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23 お久しぶりです
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はあっと何度目かわからない深い深いため息をつく。「ため息つくと幸せ逃げますよ」と小突いてくる雪音ちゃんは、俺とマルセルをくっつけようと躍起になっている。
そのせいで、彼女になにを相談しても、最終的には「それって恋愛感情では?」という結論に持っていかれてしまう。違うっての。
そんなこんなで特に実りのない話し合いを終えた俺は、イアンを伴って、とぼとぼと庭を歩いていた。綺麗な庭園ではあるが、今の俺には灰色にしか見えない。いつものガーデンテーブルに腰掛けてまったりしてみるが、心はざわざわしたまま落ち着いてくれない。
そういや、マルセルにキスされたのってここだったな。
思い至った瞬間、バクバクと心臓が音を立てる。なんか顔が熱い気がする。ふるふると首を左右に振って、いらん考えを追い払おうとするが、そうすればするほどマルセルの金髪が色濃く瞼の裏に浮かんでくる。これはいかん。重症だ。
イアンが出してくれた甘い飲み物を一気にあおる。なんとか落ち着こうと深呼吸してみるが、もうダメだ。そのままテーブルに突っ伏して、顔を伏せる。一度昼寝でもして忘れるか。目を閉じて心を無にしようと頑張るが、まったく無にならない。
「あー、もうダメだ」
よくわからんが、もうダメだ。なんでこんなにマルセルのことばっかり考えないといけないのだ。意味わからん。うー、と唸る俺。おそらく少し離れたところで見守っているであろうイアンが動く気配がした。
そのままこちらに近寄ってくる気配。
なんだよ。慰めてくれるのか。顔を伏せたまま待っていると、そっと頭に手を乗せられた。おや。イアンが俺に触れるなんて珍しい。着替えを手伝ったりはしてくれるが、必要最低限である。むやみやたらと俺に触れることはない。
しばらくじっとしていると、ゆっくりと優しい手付きで頭を撫でられた。どうしたよ、イアン。おまえそんなことするキャラじゃないだろ。
突然のイアンの奇行に戸惑っていると、短い吐息が降ってきた。
「……お元気そうで安心しました」
ん? え、この声は。
ビクッと肩を揺らした俺に、声の主がくすくす笑う。けれどもすぐに深刻そうに息を吐いた彼は、「申し訳ない」と言って手を退けた。頭から遠ざかる手を追いかけるかのように、俺の顔が上がる。視界に飛び込んできた眩い金髪と、少し困ったように下げられた眉尻に、俺の心臓がぎゅっとなる。
「……マルセル」
向かいに腰を下ろしたマルセルは、優雅に足を組む。
「久しぶりにお茶会でもしましょう」
一方的に告げた彼の前に、イアンが素知らぬ顔でティーカップを差し出した。
どうやら俺の頭を撫でていたのは、イアンではなくマルセルだったらしい。
心の準備なんて何もできていなかった俺は、はくはくと口を開閉するばかりで、まともな言葉が出てこない。椅子に座ったまま上半身を後ろに引けば、マルセルが悲しそうに、微かに目を細めた。
やめろ、そんな顔をするんじゃない。なんかこう、罪悪感で心臓がどうにかなってしまう。
いつの間にかカラカラに乾いていた喉を潤そうと、とりあえずお茶を一口。小さく震える手。ティーカップがソーサーと触れ合ってカタカタ音を立てる。
とても気まずい時間が流れる。向かいに座るマルセルを直視できなくて、さっと目を伏せる。己の手元を凝視して、なんとか場を乗り切ろうと奮闘するが、果たしていつまで保つか。
そんな地獄のような空気を壊したのは、マルセルだった。
「嫌われてしまったのかと、その、ずっと思い悩んでいたのですが」
「……」
「いえ、そうですね。なんと言えばいいのか、ちょっと」
歯切れの悪いマルセル。ちょっと珍しい。いつも柔らかく、それでいて余裕を崩さないイメージがあった。そっと顔を上げると、困ったように小首を傾げるマルセルがいた。
