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13 逃げなければならない気がする

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「逃げようかな」
「どちらへ?」
「どこか遠くへ」
「んな無茶な」

 相変わらず俺を貶してくる雪音ちゃんは、「あ。これ美味しい」と呑気に茶菓子を食べている。俺の話を真剣に聞きなさい。

「でも逃げるったって。カミ様、この世界のことよく知らないじゃないですか。お金も持ってないし」
「そうだな。そういう問題もある」

 なんか最近、イアンがこの世界のことをあまり教えてくれなくなりつつあった。聖女の仕事や世界の成り立ちなど、どうでもいい神話的な話はべらべら教えてくれるのだが、具体的なこの世界での生活の仕方になると、途端に口を噤んでしまう。そして露骨に話題を逸らされるのだ。

 どうやら俺を庭に出した先日。俺がついうっかり「逃げないけど?」なんて口を滑らせたせいで、俺が逃げるという可能性に思い至ったらしい。なんて奴らだ。おかげで俺に対する警戒心が爆上がりしている。やめて。ただでさえ不便な生活強いられてんだ。これ以上、俺をどうするつもりだ。

 この世界の通貨の仕組みなんて訊ねた日には、「それを知ってどうするおつもりですか? ミナト様の生活についてはご心配なく」とイアンが饒舌になる。これは多分、俺が逃亡すると思われている。んなことしないっての。

 しかしこうも逃亡を警戒されると、不思議なことに俺の方も逃亡した方がいいのかな? 的な考え方になってくる。だって頑なにダメと言われるとやってみたくなるのが人間というものだ。庭にまで活動範囲が広がってわくわくしている俺は、当然さらに行動範囲を広げることに興味津々である。

 というわけで、あてはないがなんとなく逃亡してみようかな的な気持ちになった俺は、雪音ちゃんに相談しているところなのであった。

「やめた方がいいと思いますよ。カミ様はちょっと抜けているので。現代日本でもひとりで生きていけるか不明なのに、こんな異世界では無理ですよ。秒で死にますって」
「雪音ちゃんは俺をなんだと思ってんの?」

 流石に現代日本ではやっていけるわ。てか普通に生きてたわ。雪音ちゃんも知っているだろう。アイドル活動やってばんばん稼いでいました。だが、彼女は眉を寄せるだけで発言を撤回してくれない。

「そもそも逃げたい程の嫌なことがあったんですか? もし不満があるなら私も解決に手を貸しますけど」
「不満か」

 ふむ、と顎に手を当てて考えてみる。

「ご飯は美味しい」
「よかったですね」
「デザートもおやつも出るから最高」
「いいですね」
「外に出れないのは不満だけど、それ以外はむしろ快適かもしれない」
「じゃあ逃げる必要なくないですか?」
「たしかに」

 話が終わってしまった。

 いやいや。そんな単純な話ではないはずだ。だってなんか俺、監禁されてんだぞ? ゆるゆる監禁とはいえ、監禁は監禁だ。俺の人権どこいったのさ。

「とにかく。もう少し自由が欲しい」
「今だって自由にあれこれやってるじゃないですか」
「そうだけど、そうじゃなくてさ」

 いや生活は快適なんだよ? だが監禁されているというプレッシャーというか、なんというか。のんびり過ごしていても、ふとした瞬間に「そういや俺いま監禁されてたな」って思っちゃうんだよ。それがすごくストレスなわけだ。

 わかる? と問い掛ければ、雪音ちゃんが「まぁ、たしかに?」と自信なさげに同意してくれる。そこはもっと力強く同意してくれよ。

「それにさ。ろくな説明もなく勝手に神と崇められている今の状況も気に食わない。せめて少しくらいお願いというか、説明的なものがあってもよくない?」

 無言で監禁は良くないと思います。なんかもうね、ぬるっと監禁されてたの、俺。今から監禁するから宣言なんてこれっぽっちもなかった。気がついた時にはなんか外に出られなくなってたの。こっちにも心の準備があるんだからさ。そういう大事なことは事前連絡が欲しいわけですよ。

 ということを雪音ちゃん相手に演説すれば、彼女は「たしかに!」と今度は断言してくれた。よしよし。聖女を味方にできそうだぞ。

「じゃあマルセル殿下にクレーム入れたらどうですか? それで納得いく答えがなかったら、逃亡ってことで」
「うーん、そうだなぁ」
「いくらなんでも不満があるから即逃亡っていうのはあんまりですよ。まずは話し合いで解決しないと」
「そ、そうですね」

 なんか学校の先生みたいに言い聞かせてくる雪音ちゃんは、俺よりずっと大人だった。

 そうだね。黙っていても解決しないし、全部を放り出して逃げるだけなんて大人気ないね。

 ということで。俺はマルセルに立ち向かうべく気合を入れた。
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