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25 告白

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 とにかくマルセル殿下と仲良くしてくださいね、と嫌な念押しをした雪音ちゃんは、颯爽と自室に戻って行った。言いたいことだけぶち撒けて帰ったな。俺の話もちょっとは真剣に聞いてくれよ。

 彼女が去ると、途端に部屋が静まり返ったように感じる。身振り手振りがうるさいからな、雪音ちゃんは。会話せずとも、居るだけで場が盛り上げる貴重な存在である。

「はぁ」

 思わずため息をこぼすと、イアンが微妙な目を向けてくる。こいつも最近、俺とマルセルをくっつけようとしてくる。なんでだよ。不思議なのだが、なぜ本人である俺を差し置いて周囲が盛り上がっているのか。実に不思議である。

 そうして意味もなく部屋をうろうろしていた時である。その時のイアンは、ちょうど扉から離れたところに居た。俺が食べ散らかした茶菓子の後片付けをしているところであった。その隙がまずかったと思う。

 ガチャリと、ノックもなしに扉が開け放たれた。

 急いでイアンがそちらに向かうが、一歩遅かった。ズカズカと我が物顔で室内に侵入してきた金髪野郎を視界に入れるなり、思わず叫んだ俺は悪くない。

「ぎゃあ! マルセル!」
「……随分な歓迎ですね」

 なんかちょっぴり不機嫌らしいマルセルは、カツカツと俺の方へと寄ってくる。慌てて逃げ回る俺だが、マルセルの方が一枚上手だった。あっという間に壁際に追い詰められた俺を、すかさずイアンが助け出そうと手を伸ばしてくるが、それをマルセルが鋭い一瞥で制止する。

「イアン。おまえは退がっておけ」
「しかし殿下。今の私の主人はミナト様でございます」

 クールなイアンは、俺のお世話係という職務をまっとうしようと奮闘している。なんて良い人。うっかり惚れてしまいそう。

「私はミナト様に話がある。よろしいですよね、ミナト様」
「……へ?」

 ギロッと鋭く睨みつけられて、俺の背中をたらたらと冷や汗が垂れる。口を閉ざす俺に、再度マルセルが凄んでくる。その迫力に負けて、こくんと小さく頷いたのが運の尽きだ。

「……左様で」

 俺の頷きを見たイアンが、一礼してから退出してしまう。やめて、俺を置いていかないで。空気読んでよ、イアン。これはあれだろ。どうみても無理矢理うんと言わされたやつだろ。

 しかしイアンは冷たい。あっさり引き下がってしまった。室内には、マジで俺とマルセルのふたりきりとなってしまう。

「……ミナト様」
「は、はい」

 なんだか黒いオーラを纏うマルセルは、執拗に俺を壁際へと追い込んでくる。ぴたりと壁に背中を貼り付けて、おずおずとマルセルの青い瞳を窺う。

 ドンっと、耳元で不穏な音がするのと同時に、マルセルの綺麗なお顔が至近距離に近付いてくる。いわゆる壁ドンというやつだ。俺を両腕に閉じ込めたマルセルは、じっと、瞳を覗き込んでくる。

「あ、あの? マルセル?」

 弱々しい呼びかけに、マルセルが一度ぎゅっと目を瞑る。そうしてなにかを決意するかのような仕草を見せた彼は、ゆっくりと口を開いた。

「先程の件は謝罪します。ご不快な気分にさせてしまったのであれば申し訳ない」
「い、いえ」

 謝罪という割には圧が強いよ。もはや脅迫じゃない? あと壁ドンの必要性はどこにあるのさ。
 
 ごくりと息を呑む俺に構わず、マルセルは続ける。

「しかし、ミナト様には私の気持ちを知ってほしい」
「う、うん?」

 気持ちってなに。目を瞬いていると、マルセルが衝撃の言葉を発した。

「私はミナト様のことをお慕い申し上げております。どうか、私と」
「ちょっと待った!」

 なんか変な言葉が続きそうなマルセルを、慌てて止める。すんっと押し黙ったマルセルは不愉快な顔をしていた。

「なぜ止めるのですか」
「こ! 心の準備が!」

 今こいつなんて言おうとした? お慕い申し上げているのは分かった。嫌われていなくて安心したよ。問題はその後だ。

 どうか私と、なんだって? 俺がマルセルとなにをするって言うんだ。至近距離にあるお綺麗な顔に、心臓がばくばくと音を立てる。なんかもう無理。ふいっと顔を逸らそうとしたのだが、マルセルの方がはやかった。ぐいっと遠慮なしに俺の顎を掴んだ彼は、容赦がなかった。

「え、ちょ」
「ミナト様。私はあなたの、その真っ直ぐなところを好ましく思っております」

 すっと目を覗き込まれて、なんだか顔が熱くなってくる。

「それと。物怖じしない性格も、相手を見て態度を変えない気高さも」
「う、うん」

 なんかすごく褒められている。ありがたいが、照れくさい。あとなんかこの甘ったるい雰囲気が無理。俺の弱った心にグサグサ刺さるからやめて欲しい。

 だが、マルセルは止まらない。いかに俺が素晴らしいかを延々語っている。それらをぼんやりと聞き流して、なんだかムズムズする口元を必死に抑える。今すぐ叫んで逃げ出したい気持ちをぐっと堪えた。

 俺がひとり奮闘していることを知ってか知らずか。一度手を離したマルセルは、再び俺の頬を撫でてくる。その手が、俺の左耳に触れた。

「え、ちょ。なにしてんの?」
「ちょっと動かないでください」

 言われなくとも、壁際に追い詰められた俺は動けない。なにやら好き勝手に俺の耳を触ってくるマルセルは、懸命になにかをつけようとしていた。慌てて静止するも、聞く耳持たない。

 やがて終わったらしく、満足そうに微笑むマルセル。左耳に手をやれば、なにやら硬い感触。

「えっとぉ?」

 なんこれ。反応に困っていると、「ミナト様に似合うと思って」と照れたように視線を逸らされた。触った感じ、どうやらイヤーカフの類だろう。アクセサリーはわりと好きだけど。突然だな。とりあえずお礼を言っておけば、にこっと微笑まれた。再び壁ドンよろしく両腕に俺を閉じ込めたマルセルは、すごく真剣な目をしていた。

「ミナト様。私はあなたのことが好きです」

 い、言ったよ、この人。ついに言ったよ。

 その可能性は考えないようにしていたのに。ざわざわと落ち着きをなくす俺の心であったが、次のマルセルの言葉で我にかえる。

「人間の私では分不相応かもしれません。それでも、私はあなたのことを愛しています。たとえあなたが異界の神だとしても、この気持ちに変わりはありません」

 神じゃないですね、はい。俺も人間です。

 先程までの胸の高鳴りが嘘のように静まり返る。すんっと真顔に戻った俺を見て、マルセルが心配そうに眉尻を下げる。甘ったるい空気も台無しである。

 マルセルの青い瞳を見つめ返して、ははっと力なく笑っておいた。
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