18 / 51
18 ときめき?
しおりを挟む
ここ最近、マルセルの顔を見る度に、雪音ちゃんの「色仕掛けしてやれば良いんですよ!」という言葉が頭の中をチラつく。
あの子、聖女のわりに言ってること汚いけど大丈夫なのだろうか。聖女ってもっとこう神聖な存在じゃないの? 王太子への色仕掛け推奨とか聖女としてありなのか?
「ミナト様?」
「あ、うん。なんでもない」
今日はお散歩の日である。
とはいえ行動範囲は、別館の周囲に広がる庭園だけど。どうやら俺を敷地内から出すのはまだ不安らしい。そして散歩の時には毎度マルセルも同行してくる。よくわかんないけどさ、王太子ってもっと忙しいんじゃないのか。俺に付き合っている暇なんてないだろうに。どんだけ信用されていないのか。別に逃げはしないと言うのに。
最近では、庭をうろうろした後、庭園の一角に据えられているガーデンテーブルでお茶をするのが恒例となっている。
とはいえ席に着くのは俺とマルセルのふたりだけ。イアンや他の護衛っぽい人たちは給仕に徹したり、離れたところで控えていたりしている。
ぼけっとする俺の顔を、マルセルが心配そうに覗き込んでくる。慌ててなんでもないと言ったものの、再び脳裏を雪音ちゃんの眩しい笑顔がよぎっていく。
色仕掛け、ねぇ。
うん、無理。そもそも俺はマルセルにちょっと仕返ししたいだけである。そして監禁の件について謝罪が欲しい。雪音ちゃんの提案は、その趣旨からも大きく外れていると思う。
ないない、とティーカップを傾けていた時である。「あ」と小さく声を発したマルセル。つられて視線を上げると、青い瞳がすぐそこまで迫っていた。
は?
ピシリと固まる俺に構わず、マルセルがこちらに手を伸ばしてくる。え、距離近くない? なにこれ。キスでもしそうな距離感である。え、キス?
固まる体とは裏腹に、頭の中は大忙しである。
そうしてよくわからん覚悟を決めて、ぎゅっと目を瞑った瞬間。くすりと微笑みが落ちてきた。
「申し訳ない。葉っぱが」
おそるおそる目を開けて、脱力する。言葉通り、マルセルの右手には一枚の葉が握られている。ひらひらと弄んだそれをそっとテーブルに置いて、ついでのようにマルセルが俺の頬を撫でた。
ん?
ひくりと引き攣る口元。それに気が付かないらしいマルセルは、ふふっと柔らかい笑みを浮かべる。
な、なにこの甘ったるい雰囲気。俺の頬に触れる必要なんてありました?
「ミナト様」
「なっ、なに」
動揺のあまり、声が上擦ってしまうのは仕方のないことか。
「イアンから既に聞いているかもしれませんが。私は、この度の聖女召喚の儀を無事に終えることができました」
「う、うん」
「聖女からすれば、突然異界に呼ばれて困惑したかと思います。正直、異界の者の力を借りなければどうにかならないという現状は私も思うところがあります」
「せやね」
俺としては、マルセルが常識的な考えを有していることにびっくりだよ。なんかこう、聖女は世界のための働いて当然みたいな横暴さがなくて安心したよ。そういや雪音ちゃんは概ね楽しそうにしているもんな。
「ミナト様にもご迷惑をおかけしました。本来ならば礼を尽くさなければならないところ、召喚の儀式当日は非常にピリピリしておりまして。うちの騎士が剣を向けたこと、改めてお詫び申し上げます」
「お気になさらず」
その件については、以前にも一度マルセルから謝罪があった。謝罪はいらん。お詫びの品をよこせと俺がごねたところ、後日美味しいお菓子を頂いた。多分、俺が甘い物好きだと、雪音ちゃんがマルセルに入れ知恵したものと思われる。雪音ちゃんは俺のファンを名乗るだけあって、俺よりも俺に詳しいところがある。
さりげなく俺の右手を取ったマルセル。慈しむように手の甲をひと撫でされて、くすぐったさに身を捩る。
「そしてミナト様の御身を守るためとはいえ、不自由な生活を強いてしまったこともお詫びいたします。申し訳ない」
あ、謝った。
あんなに頑なに、ぬるっと監禁の件については謝罪をしなかったマルセルが急に翻意した。多分だけど、雪音ちゃんに何か言われたな? 思えば彼女、俺がマルセルに腹を立ててバイオレンスな手段に出ることを懸念していた。やられた。俺の仕返し阻止のため、ふたりで手を組んだのだろうか。いや、雪音ちゃんが一方的に入れ知恵しただけか?
雪音ちゃんは、是が非でも俺とマルセルを恋仲にしたいらしいしな。俺とマルセルの仲が険悪になるようなことは避けたかったのだろう。これくらい裏で手を回していても今更驚きはしないさ。しないけれどもさ。
触れる程の軽い口付けを、俺の手の甲に落としたマルセルは、それはもう甘ったるい空気を纏っていた。
瞬間、なぜかカッと顔が熱くなる。マルセルのことを直視できなくなって、慌てて視線を落とすが、顔の熱は引く気配がない。
これはあれだ。イアン達の目の前で恥ずかしげもなく、キスなんてしてみせるマルセルに焦っただけである。
決して! 決してマルセルにときめいたとかではないから!
あの子、聖女のわりに言ってること汚いけど大丈夫なのだろうか。聖女ってもっとこう神聖な存在じゃないの? 王太子への色仕掛け推奨とか聖女としてありなのか?
