聖女召喚に巻き込まれた単なるアイドルですが異世界で神と崇められています。誰か聖女を止めてくれ

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
21 / 51

21 大人気ない

しおりを挟む
「マルセル殿下と喧嘩したんですか?」
「いや、そういうわけでは」

 マルセルとの面会拒否から間を置かずに。

 どこで聞きつけたのか。早速、俺の部屋に乗り込んできた雪音ちゃんは、仁王立ちで俺を見下ろしてくる。俺はといえば、絶賛ソファーで毛布に包まっているところであった。どういう情報網なのか。耳が早いにも程がある。俺の情報が筒抜けじゃん。

 横たわったまま動かない俺を、雪音ちゃんは冷たい目で見下ろしてくる。やめて。今、冷たくされたらうっかり泣いちゃう。

「じゃあなんで追い返すんですか?」
「……なんか、会いたくなかったから」
「会いたくないって」

 そこで口を閉ざした雪音ちゃんだが、言いたいことは理解した。子供っぽいって言いたいんだろ。わかってるよ。

 ここに俺の味方はいなかった。イアンは、雪音ちゃんの姿が見えるなり静かに退出した。引きとめる気力もなかった。だらりと力なく寝そべる俺に、雪音ちゃんが大袈裟に「呆れた」と吐き捨ててくる。酷い。もっと優しく接して。

「マルセル殿下のなにが嫌なんですか?」
「うーん?」

 なんだろうな。なにが嫌なんだろうな。自分でもよくわからん。ただただ会いたくないだけである。

「顔は良いんだよな。イケメンだし」
「私もそう思います」
「あと優しい。よく甘い物持って来てくれる」
「いいじゃないですか」
「それに俺のことすごい褒めてくれる。人にチヤホヤされるのは好き」
「よかったじゃないですか」

 律儀に相槌を打ってくれる雪音ちゃんは、「じゃあ、なにか嫌なことでもされたんですか?」とぶっ込んでくる。

 嫌なこと、というよりも。頭にこびりついて離れない光景がある。

「……キスされた」

 ぼそっと白状すれば、雪音ちゃんが「えぇ!」とテンション高く口元を覆う。そのまま言葉を失った雪音ちゃんであるが、喜んでいることが態度で丸わかりである。なんかこう小さく飛び跳ねてバタバタしている。忙しないな。

「よかったじゃないですか! なんでそれで落ち込むんですか?」

 理解し難いといった表情を作った雪音ちゃんに、なんと説明していいものか。

「言葉では、すごく説明が難しい」

 力なく主張するも、雪音ちゃんの上昇したテンションは落ちてこない。「やばいやばい」と何度も口にする雪音ちゃんは、側から見てもやばかった。どこから湧いてくるんだよ、その元気。

「晴れて両想いですか!?」
「……多分、違うと思う」
「なぜ!」

 だってさ、なんかそんな感じのキスではないよね。親愛とか、友情とか? なんか多分そんな意味合いだったような気がする。

「てか、キスっていっても手の甲だし」

 ピクッと反応した雪音ちゃんは、「え、でもキスには変わりないじゃないですか」と言葉を重ねてくる。

「私、手の甲にキスとかされたことないですよ」
「マルセルにも?」
「はい。マルセル殿下にも」

 それは、雪音ちゃんが聖女だからでは? そんな軽々しくキスできるような存在ではないのだろう。

 はわわ、とひとりではしゃぐ雪音ちゃんであったが、ふと動きを止める。そのまま何やら考え込むように黙り込んだ彼女は、それはもう真剣な目をしていた。

「えっと? キスされたのが嫌だったんですか?」
「嫌というか、なんというか」

 うーん。なんだろうな。

「なんかこう、マルセルの顔見ると心がざわつくんだよ」
「ざわっ!?」

 大袈裟な反応を返してくれる心優しき雪音ちゃんは、「え?」と目を瞬く。信じられないとでも言いたげに口元を覆った彼女は、「あの、カミ様」と小声で問いかけてくる。

「それって、カミ様もマルセル殿下のことが好きってことなのでは?」
「……それはない」

 確かに心がざわざわするのだが、決して好きとかそういう感情ではない。雪音ちゃんは、何でもかんでも恋愛に結び付けるという悪癖がある。気持ちはわからなくもないけどね。そういうお年頃だよね。

 だが、今回は違う。

「これは多分、嫉妬だ」
「嫉妬……?」

 わからないという顔をした雪音ちゃん。「もしかして嫉妬って言葉知らないのか?」と尋ねれば、「それくらい知っています」と即答された。

 俺は今まで、アイドルとしてチヤホヤされてきた。それに概ね満足していた。それが、突然やってきた異世界で出会ったイケメンに、なんかこう心を乱されているのだ。ついついあの金髪と比較しては、どんよりと暗い気分になるのだ。

「雪音ちゃんだって、俺よりマルセルの方がかっこいいって言ったじゃん」
「いやそれは。単に顔だけ見てって話ですよ? 私はカミ様の方が好きですよ」
「お世辞はいいよ」
「お世辞じゃありません! 私はマジでカミ様のファンなので!」

 必死に言い募る雪音ちゃんは、どうにか俺を励まそうとしていた。その気持ちはありがたい。ありがたいが、それくらいでは立ち直れない。

 はぁっと深いため息がこぼれる。

「別にマルセル殿下のこと嫌いになったわけじゃないんですよね?」
「うん」

 念押ししてくる雪音ちゃんに、力ない返事をしておく。そうだよ。別にマルセルのことが嫌いなわけではない。ちょっと隣に並ぶと心がざわつくだけなのだ。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

元執着ヤンデレ夫だったので警戒しています。

くまだった
BL
 新入生の歓迎会で壇上に立つアーサー アグレンを見た時に、記憶がざっと戻った。  金髪金目のこの才色兼備の男はおれの元執着ヤンデレ夫だ。絶対この男とは関わらない!とおれは決めた。 貴族金髪金目 元執着ヤンデレ夫 先輩攻め→→→茶髪黒目童顔平凡受け ムーンさんで先行投稿してます。 感想頂けたら嬉しいです!

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...