目があった瞬間、ふわっと微笑むマルセル。
「久しぶりに目が合いましたね」
「あ、うん」
こくんと頷けば、今度はマルセルが目を伏せてしまう。遠くで、鳥が鳴いている。
「なにか、気に障るようなことを?」
「い、いや。えっと」
なんて答えればいいんだ、これ。やめて。そんな難しい質問してこないで。俺もよくわかんないんだから。
焦りのあまり、ソワソワと視線を彷徨わせていれば、澄まし顔で控えるイアンと目が合った。視線で助けを求めるが、ふいっと逸らされてしまう。見捨てないで。
「ミナト様?」
急かすように顔を覗かれて、びくりと肩が跳ねる。居住まいを正して、「えーとぉ」と頬を掻く。
青い瞳に見つめられて、ごくりと息を呑む。
「気に障るとかそんなんじゃなくて。えっと、なんと言いますか。その」
「はい」
じっと待ってくれるマルセルは、決心するかのように表情を引き締めていた。つられて俺も腹を括る。
「あのですね! なんかこう! マルセル見てると心臓が痛くなるっていうか、なんていうか。正直ちょっとその顔を見ていられない」
「それは」
目を瞬いたマルセルは、徐々にその目を大きく開く。
「それは、ミナト様」
急に早口になったマルセルが、俺の手をとって包むように握ってくる。途端に、俺の心臓が大きく跳ねる。慌てて手を引こうとするが、逆に強く握られて振り解けない。
「それは、私に好意を持っているという解釈でよろしいですか?」
「よろしくない!」
きっぱり否定すれば、マルセルが「え」と絶句する。
「これはそういうのじゃないから! なんでマルセルも雪音ちゃんもみんな恋愛に結びつけようとするんだ!」
「……恋愛感情では?」
「ない!」
再度断言すれば、マルセルはすんっと真顔になる。握る手に力を込められて痛いくらいだ。
「これは、そう、嫉妬だから」
「嫉妬……?」
未知の単語みたいな鈍い反応をするマルセル。
「俺は、多分だけどマルセルに嫉妬してるんだ」
「それはなぜ?」
「だって、なんかマルセルの方がイケメンっぽいから」
「ありがとうございます」
「褒めてはいない。やめて。そうやって何でもかんでも素直に受け取らないで」
こっちが余計惨めになるわ。
そのせいで、彼女になにを相談しても、最終的には「それって恋愛感情では?」という結論に持っていかれてしまう。違うっての。
そんなこんなで特に実りのない話し合いを終えた俺は、イアンを伴って、とぼとぼと庭を歩いていた。綺麗な庭園ではあるが、今の俺には灰色にしか見えない。いつものガーデンテーブルに腰掛けてまったりしてみるが、心はざわざわしたまま落ち着いてくれない。
そういや、マルセルにキスされたのってここだったな。
思い至った瞬間、バクバクと心臓が音を立てる。なんか顔が熱い気がする。ふるふると首を左右に振って、いらん考えを追い払おうとするが、そうすればするほどマルセルの金髪が色濃く瞼の裏に浮かんでくる。これはいかん。重症だ。
イアンが出してくれた甘い飲み物を一気にあおる。なんとか落ち着こうと深呼吸してみるが、もうダメだ。そのままテーブルに突っ伏して、顔を伏せる。一度昼寝でもして忘れるか。目を閉じて心を無にしようと頑張るが、まったく無にならない。
「あー、もうダメだ」
よくわからんが、もうダメだ。なんでこんなにマルセルのことばっかり考えないといけないのだ。意味わからん。うー、と唸る俺。おそらく少し離れたところで見守っているであろうイアンが動く気配がした。
そのままこちらに近寄ってくる気配。
なんだよ。慰めてくれるのか。顔を伏せたまま待っていると、そっと頭に手を乗せられた。おや。イアンが俺に触れるなんて珍しい。着替えを手伝ったりはしてくれるが、必要最低限である。むやみやたらと俺に触れることはない。
しばらくじっとしていると、ゆっくりと優しい手付きで頭を撫でられた。どうしたよ、イアン。おまえそんなことするキャラじゃないだろ。
突然のイアンの奇行に戸惑っていると、短い吐息が降ってきた。
「……お元気そうで安心しました」
ん? え、この声は。