「ミナト様?」
「あ、うん。なんでもない」
今日はお散歩の日である。
とはいえ行動範囲は、別館の周囲に広がる庭園だけど。どうやら俺を敷地内から出すのはまだ不安らしい。そして散歩の時には毎度マルセルも同行してくる。よくわかんないけどさ、王太子ってもっと忙しいんじゃないのか。俺に付き合っている暇なんてないだろうに。どんだけ信用されていないのか。別に逃げはしないと言うのに。
最近では、庭をうろうろした後、庭園の一角に据えられているガーデンテーブルでお茶をするのが恒例となっている。
とはいえ席に着くのは俺とマルセルのふたりだけ。イアンや他の護衛っぽい人たちは給仕に徹したり、離れたところで控えていたりしている。
ぼけっとする俺の顔を、マルセルが心配そうに覗き込んでくる。慌ててなんでもないと言ったものの、再び脳裏を雪音ちゃんの眩しい笑顔がよぎっていく。
色仕掛け、ねぇ。
うん、無理。そもそも俺はマルセルにちょっと仕返ししたいだけである。そして監禁の件について謝罪が欲しい。雪音ちゃんの提案は、その趣旨からも大きく外れていると思う。
ないない、とティーカップを傾けていた時である。「あ」と小さく声を発したマルセル。つられて視線を上げると、青い瞳がすぐそこまで迫っていた。
は?
ピシリと固まる俺に構わず、マルセルがこちらに手を伸ばしてくる。え、距離近くない? なにこれ。キスでもしそうな距離感である。え、キス?
固まる体とは裏腹に、頭の中は大忙しである。
そうしてよくわからん覚悟を決めて、ぎゅっと目を瞑った瞬間。くすりと微笑みが落ちてきた。
「申し訳ない。葉っぱが」
おそるおそる目を開けて、脱力する。言葉通り、マルセルの右手には一枚の葉が握られている。ひらひらと弄んだそれをそっとテーブルに置いて、ついでのようにマルセルが俺の頬を撫でた。
ん?
ひくりと引き攣る口元。それに気が付かないらしいマルセルは、ふふっと柔らかい笑みを浮かべる。
な、なにこの甘ったるい雰囲気。俺の頬に触れる必要なんてありました?
「ミナト様」
「なっ、なに」
動揺のあまり、声が上擦ってしまうのは仕方のないことか。
「イアンから既に聞いているかもしれませんが。私は、この度の聖女召喚の儀を無事に終えることができました」
「う、うん」
「聖女からすれば、突然異界に呼ばれて困惑したかと思います。正直、異界の者の力を借りなければどうにかならないという現状は私も思うところがあります」
「せやね」
俺としては、マルセルが常識的な考えを有していることにびっくりだよ。なんかこう、聖女は世界のための働いて当然みたいな横暴さがなくて安心したよ。そういや雪音ちゃんは概ね楽しそうにしているもんな。
「ミナト様にもご迷惑をおかけしました。本来ならば礼を尽くさなければならないところ、召喚の儀式当日は非常にピリピリしておりまして。うちの騎士が剣を向けたこと、改めてお詫び申し上げます」
「お気になさらず」
その件については、以前にも一度マルセルから謝罪があった。謝罪はいらん。お詫びの品をよこせと俺がごねたところ、後日美味しいお菓子を頂いた。多分、俺が甘い物好きだと、雪音ちゃんがマルセルに入れ知恵したものと思われる。雪音ちゃんは俺のファンを名乗るだけあって、俺よりも俺に詳しいところがある。
さりげなく俺の右手を取ったマルセル。慈しむように手の甲をひと撫でされて、くすぐったさに身を捩る。
「そしてミナト様の御身を守るためとはいえ、不自由な生活を強いてしまったこともお詫びいたします。申し訳ない」
あ、謝った。
あんなに頑なに、ぬるっと監禁の件については謝罪をしなかったマルセルが急に翻意した。多分だけど、雪音ちゃんに何か言われたな? 思えば彼女、俺がマルセルに腹を立ててバイオレンスな手段に出ることを懸念していた。やられた。俺の仕返し阻止のため、ふたりで手を組んだのだろうか。いや、雪音ちゃんが一方的に入れ知恵しただけか?
雪音ちゃんは、是が非でも俺とマルセルを恋仲にしたいらしいしな。俺とマルセルの仲が険悪になるようなことは避けたかったのだろう。これくらい裏で手を回していても今更驚きはしないさ。しないけれどもさ。
触れる程の軽い口付けを、俺の手の甲に落としたマルセルは、それはもう甘ったるい空気を纏っていた。
瞬間、なぜかカッと顔が熱くなる。マルセルのことを直視できなくなって、慌てて視線を落とすが、顔の熱は引く気配がない。
これはあれだ。イアン達の目の前で恥ずかしげもなく、キスなんてしてみせるマルセルに焦っただけである。
決して! 決してマルセルにときめいたとかではないから!
164
お気に入りに追加
824
あなたにおすすめの小説
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました
拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。
昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。
タイトルを変えてみました。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。
白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。
僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。
けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。
どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。
「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」
神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。
これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。
本編は三人称です。
R−18に該当するページには※を付けます。
毎日20時更新
登場人物
ラファエル・ローデン
金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。
ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。
首筋で脈を取るのがクセ。
アルフレッド
茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。
剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。
神様
ガラが悪い大男。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる