく。本当に、マジで、正真正銘の人間です」

 ひと言ひと言、力を込めて説明すれば、マルセルは「ふむ」と頷く。

「えぇ、もちろんです。理解しております」

 これはどっちだ。マジで理解してくれたのか。それとも、謎ルールに則ってわかってますよ感を醸し出しているのか。一体どっちだ。

「どの世界にも、捻じ曲げてはならない掟というものがありますからね」

 あかん。後者だ。謎ルールの一環だと思っていやがる。クソ野郎がよ。

「だから! 神ではない!」
「わかっております」
「君は何にもわかっていない!」

 ダメだこれは。ここが解決しない限り、俺は前に進めない。せっかくマルセルが告白してくれたのに。肝心の前提部分が色々と間違っているこの状況で、手放しに喜べるほど俺はお気楽ではないぞ。

 微笑みを向けてくるマルセルを横目に、俺は盛大に頭を抱えていた。
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