ビクッと肩を揺らした俺に、声の主がくすくす笑う。けれどもすぐに深刻そうに息を吐いた彼は、「申し訳ない」と言って手を退けた。頭から遠ざかる手を追いかけるかのように、俺の顔が上がる。視界に飛び込んできた眩い金髪と、少し困ったように下げられた眉尻に、俺の心臓がぎゅっとなる。
「……マルセル」
向かいに腰を下ろしたマルセルは、優雅に足を組む。
「久しぶりにお茶会でもしましょう」
一方的に告げた彼の前に、イアンが素知らぬ顔でティーカップを差し出した。
どうやら俺の頭を撫でていたのは、イアンではなくマルセルだったらしい。
心の準備なんて何もできていなかった俺は、はくはくと口を開閉するばかりで、まともな言葉が出てこない。椅子に座ったまま上半身を後ろに引けば、マルセルが悲しそうに、微かに目を細めた。
やめろ、そんな顔をするんじゃない。なんかこう、罪悪感で心臓がどうにかなってしまう。
いつの間にかカラカラに乾いていた喉を潤そうと、とりあえずお茶を一口。小さく震える手。ティーカップがソーサーと触れ合ってカタカタ音を立てる。
とても気まずい時間が流れる。向かいに座るマルセルを直視できなくて、さっと目を伏せる。己の手元を凝視して、なんとか場を乗り切ろうと奮闘するが、果たしていつまで保つか。
そんな地獄のような空気を壊したのは、マルセルだった。
「嫌われてしまったのかと、その、ずっと思い悩んでいたのですが」
「……」
「いえ、そうですね。なんと言えばいいのか、ちょっと」
歯切れの悪いマルセル。ちょっと珍しい。いつも柔らかく、それでいて余裕を崩さないイメージがあった。そっと顔を上げると、困ったように小首を傾げるマルセルがいた。
目があった瞬間、ふわっと微笑むマルセル。
「久しぶりに目が合いましたね」
「あ、うん」
こくんと頷けば、今度はマルセルが目を伏せてしまう。遠くで、鳥が鳴いている。
「なにか、気に障るようなことを?」
「い、いや。えっと」
なんて答えればいいんだ、これ。やめて。そんな難しい質問してこないで。俺もよくわかんないんだから。
焦りのあまり、ソワソワと視線を彷徨わせていれば、澄まし顔で控えるイアンと目が合った。視線で助けを求めるが、ふいっと逸らされてしまう。見捨てないで。
「ミナト様?」
急かすように顔を覗かれて、びくりと肩が跳ねる。居住まいを正して、「えーとぉ」と頬を掻く。
青い瞳に見つめられて、ごくりと息を呑む。
「気に障るとかそんなんじゃなくて。えっと、なんと言いますか。その」
「はい」
じっと待ってくれるマルセルは、決心するかのように表情を引き締めていた。つられて俺も腹を括る。
「あのですね! なんかこう! マルセル見てると心臓が痛くなるっていうか、なんていうか。正直ちょっとその顔を見ていられない」
「それは」
目を瞬いたマルセルは、徐々にその目を大きく開く。
「それは、ミナト様」
急に早口になったマルセルが、俺の手をとって包むように握ってくる。途端に、俺の心臓が大きく跳ねる。慌てて手を引こうとするが、逆に強く握られて振り解けない。
「それは、私に好意を持っているという解釈でよろしいですか?」
「よろしくない!」
きっぱり否定すれば、マルセルが「え」と絶句する。
「これはそういうのじゃないから! なんでマルセルも雪音ちゃんもみんな恋愛に結びつけようとするんだ!」
「……恋愛感情では?」
「ない!」
再度断言すれば、マルセルはすんっと真顔になる。握る手に力を込められて痛いくらいだ。
「これは、そう、嫉妬だから」
「嫉妬……?」
未知の単語みたいな鈍い反応をするマルセル。
「俺は、多分だけどマルセルに嫉妬してるんだ」
「それはなぜ?」
「だって、なんかマルセルの方がイケメンっぽいから」
「ありがとうございます」
「褒めてはいない。やめて。そうやって何でもかんでも素直に受け取らないで」
こっちが余計惨めになるわ。
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